【タイタニック号】乗船していたひとりの日本人の物語。
不名誉な生なら、いっそ名誉ある死を。
日本人の死生観について書いていたら、こんな話を思い出した。
ちょんまげ時代だと当たり前すぎるから、なるべく近代のエピソードにしようと思う。
わりと有名な話だと思うが、時間の流れとともに日本人の記憶からずっと徐々に失われつつある。
寂しいことだ。
これを読んで、もし興味を持ったなら是非語り継いでいって欲しい。
では、本題に入ろう。
映画でも有名なタイタニック号。
実は映画では主人公ふたりのエピソード以外は、実話だったりすることが多い。
主人公ふたりについては、乗船名簿にジャックという名があったとかなかったとか。
それくらい。
ちなみに船が沈むまで演奏し続けた、船付きの楽団のエピソードは実に涙ものの実話だ。
タイタニック号の設計者が船と共に沈んだのもたしか実話。
タイタニック号のセットも当時の設計図をもとに忠実に再現されている。
映画では少しも触れられなかったが、タイタニック号にはひとりの日本人が乗船していた。
結果を言えば、その日本人は助かっている。
ただ長い間、卑怯者の汚名を着せられて。
状況はこんな感じ。
沈み始めたタイタニック号。
定員数より少ない救命ボート。
その日本人は少ない救命ボートに乗ることを潔しとせず、日本人の名誉のためにタイタニックとともに沈むつもりでいた。
しかし自分を呼ぶ声が聞こえる。
見ると救命ボートに空きが。
あたりを見渡しても他に人はいない。
ならばと思い、躊躇いつつもその日本人は救命ボートに乗り込んだ。
しかしそこは白人社会。
後にタイタニック号から救出されたクルーが証言する。
日本人が他の乗客を差し置き、我先にと救命ボートへ乗り込んできた…と。
白人たちは誤った情報を吹聴し、その日本人を卑怯者扱いしたのだ。
おかげでその日本人は亡くなるまで汚名を着せられたままだった。
名誉が回復したのはたしか亡くなった後だったはずである。
日本人が感じる滅びの美学が、正しいことかどうかなんてわからない。
ただ美しいと思うだけだ。
生きるということは汚れていくことだと思う。
しかし人間、最期くらいは美しく散りたいと願うのは間違いだろうか。
Titanic: The History & Maiden Voyage of the Luxury Liner
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