知識の泉
今すぐ誰かに話したくなる知的雑学
夢の国「舞浜」の地名の由来
知識は力なり
かの有名なイギリスの哲学者、フランシス・ベーコンは言った。
「知識は力なり」と。
この言葉には、読んで字の如く「知識は自身の力になる」という意味とは別に、「経験によって得た知識を、いかにして実践的に使用することができるのか」という意味も込められている。
雑学も同様だと思う。
実際には、生きていく上で何の役にも立たないと思われている、どうでもいい情報群。
それが雑学という分野といえるだろう。
しかし雑学で得た知識を、どのように使うのかは人それぞれ。
普段の話のネタに困っている人。
トーク力を上げたい人。
飲み会やデートなどで知識を披露したい人。
知識を吸収したいけどあれこれ調べるのが面倒な人。
そして、物事の本質や奥深さを知りたい人。
純粋に「なるほど!」と思いたい人まで。
当たり前に感じていたことも、角度を変えた視野からみることで、別の面があることに初めて気付かされる。
その知識を他人にひけらかすだけでなく、その知識をもとに、固定観念から解放され、世の中の見え方を変えようではないか。
さすれば、「知識は力なり」の言葉の意味を実感できるはずである。
日本のマイアミビーチ「舞浜」
東京ディズニーリゾートがあることで知られる千葉県浦安市舞浜。
この舞浜ができるまでの背景には、やはりディズニーランドが大きく関係している。
ディズニーランドは1955年に、アメリカのカリフォルニア州にて開園した。
その後、現在のディズニーランドの完成形ともいえるウォルト・ディズニー・ワールド・リゾートが1971年に、アメリカのフロリダ州で開園を迎える。
ただ、残念なことに1966年にウォルトが逝去したため、本人の夢でもあったテーマパークの完成を見ることはなかった。
さて、話を舞浜という地名の由来に戻そう。
千葉県浦安沖を埋め立て、事業に関する協定を千葉県と締結したのが1962年。
そこから21年後の1983年に、東京ディズニーランドは開園を迎える。
開園にあたり、埋め立てた土地に新たな地名をつける必要に迫られた。
そこで、東京ディズニーランドの基であるディズニーワールドがあるフロリダ州の都市、「マイアミビーチ」をもじって "舞浜" と名付けられたのである。
つまり【マイアミビーチ→舞アミ浜→舞浜】ということらしい。
ちなみに舞浜の番地には2丁目と3丁目しか存在しない。
東京ディズニーリゾートの本拠地は舞浜1-1だが、これは1丁目1番地ではなく、1番地1を略したものなのだ。
このマイアミビーチ説は「浦安市史」(1985年3月発行)や、2019年8月時点での浦安市公式サイトでも記載されていた。
しかし、後に浦安市が市史の記述を検証した際に、1975年11月29日の町議会で、当時の町長である熊川好生が「浦安の舞にちなんで舞浜と名付けた」と説明し可決されたという事実が再確認されたことから、浦安市公式サイトにおける同記述の差し替えが行われている。
現在、浦安市公式サイトでは、日本の代表的な神楽舞「浦安の舞」にちなんで名付けられたと説明されている。
夢の国らしからぬ、なんとも夢のない話だが、ただし町議会の可決から10年後の市史になぜマイアミビーチ説が登場したのか、その理由は定かではないという。
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