其の四十九
美しき日本語の世界。
日本文化の美意識の表れ「辞世の句」
辞世の句とは
辞世の句とは、死に際に遺された句のことを指す。
多くの場合は死ぬ前に遺してあった最後の作品であるが、文字通り、死ぬ間際に咄嗟に詠まれたものもある。
主に東アジアの風習であると言われ、日本でも鎌倉時代以降に流行し、文人の多くが辞世の句を遺したとされている。
内容としては未練や生涯の総括、死に対する考え方などである場合が多い。
和歌(短歌)をイメージされることが多いが実際には短型の歌であれば、漢詩であっても辞世の句に入る。
辞世の句の美しさ
辞世の句の美しさは、人生の最期に自身の人生観や死生観を凝縮した言葉に宿る、人間の尊厳や美意識、そして無常観にある。
限られた言葉の中に、死への覚悟、人生への諦観、来世への希望など、様々な思いが凝縮されている点に美しさを見い出すことができる。
人生の最期まで美しくありたいという日本人の精神
辞世の句の美しさは、生涯や死生観、そして人生への覚悟が凝縮されている点にある。
また、無常観や仏教思想に基づき、最期まで美しくありたいという日本人の美意識が反映されていることも、その美しさを形作っている。
豊臣秀吉や細川ガラシャなど、多くの人物の句からは人生観や死に対する潔さが読み取れ、その人がどう生き、どのような最期だったのかを感じ取ることができる。
豊臣秀吉:「露と落ち 露と消えにし 我が身かな 浪速のことは 夢のまた夢」
- 人生の儚さとこれまでの栄華も夢であったと悟った、という無常観が表れている。
細川ガラシャ:「散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ」
- 「散るべきときを知っているからこそ、花は美しい。人生もそうでありたい」という、散り際の美学を表現している。
平時子(二位尼):「今ぞ知る みもすそ川のおん流れ 波の下にも都ありとは」
一代で位人臣を極めた豊臣秀吉。
その辞世からは、すべては諸行無常である儚さが感じられる。
また、順風満帆だった人生から一転、逆臣の娘となり、バテレン追放令が出されている中でのキリシタンへの改宗など、逆風にさらされた波乱万丈の人生だった細川ガラシャ。
その辞世からは、散り際をわきまえたガラシャの境遇と人柄が偲ばれる。
人柄が偲ばれるというのかどうかはわからないが、織田信孝の辞世は壮絶だ。
織田信孝:「むかしより 主をうつみの 野間なれば 報いを待てや 羽柴筑前」
こうして様々な人の句をみていると、辞世にはその人の生涯や死生観、そして人生への覚悟が凝縮されているのがよくわかる。
しかし信孝※はともかく、どれもこれも美しい句ばかり。
古来より、この国には人生の終わりに、この世に生きた証として、辞世を遺す文化が根付いていた。
それが今では、遺す言葉といえば遺産がどうの相続がどうの。
それも大事なことなのだろうけど、どうせ遺すならこんな言葉がいい。
- 栄おばあちゃんの遺言
(アニメーション映画『サマーウォーズ』より)
何度観ても号泣。
※.信孝の辞世
信孝の辞世は、実はもうひとつある。
たらちねの 名をばくださじ梓弓 いなばの山の露と消ゆとも
- 「稲葉山の露と消えるとしても、武人の家に生まれた者として名を貶めるまい」という意味。
無念を滲ませた歌ではあるが、こちらの辞世のほうがグッと感情が抑えられたものになっていて、実はこちらのほうが本当の辞世ではないかとも言われている。
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