iTunesのプレイリストは音楽人生の履歴書
お気に入りの音楽の管理は、もっぱらiTunesで行っている。
その時その時に聴きたい曲の音源を手に入れては、手当たり次第にiTunesに入れまくった。
おかげで今では数千という曲が入っている。
言うなれば、iTunesのプレイリストは我が音楽人生の履歴書のようなものだ。
何か面白い曲がないかとiTunes内を漁っていたら、とんでもないお宝曲が記憶されていた。
異色のコラボ・ユニットの…名曲?
V2の『背徳の瞳〜Eyes of Venus〜』だ。
小室哲哉×YOSHIKIのスーパーグループ
V2とは
V2(ブイツー)は、小室哲哉氏とYOSHIKIによって1991年に結成されたスーパーグループだ。
YOSHIKIはXで、それぞれ人気を博していたから夢のコラボといっても過言ではない。
しかしまだ世間に完全に浸透しきっていないビジュアル系に特化しすぎたため、キワモノ扱いされたような節もある。
小室哲哉氏がボーカル、シンセサイザー、ピアノ、作詞、作曲、編曲を担当。
YOSHIKIがドラムス、ピアノ、作詞、作曲、編曲を担当している。
V2結成までの経緯
市川哲史氏(※1)による小室哲哉氏へのインタビューによると、最初にコンタクトをかけたのは小室氏だったらしい。
X(後にX JAPAN)の日本武道館公演を見た小室がYOSHIKIに興味を持って、吉見佑子さん(※2)の紹介でスタジオを抜け出して麻布台のキャンティで対面した。
その際、初対面であるにも関わらずYOSHIKIのインディーズで自分達のレコード会社を作ることから始めて、その戦略をソニーに持ち込んだことに対して、今まで所属する前から存在するレコード会社・マネジメント事務所内の契約書をどう利用するか考える所から仕事を始めていた小室氏が驚愕したこと。
非情とも取れるサウンドプロデューサー気質にお互いが共感したことから、一気に意気投合した。
「2人で何かやってみよう」とYOSHIKIから提案し、レコード会社のスタッフの介入も無しに全てのコンセプトを2人で決めた。
当時セールス面で小室氏のユニット、TMN(改名前はTM NETWORK)は全盛期の勢いを失いつつあったのに対し、YOSHIKIのバンド、Xは昇り調子だったため、その勢いに乗ろうという目論みが小室側にはあり、シングル1枚リリースするという前提で2人が合意。
当時、Xはソニーレコード、TMNはEPICソニーと、ソニー系ではあるが別々のレコードレーベル所属で、YOSHIKIと小室がそれぞれ自らのレーベルの社長へ直談判し、日本の音楽シーン史上おそらく初めてのレーベルの垣根を越えた音楽ユニット結成を実現させた(ただし当時は両レーベルともソニー・ミュージックエンタテインメント内の一部門であり、法人格としては同じ会社に所属していたため、ユニット結成への障害は比較的少なかった)。
THE ALFEEの高見沢俊彦氏も参加する予定があったが、高見沢氏が当時所属していたレコード会社はポニーキャニオンであったため実現しなかった。
ユニット名は第二次世界大戦中にドイツが開発したV2ロケットから取られている。
小室氏とYOSHIKIの関係はその後も続き、2002年にはYOSHIKIが小室氏のユニットであるglobeに加入した(2005年よりYOSHIKIを加えた活動時はglobe extremeを名乗る)。
V2としての活動はその後一切行われていないが、2007年12月16日に小室哲哉氏が自身のMyspaceのブログで「possibilityとしては0%か100%だけどYOSHIKIと先日TELでV2を必ずやろうと盛り上がりました」と書いている。
※1.市川哲史
1980年から13年間、『ロッキング・オン』の雑誌を中心に洋邦問わず音楽評論活動を続けた。
当時、硬派な雑誌であった『ROCKIN'ON JAPAN』にXやBUCK-TICKといった、後にヴィジュアル系と呼ばれるようなバンドを積極的に取り上げたことで有名。
※2.吉見佑子
音楽評論家・作詞家・歌手・声優。
1970年、NHK-AM 『若いこだま』 のDJのオーディションを受け合格。
自身初の全国放送開始。
この時期、短期間ではあるが青二プロダクションに所属し声優業もこなしている。
『若いこだま』では上田正樹を皮切りに、世良公則、イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)、RCサクセション、長渕剛など、しばしばブレーク前の多くのミュージシャンに注目。
ラジオや新聞、雑誌、中高生向け学年別雑誌に至るまで、様々なメディアを通じて積極的に紹介した。
名曲?迷曲?
『背徳の瞳〜Eyes of Venus〜』
おそらく耳にしたことがない人がほとんどだろう。
まずは聴いてもらった方が早いかもしれない。
Yoshiki & Tetsuya - Eyes Of Venus (Live)
まぁこんな感じだ。
TMNとXの楽曲を足して二で割って、そこから少し追いTMNした印象だろうか。
TMNとXを折衷した楽曲と小室哲哉氏の独特の歌い方が相まって、怪しさを醸し出しながらも妖艶な魅力を湛えていると思う。
しかしコレが名曲と呼べるのか、はたまた迷曲だったのかは不明。
ピアノを弾いているYOSHIKIより、ドラムを叩くYOSHIKIの方が好きなのだが、本作品のYOSHIKIのドラムはかなり好きな部類に入る。
発表当時はX人気が半端なかった頃だし、TMNは昔からちょくちょく聴いていた。
小室哲哉×YOSHIKIのコラボに魅力を感じて然るべきであった。
CDを買っているということは、世間でもそこそこ話題になっていたのかもしれない。
もちろん8cmCDのシングル。
CDはほぼ新品同様の状態で保管されていた。
iTunesが登場するまで、深い眠りについていたのだと思われる。
iTunesのおかげで聴く機会は増えたが、コレをカラオケで歌おうと思ったことは一度もない。
名曲かどうかは不明だが、いろいろな意味でクセになる曲であることは間違いない。
V2 SPECIAL LIVE "VIRGINITY"
1991年12月5日、東京ベイNKホールにて1度きりのライブを行っている。
元々は、小室氏がモーツァルト没後200年を記念して自身のソロライブとしてフジテレビ事業部主催で企画していたものを、小室自身による交渉によりV2としてのライブに変更した。
市川哲史氏による調査によると、2時間に渡るライブで披露されたのは、シングルに収録された2曲と、ピアノ二重奏バージョンの『背徳の瞳〜Eyes of Venus〜』、YOSHIKIのドラムと小室のシンセによる即興曲『Space World』、YOSHIKIによるドラムソロとピアノソロ3曲(『ENDLESS RAIN』・『Es Durのピアノ線』・『レクイエム』)、小室によるソロ・アルバム『マドモアゼル・モーツァルト』収録の6曲。
ステージ右側に小室氏のシンセを載せたリフト、左側にYOSHIKIのドラムセットを載せたリフトが配置され、ステージ奥には生オーケストラ。
YOSHIKIのドラムソロでは、スタッフがリフトを上げたまま長い時間降ろさなかったため、Xのコンサートで披露されるものより長いドラムソロとなった。
ライブの様子はビデオ「SPECIAL LIVE 1991.12.5 VIRGINITY」に収録されている。
V2 SPECIAL LIVE "VIRGINITY" [VHS]
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