日本映画
爆弾
※本稿はネタバレを含みます。ご注意下さい。
超高度な心理戦でひと際の存在感を放つ脇役、名前すら呼ばれなかった主人公、主人公不在の怪作
日本映画『爆弾』とは
街を切り裂く轟音と悲鳴、東京をまるごと恐怖に陥れる連続爆破事件。
すべての始まりは、酔って逮捕されたごく平凡な中年男・スズキタゴサクの一言だった。
「霊感で事件を予知できます。これから3回、次は1時間後に爆発します」
爆弾はどこに仕掛けられているのか?
目的は何なのか?
スズキは一体、何者か?
次第に牙をむき始める謎だらけの怪物に、警視庁捜査一課の類家は真正面から勝負を挑む。
スズキの言葉を聞き漏らしてはいけない、スズキの仕草を見逃してはいけない。
すべてがヒントで、すべてが挑発。
密室の取調室で繰り広げられる謎解きゲームと、東京中を駆け巡る爆弾探し。
「でも爆発したって別によくないですか?」
― その告白に日本中が炎上する。
令和最大の衝撃作—解禁。
原作はミステリーランキング2冠の呉勝浩先生によるベストセラー小説。
究極のリアルタイムミステリーを『キャラクター』『帝一の國』の永井聡監督が、新時代を切り開く壮大なスケールと、あふれんばかりのスリルとサスペンスで映像化。
主演・山田裕貴氏をはじめ、伊藤沙莉さん、染谷将太氏、坂東龍汰氏、寛一郎氏、渡部篤郎氏、佐藤二朗氏ら本格派キャストが集結。
観る者すべてに "爆弾" を突きつける、本物の衝撃を体感せよ!
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原作:爆弾 / 呉勝浩 (講談社文庫)
『爆弾』は、呉勝浩先生の長編推理小説である。
2022年2月22日発売の「小説現代」3月号に掲載され、4月20日に講談社より単行本が刊行された。
文庫版は2024年7月12日に講談社文庫より刊行。
コミカライズが、2025年5月23日の「コミックDAYS」より連載されている。
2025年に映画版が公開。
続編となる『法廷占拠 爆弾2』は2024年7月22日発売の「小説現代」8・9月合併号に掲載され、7月31日に講談社より刊行された。
あらすじ
酔った勢いで自販機と店員に暴行を働き、警察に連行された正体不明の中年男。
自らを「スズキタゴサク」と名乗る彼は、霊感が働くとうそぶいて都内に仕掛けられた爆弾の存在を予告する。
やがてその言葉通りに都内で爆発が起こり、スズキはこの後も1時間おきに3回爆発すると言う。
スズキは尋問をのらりくらりとかわしながら、爆弾に関する謎めいたクイズを出し始め、刑事たちを翻弄していくが……。
登場人物
類家
演 - 山田裕貴
警視庁捜査一課・強行犯捜査係の刑事で、スズキタゴサクと真っ向から対峙する交渉人。
もじゃもじゃの天然パーマに丸メガネの野暮ったい見てくれながら、ギラリとした鋭い観察眼と推理力をもつ。
等々力
演 - 染谷将太
スズキタゴサクをはじめに聴取する、野方署の刑事。
なぜかスズキに気に入られ、爆発に関する予言を打ち明けられる。
予言が現実となる中、スズキの秘密を探っていく。
倖田
演 - 伊藤沙莉
沼袋交番勤務の巡査。
先輩の矢吹と常に行動を共にする。
スズキタゴサクが問題を起こした酒屋に臨場し、野方署へ引き渡す。
猪突猛進な行動派で、爆弾捜索に奔走する。
伊勢
演 - 寛一郎
取調室でスズキタゴサクの事情聴取につきそい、見張り役を務める野方署の巡査長。
スズキを観察しながら、その自虐的で不気味な発言に不快感をにじませる。
矢吹
演 - 坂東龍汰
沼袋交番勤務の巡査長。
伊勢をライバル視しており、交番勤務を卒業し、刑事になるチャンスとして野心をみなぎらせながら爆弾捜索に打ち込む。
清宮
演 - 渡部篤郎
スズキタゴサクと交渉する、警視庁捜査一課・強行犯捜査係の刑事。
スズキが仕掛けるゲームに粛々と付き合い、対話を深めながら情報を引き出そうと試みる。
スズキタゴサク
演 - 佐藤二朗
謎の中年男。
酔って暴行を働き逮捕された。
取調室で名前以外のすべての記憶は失っていると主張し、霊感で刑事の役に立つことができると申し出る。
爆破予告とクイズを繰り出しながら、刑事たちを翻弄していく。
主題歌
- 宮本浩次「I AM HERO」
人の本性を剥き出しにしていく主人公不在の超高度心理戦、最後に制したのは…
本作で、東京に爆弾を仕掛け警察を翻弄する謎の男・スズキタゴサク役を演じた佐藤二朗氏が第49回日本アカデミー賞で最優秀助演男優賞受賞。
佐藤二朗氏は本作の怪演により、日本アカデミー賞のほか、ブルーリボン賞助演男優賞も受賞。
こういった賞には、時に異論の余地が残るものだが、 佐藤二朗氏の怪演をみてしまえば異論を挟む余地はない。
納得の選出である。
ちなみに類家役を演じた山田裕貴氏も、同日本アカデミー賞で優秀主演男優賞を受賞している。
たしかに、類家は山田裕貴氏が過去に演じたことのないキャラクターで、演技も一皮剥けた印象だ。
だからもちろん、この受賞にも異論はない。
だが、はたして類家が主人公だったのかどうか。
クレジット上は、たしかに類家が主人公だ。
演出上も、おそらくは類家がメインキャラクターに据えられている。
しかし観れば観るほど、主人公が誰なのかわからなくなる。
思えば、本作は不思議な作品である。
何を伝えたいのかよくわからない。
こういった作品には何かしらのメッセージが隠されているものだが、特別メッセージ性を感じることなく、ただただ人の醜い本性のみが描き出される。
それはとりもなおさず主人公不在を示している。
いや、あえて主人公を迷彩しているといった方が正確か。
本来なら主人公であるはずの類家。
狂気に相対するのは知性と理性であり、それが主人公の素養というものだ。
しかし類家は違った。
初登場時から傍目には理知的にみえる類家だが、所轄の等々力に紳士的にマウントを取るなど、人間臭さを滲み立たせる。
理知的なはずの交渉人が、実は誰よりもエリートの特権意識という人間臭い業を抱えていた。
そこをスズキに突かれ、次第に本性が剥き出しになっていく類家の様をみていると、やはりどうしても主人公とは言い難い。
そこへいくと、染谷将太氏演じる等々力は少し違った。
当初はあくまでメインイベントであるスズキvs類家への導入部にのみ輝く脇役キャラクターに見えたが、要所要所でキーパーソンの役割を果たす。
もしや本当の主人公は等々力では?
そう感じたの理由は、名前にある。
スズキが仕掛ける超高度な心理戦。
その心理戦は、対峙する相手の名前を聞くことから始まる。
等々力然り、清宮(渡部篤郎)然り、伊勢(寛一郎)ですら、まずは名前を聞かれていた。
しかし類家はスズキから、一度も名前を尋ねられていない。
類家が何度名乗っても、スズキは類家の名を呼ばない。
思うに、スズキは対峙する人間を支配することに非常に長けていた。
誰よりも高い知性を持つという自負がありながらも、社会の底辺を演じることで、見下す人間を下から次第に支配していく。
馬鹿にしていた人間に、自分の一番痛いところを突かれ、一番醜いところを見抜かれれば、誰だって感情的になるだろう。
清宮も伊勢も類家も、スズキと一度も対峙していない倖田(伊藤沙莉)ですらそうだった。
しかし唯一、等々力だけが感情に支配されなかった。
なぜかを考えてみた。
それはきっと等々力が、人の内側にある狂気の存在を、はじめから認めていたからではないだろうか。
等々力がそうなるきっかけも、劇中で語られている。
清宮も伊勢も類家も、もしかしたらその存在は気づいてはいたかもしれない。
だが、彼らは自分の内にある狂気の存在をけっして認めようとはしなかった。
スズキの狂気を否定するばかりで、スズキの心を理解しようとはしなかった。
理解は、コミュニケーションの大原則である。
たとえそれが犯罪者であろうと、この原則が変わることはない。
犯罪者の心を理解したからといって、同意同調するわけではない。
理解と同意は別物なのだ。
「理解=悪への加担」だと恐れて対話を拒絶した類家たちに対し、等々力は理解しても飲み込まれない強さを持っていた。
「気持ちは分からなくもない」
劇中の等々力のセリフである。
エリートである類家たちが正義という役柄に固執し、スズキを理解不能な怪物として切り捨てようとしたのに対し、等々力だけが狂気の共存を認めていた。
等々力だけがスズキと同じ地平(狂気との共存)に立っていた。
だからこそ、スズキの支配が通用しなかった。
人は誰しも、心に狂気を孕んでいる。
人は、社会という舞台の上で、狂気を隠し、自分という役柄を演じているだけに過ぎない。
だが時に、能力と役柄がそぐわない人間がいる。
高い能力と知性を持ちながら不遇を託つ人がいる。
どいつもこいつも馬鹿ばかり。
何もかもが虚しくなる。
そういう人間に宿る狂気は、絶望と破壊だと相場は決まっている。
だからスズキは等々力に、最後にこう尋ねた。
「この先も自分に嘘をつきながら、だらだらと生きていくんです?」
しかし等々力は揺るがない。
「だけどな、スズキ。俺はそれを不幸せとは思わないよ」
それを聞いたスズキは、少し沈黙してからこう答える。
「なるほどです」
このセリフこそが、警視庁捜査一課を手玉にとっていた怪物・スズキが、唯一敗北を認めた瞬間だったのではないだろうか。
スズキはこれから対峙する全員の心を、完膚なきまでに叩き潰す腹づもりだったのだろう。
しかし、どんな揺さぶりも、等々力にだけは届かなかった。
優勢にみえた類家との心理戦を「引き分け」と評したのは、スズキも類家も、等々力の境地には到達していない所詮は同類だったことを認めた証しである。
ひたすら生理的な不快感をばら撒き続けたスズキ。
おそらくは、それを評価されての日本アカデミー賞。
だが佐藤二朗氏のこの一瞬の沈黙にこそ、最優秀の価値がある。
そんな気がしている。
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