知識の泉
今すぐ誰かに話したくなる知的雑学
明治時代「四月馬鹿」に上書きされてしまった、かつての日本人が大切にしていた心のしこりを解く特別な風習
知識は力なり
かの有名なイギリスの哲学者、フランシス・ベーコンは言った。
「知識は力なり」と。
この言葉には、読んで字の如く「知識は自身の力になる」という意味とは別に、「経験によって得た知識を、いかにして実践的に使用することができるのか」という意味も込められている。
雑学も同様だと思う。
実際には、生きていく上で何の役にも立たないと思われている、どうでもいい情報群。
それが雑学という分野といえるだろう。
しかし雑学で得た知識を、どのように使うのかは人それぞれ。
普段の話のネタに困っている人。
トーク力を上げたい人。
飲み会やデートなどで知識を披露したい人。
知識を吸収したいけどあれこれ調べるのが面倒な人。
そして、物事の本質や奥深さを知りたい人。
純粋に「なるほど!」と思いたい人まで。
当たり前に感じていたことも、角度を変えた視野からみることで、別の面があることに初めて気付かされる。
その知識を他人にひけらかすだけでなく、その知識をもとに、固定観念から解放され、世の中の見え方を変えようではないか。
さすれば、「知識は力なり」の言葉の意味を実感できるはずである。
SNS時代の今だからこそ、エイプリルフールにあえて不義理を詫びるという粋
エイプリルフールは、罪のない嘘をついて良いとされる風習として、今ではすっかり日本にも定着している。
「今日は嘘をついてもいい日」と盛り上がる現代の4月1日。
だが、かつての日本には、嘘とは真逆の誠実な風習があったことをご存知だろうか?
日本にエイプリルフールが伝わる前、江戸時代には4月1日は「不義理の日」と呼ばれていた。
普段から不義理をしている(なかなか会えていない)人に対して、手紙などで無沙汰をわびる日。
嘘で騙し合うのではなく、心のしこりを解いて人間関係をリセットする、温かい日だった。
では、誠実な日である4月1日がなぜ「嘘の日」に入れ替わったのか?
理由は、日本でエイプリルフールが「四月馬鹿」と呼ばれるようになった明治時代に遡る。
明治時代になって西洋の文化がドッと入ってきた。
そのなかで英語の「April Fool」がそのまま日本語に訳され、明治時代の辞書や新聞がこの言葉を「四月馬鹿」と紹介したことで、この呼び名が一般的になり広まった。
こうして「不義理の日」という習慣が、西洋の「嘘をつく日」に急速に上書きされてしまった。
もともと4月1日に特別な行事をする下地があった日本人に、「嘘をついていい日」という新しい刺激が、「四月馬鹿」というキャッチーな名前と共にスッと受け入れられたようだ。
さらに大正から昭和初期にかけて、新聞や雑誌が「今日は四月馬鹿の日です」とこぞって特集を組んだことで、一種のハイカラな遊びとして流行した。
今でいうハロウィンのような感覚で、新しいイベントとして定着していったのである。
エイプリルフールは誰かが悲しむ嘘、実害が出る嘘、他人の名前を勝手に使う嘘などはマナー違反とされているため、現代では企業のキャンペーンや限定商品の情報が発表されることも多い。
近年、日本では「午後はネタ明らしをして笑顔で終わるのがスマート」というイギリス式のマナーが定着。
「午前中に嘘をつき、午後にネタ明らしをする」という流れは、相手を騙しっぱなしにせず、最後は皆で笑って終わらせるというSNS時代のマナーとも相性が良いため、世界的にこのスタイルを支持する声も増えている。
各企業の趣向を凝らした嘘は、時に嘘から出た実になるなど、毎年話題を呼んでいる。
そんな風潮を楽しむのも、もちろんいい。
嘘をついて笑い合うのもいいけれど、4月1日をあえて「不義理の日」として、この日をきっかけに最近連絡してなかったあの人にメッセージを送ってみてはどうだろう。
4月1日を「不義理の日」として認識できる人は、おそらくほとんどいない。
だからこそ、これほど粋な過ごし方はないのである。
ちなみに、現代では「エイプリルフール」とカタカナで呼ぶのが主流だが、俳句の世界では今でも「四月馬鹿」が春の季語として大切に詠まれている。
日本人にとって4月1日は、乱痴気騒ぎする日ではなく、誠実と風流の日なのである。
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