其の五十九
美しき日本語の世界。
世界一の高いタワーに隠された、日本人が愛したわずかな余白「むくり」
「むくり」とは
「むくり」とは、物が上方へ向かって緩やかに膨らんでいる状態を指す。
また、横たわっていた者が、静かに上半身を起こす様子を指す。
「むくり」とは、単に「起き上がる」という動作や「膨らみ」という形状を指すのではない。
そこには、内側から溢れ出すような生命の躍動と、見る者を包み込むような「優しさ」が含まれている。
この「むくり」という言葉。
漢字では「起り」と書くが、その曲線は、日本の伝統建築において最も美しい意匠の一つ※とされてきた。
似た形状に「反り」があるが、【鋭さ、権威、天に向かう力強さ】を感じさせる「反り」に対し、「むくり」は【柔らかさ、謙虚さ、地を包み込む慈しみ】の意味を持つ。
現代に息づく「反り」と「むくり」
この「反り」と「むくり」という、一見相反する二つの曲線が、現代の象徴の中で見事に融合している場所がある。
それが、世界一の高さを誇る自立式電波塔、"東京スカイツリー" である。
スカイツリーを眺める位置を変えていくと、ある面からは日本刀のような鋭い曲線である「反り」が見え、別の面からはふっくらと膨らんだ「むくり」が見えるように設計されている。
空を突くような「反り」の力強さと、大地に根ざし人々を包み込む「むくり」の優しさ。
その二つが一体となることで、あの巨大な鉄塔には、単なる建造物という枠を超えた生命感と凛とした佇まいが宿っているのだ。
現代の最先端技術の結晶であるスカイツリーに、この「むくり」の思想が取り入れられたのは、決して偶然ではない。
高く、強くあろうとする意志(反り)の傍らに、どこか人を安らぎへ誘うような膨らみ(むくり)を添える。
この調和こそが、日本人が古来より追い求めてきた「真の美しさ」の形だからである。
現代の日常では、擬態語(オノマトペ)として「むくりと起き上がる」といった表現で使われることが多い。
しかし、その響きの中には機械的な動きではない、生き物が自然に意識を宿していくような温かみのある時間が流れている。
東京スカイツリーと隅田川 ポストカード3枚セット P3-185
"数寄屋造り" に込めた「たわみ」という精神性
日本には「むくり」という、あえて完璧な直線を崩し、わずかな膨らみを持たせることで調和を生む美意識がある。
その美意識の粋を集めたのが、桂離宮などの "数寄屋造り" に見られる「むくり屋根」という文化である。
"むくり屋根" が描く緩やかな曲線は、威圧感を削ぎ落とし、住まう人や訪れる人を優しく迎え入れる「おもてなし」の象徴なのだ。
誇示するのではなく、自然の風景に溶け込み、周囲と寄り添うという精神は、日本語の持つ「しなやかさ」という概念と深く結びついている。
人間工学的にも、人は完全な水平を痩せて見てしまうという特性がある。
そこにわずかな「むくり」を加えることで、初めて私たちの目には豊かで自然な形として映るのだという。
言葉を尽くして説得するのではなく、その佇まいだけで相手を安らぎで包み込む。
この「余白」と「ゆとり」を尊ぶ美徳は、古き良き日本の相手を慮る感性そのものではないか。
「剛」ではなく「柔」を以て、空間を完成させる。
その膨らみの一線に、目に見えない優しさや祈りを込める日本人の感性は、本当に豊かで美しい。
"むくり" は単なる造形ではなく、万物に対する敬意と慈しみの形である。
内側からふっくらと持ち上がるようなその姿は、日本語が持つ繊細な情愛や、命の息吹を愛でる感覚にも通じるものなのである。
朝、むくりと起き上がる瞬間も、あなたの中に小さな余白が生まれますように。
※.日本の伝統建築において最も美しい意匠の一つ
「むくり」とは、建築用語で屋根や梁などを上方へ向かって凸状に湾曲させること。
京都の町家や茶室、寺院の門などに多く見られ、威厳よりも「親しみやすさ」や「落ち着き」を演出するために用いられる技法である。
日本人が古来より大切にしてきた、自然の摂理に逆らわない「たわみ」の美学が凝縮されており、非常に美しい日本文化のひとつといえる。
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