落語『風呂敷』に包まれた、現代日本人の無自覚な劣化
落語『風呂敷』
兄貴分として世話好きで通っている男の家に近所の女房が駆け込んできた。
「大変なことになってしまって」
なんでも亭主が寄り合いで遅くなるというので湯へ行ってのんびり茶を飲んでいると、馴染みの新さんが遊びにきて、二人でお茶を飲んでいたところに雨がザーッと降ってきたので雨戸を閉めた。
そこに今夜は遅くなるはずの亭主が酔っ払って帰ってきてしまった。
「うちの亭主はもの凄い焼き餅だから」
亭主は嫉妬深く、不倫してると間違えられたら大変。
女房はとっさに新さんを押入れに押し込んだ。
ところがそうとは知らず、亭主は家に帰るなり押入れの前にどっかと腰を降ろしてしまって、びくとも動かない。
すぐに寝ると思ったが、酔っているくせに今日に限ってなかなか寝ようとしない。
これは困ったと、女房が兄貴に助けを求めてやってきた。
「なんとか上手く誤魔化してもらえないか」
話を聞いた兄貴分は、
「しょうがねえなあ」
と、ひとしきりその女房にちょっとピントのズレた説教をしたあと、女房を先に帰らせて自分は大きな風呂敷を持って出掛けた。
家を覗くと、亭主がプンプンしながら胡座をかいている。
「どうしたい?」
亭主は、せっかく早く帰ってきたのに女房の奴が嬉しそうな顔もせず、やたら寝かせようとばかりする、どういう了見だ、と文句たらたら。
ひとくさり不平を言ってから、ようやく兄貴分の用件を尋ねた。
「今時分、何か用かい」
そこで兄貴分は、近所のゴタゴタを治めてきたついでにちょっと寄ったんだと話し出した。
「さっき長屋にある馴染みの家で、助けを求められたんだよ。女房が間男を引き入れているところへ、その家の亭主が帰ってきちまった。慌てて押し入れに隠れてもらったら、亭主が押入れの前から動かなくて困ってると」
「へー面白いねえ、その話。で、兄貴はどうやって片付けたんで?」
自分のことだとは知らず、亭主は思わず身を乗り出した。
「だろ?どうやったのか気になるだろ?よし教えてやるよ」
兄貴は用意した風呂敷を取り出して、
「風呂敷を広げてな、こうやってその野郎にこういう風にかぶせてな、ほらな?何にも見えねえだろ」
「うん見えねえ」
「で、押入れを開けたんだ」
亭主は風呂敷の中でうんうんと頷いている。
兄貴分は押入れの中で震えてる新さんに静かに出ろと合図して、出てきてもらう。
「でな、忘れもんすんなよ?下駄も間違えちゃいけないよ?ってな」
新さんが表へ出たのをたしかめてから、
「で、パッと風呂敷をね」
と、風呂敷を剥がす。
亭主はすっかり感心して、
「兄貴、さすがっすね。でも、引っかかるその亭主も馬鹿ですねぇ」
大好きな噺のひとつ。
あまりによく出来ているから、間抜けな亭主以上に聴いてるこちらがすっかり感心してしまう。
それにしても女房は若い男とはたして話をしていただけなんだろうか?
と、思われたそこのあなた。
実はこの噺、昔は『風呂敷の間男』という題名がついていた。
兄貴分の「ちょっとピントのズレた説教」というのも、これでどういう意味かがわかるだろう。
えっ、わからないって?
ならばもう少し勉強しよう。
しかしこの亭主の間の抜けた迂闊ぶり。
目の前で起きている異常事態や、他人の迷惑が一切目に入らなくなっている現代日本人そのものではないか。
亭主が(意図する、しないにかかわらず)間男の存在を消し去ったように、現代人も自分の都合という風呂敷で、周囲の迷惑を消し去っている。
小さな画面に夢中で、目の前に人がいても、ベビーカーが立ち往生していても、高齢者が席を探していても、「いいコンテンツだねぇ」と感心しているだけ。
両耳にイヤフォンつけて、周りもろくに見ちゃいない。
まったくもって、危機感の欠片もない。
我関せず。
周りを見ない、見たいものしか見ない現代人の視野は極端に狭い。
それをまた都合よろしく、「前しか見ない」やら「集中力がある」なんて綺麗事で歪曲解釈するもんだからタチが悪い。
ポジティブな言葉で正当化する浅ましさは、自分に都合の良い風呂敷を被せているようだ。
無自覚に劣化していく多くの現代日本人。
もはや教育システムそのものを全取っ替えするくらいじゃなきゃ、どうにもならないところまできている。
そんな浅慮軽薄な姿を見た良識ある人はみんなこう思っているよ。
「あいつ、馬鹿ですねえ。自分のことをあんまり見すぎて目の前のことが何も見えていない」
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