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完全趣味の世界

物語が未完のまま原作者が逝去【ベルセルク:三浦健太郎】原作者不在のまま物語を先へ進めることは是か非か?

 

 

 

 

ベルセルク

 

 

ベルセルク』とは

 

ベルセルク』は三浦建太郎先生による漫画作品。

白泉社発行の漫画誌ヤングアニマル」にて、月イチ連載(第4金曜日)されていた。

単行本は白泉社からヤングアニマルコミックスのレーベルで刊行。

細部に渡って緻密に描き込まれた重厚な画に加え、長大な俯瞰とモブシーンの多用、主要キャラクターの内面と感情的な繋がりを表現するストーリー、壮大な世界観が特徴である。

日本国内のみならず海外でも単行本が出版され、世界中でも支持を集めている。

2002年、第6回手塚治虫文化賞マンガ優秀賞を受賞。

2021年5月時点で全世界累計発行部数は5000万部を突破している。

中世ヨーロッパを下地にした「剣と魔法の世界」を舞台に、身の丈を超える巨大な剣を携えた剣士ガッツの復讐の旅を描いたダーク・ファンタジー

題名の『ベルセルク』は北欧神話の狂戦士伝説に由来しており、英語ではバーサーカー (berserker)と呼ばれるものである。

ヤングアニマル」誌の前身である「月刊アニマルハウス」1989年10月号より不定期に連載開始。

その後、ヤングアニマルにて20年以上に渡って長期連載が続く。

ただし、休載することも多くその期間が年単位に渡ることもあった。

作者の三浦先生は休載期間中も原稿を描き続けて過労に陥るほどの作業を続けており、掲載誌の巻末コメントで自身の体調に関する不安をたびたび述べ、「死ぬまでに頭の中を全て出せるのか」など完結に対する危惧を自ら語っていた。

その後、自身が危惧していた通り三浦先生は2021年に急逝。

白泉社は作品の継続や終了について明言していない。

逝去後、同年9月10日発売の「ヤングアニマル」18号に第364話が掲載された。

 


www.youtube.com

 

 

 

 

 

三浦健太郎先生自身の最後のペン入れ

最新刊41巻発売中(ネタバレなし)

 

知らぬ間に発売されていた41巻。

三浦健太郎先生ご自身が最後にペン入れをされた最後の単行本。

さっそく手に入れ、心して拝読してみる。

前巻40巻で長かったひとつの案件に、ようやく光明が差したかと思われた矢先での三浦先生の訃報だった。

あの続きが少なからず読めるというだけで幸せだと思っていた。

しかしそれは間違いだった。

三浦先生…

41巻を読んじゃったら、この先を知りたい気持ちが以前より強くなりました…

だって、あんな場面で終わらせるのはファンを生殺しにするようなものですよ…

 

ベルセルク 41 (ヤングアニマルコミックス)

ベルセルク 41 (ヤングアニマルコミックス)

 

 

 

 

 

原作者不在のまま物語を先へ進めることは是か非か?

 

まず、物語を継続するための現実的な問題としてプロットの有無によるだろう。

プロットとは、小説、劇、長詩などの筋立て、構成のこと。

普通、ストーリー(物語)の展開の意に用いられるが、ストーリーが内容の時間的経過による発展、展開を表すのに対し、プロットは主題を中心とする登場人物の性格、心理など内面的展開が加わる。

これがあれば物語の継続は可能だろう。

では、プロットが存在すれば物語を継続できるのかというと、それほど簡単な話ではない。

そもそもプロットが存在するからといっても、原作者の意図を正確に表現するのは不可能だろう。

他者が描くのだから、やはり何かしらの外的因子が加わってしまう。

すると、それは原作者が本当に描きたかったものなのかという疑問が生まれる。

これが、原作者不在のまま物語を進める是非の根幹である。

ファンとしては非常に悩ましい問題だ。

もちろん、原作者の物語を楽しみにしているのだから、原作者がいなくなってしまえば、その作品は終わるのが自然の成り行きだろう。

他者の外的因子が入り込んだ作品がオリジナルだと思えない気持ちだって、十分すぎるほど理解できる。

だが、結末までちゃんと知りたいという願望は否定できない。

それはそうだろう。

散々広げてきた風呂敷を広げっぱなしにはしたくない。

しっかり畳んで、収まり良くしなくては気持ちが悪いし、何より最後がどうなるのかをちゃんと知りたい。

オリジナル作品のまま潔く終了するか、オリジナルではない作品となって継続するか。

答えのない問いなのかもしれない。

 

 

 

2019年12月31日 第70回NHK紅白歌合戦
"AI美空ひばり"

 

「第70回NHK紅白歌合戦」に、AI技術を活用して故・美空ひばりさんの歌声を再現した「AI美空ひばり」が登場したことがある。

そして30年ぶりとなる新曲「あれから」を披露したのだった。

賛否両論の中、残念ながらどちらかといえばアーティストに対する侮辱だという否定的な意見の方が多かった。

誤解を恐れず正直な気持ちをいえば、そんなにいけないことだったのだろうか?

素直に凄いと思ってしまったのは、いけないことだったのだろうか?

AIの力を借りたとはいえ、二度と聴けないと思っていた美空ひばりさんの新曲が聴けた。

もちろん、違和感はある。

でも、誰も本物の美空ひばりさんが歌っているなんて思っていない。

当たり前だ、美空ひばりさんはもういない。

観ている方だって馬鹿ではない。

あくまで if としてでしか観ていないのだ。

ちゃんとそういう理解があるなら、悪いことではないと思うのはいけないことだろうか。

 

youtu.be

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話を戻そう。

原作者不在のまま物語を進める是非は、「AI美空ひばり」と同じではないだろうか。

ちゃんとそういうものだと理解しているなら、不満は生まれない。

大切なのは、もうオリジナル作品は終わってしまっていると理解し認めること。

その上で物語が引き継がれ続いていくことは、決して悪いことではないと思うのだが、皆さんはどう思われるだろう?

 

 

 

 

 

 

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