落語『六尺棒』は実家という城壁に立てこもる「子供部屋おじさん」への最終宣告
落語『六尺棒』
道楽者で遊んでばかりいる大店の若旦那の幸太郎。
今日も遅くまで飲んですっかり午前様。
こっそり家に入ろうとするが、しっかり戸締まりがしてあって中に入れない。
店の者に開けてもらおうと戸を叩くと、待ち構えていたのは大旦那の親父殿。
「遅くにどなたですかな?」
「わたしです、幸太郎です、開けてください」
「おや?倅のお友達でしたか?」
どうやら親父殿は本気で腹を立てている様子。
戸を開けるどころか、まるで他人のような口ぶりで冷たく突き放す。
「あの者はどうしようもない道楽者のヤクザ野郎で、店をめちゃくちゃにしてしまいます。家に置いておけないから勘当しようと思っています。もう帰ってくるなとお伝えください」
もう二度と道楽はしないと幸太郎が詫びを入れても取り付く島もない。
「勘当だなんて店の跡継ぎはどうするんだ?勘当されるくらいなら死んでやる」
この手も本気で怒る今夜の親父殿には通じない。
イライラしてきた幸太郎。
「道楽者だのヤクザ者だの好き放題に言ってくれるが、そのヤクザ者をこしらえたのはどこのどいつだ?」
と啖呵を切って開き直った。
売り言葉に買い言葉で、親父殿だって俄然威勢が良くなる。
「うるさい。倅らしいことを一度でもしたことがあるのか?隣りの息子さんを見なさい。働き者だし親孝行だ。少しは見習いなさい、馬鹿息子」どうしても家に入れない構え。
夜中に戸を挟んで親子喧嘩だ。
「こうなったら、こんな店火をつけてやる」
まるで反省しようとしない幸太郎の態度に、頭に血がのぼった親父殿。
堪忍袋の緒が切れ、六尺棒を手に飛び出してきた。
「待てーーー!」
追いかけるが、悲しいかな若い幸太郎の逃げ足にはとてもかなわない。
とうとう見失って「ハアハア」いっている隙に、隠れていた幸太郎がサッと家に入って戸を閉めてしまった。
そうとは知らない親父殿。
店に戻ろうと扉に手を掛けたところで、内側から戸締りがされ、締め出されてしまったことに気が付く。
「ドンドンドン!こら、開けなさい」
「遅くに戸を叩くのはどなたでございましょう」
今度は幸太郎が親父殿をコケにする。
お前の親父だと言っても知らんぷり。
「おや?父のお知り合いの方でしたか?父は息子に対して意地悪で頭が固いので勘当しようと思っています。もう帰ってくるなとお伝えください」
すっかり立場が入れ替わってしまった。
「お隣りの父上を見なさい。気前はいいし優しいし。少しは見習いなさい、馬鹿親父」
さっき自分が言われたセリフをそっくり言い返し、挙句勘当だと言い渡した。
「親を勘当する奴があるか」
いきりたつ親父殿に、
「世間並みの親父らしいことを一度でもしたことがあるのか?」
とそっくりショー。
呆れた親父殿。
最後に一言、
「うるさい、この馬鹿息子。そんなに俺の真似がしたいんなら、六尺棒を持って表に出てこい!」
落語世界の典型的な親と子の攻防戦。
喧嘩は派手だが、親と子の情がしっかり通っているのが親子をテーマにした噺の特徴。
しかし親子の関係も、最近は少し様子が違うようで…。
近頃「親ガチャ」なんて言葉が流行っているようだが、親の方からしてみれば「子ガチャ」に外れたと嘆きたい夜もある。
特に実家の自室を聖域化し、家賃も払わず親の脛をダイヤモンド並みの硬度でかじり続ける「子供部屋おじさん」。
彼らは、自分が親をコントロールしていると錯覚しているようだが、側から見れば「裸の王様」。
しかし身内にとっては迷惑な話でも、他人からしてみたら滑稽でしかない。
そんな内弁慶な「子供部屋おじさん」の姿を映し出したようなこの噺。
物語は、放蕩の限りを尽くして深夜に帰宅した息子と、堪忍袋の緒が切れて門を閉ざした父親の攻防戦。
この息子の態度といったら、親が提供する衣食住を公共インフラか何かと勘違い。
「あって当たり前」と、感謝の言葉も出てきやしない、現代の居候たちそのもの。
この息子にとって、実家の壁は「自分を守る城壁」であり、親は「24時間営業の定食屋兼洗濯屋」。
まるでコンビニ?
いやいや、コンビニなら金がいるけど親はタダ。
ならば、実家と親はコンビニ以上に便利な存在。
そんな子供を見るに見かねて自立を促しても、やれ「毒親だ」、やれ「精神的に追い詰められた」と一方的に被害者ムーブ。
かと思えば、立場が強くなった途端に正論でマウントを取ってくる姿は、甘やかされて育ったお坊ちゃんそのもの。
見た目は大人、頭脳は子供!
って、あなたはどこかの名探偵ですか?
「子供部屋おじさん」とは、よく言ったもんだ。
そんな息子をみて、昔であれば「親の顔が見てみたい」なんて言ったもんだが、それは相手が子供の場合。
おじさんにそれを言っちゃあ、あまりに親が気の毒だ。
世の「子供部屋おじさん」たち。
親がいなくなった後の、自分の顔を鏡で見てごらん。
そこに映っているのは、自分の足で立つことも忘れた、ただの大きな子供。
見た目だけは立派な大人の情けない坊や。
親という門番がいなくなったときに手にするのは、自由ではなく、誰にも開けてもらえない真っ暗な夜道だけ。
"いつまでも、あると思うな親と金" ってなもので。
「どこのどなたか存じませんが」と世間から突き放される前に、その六尺棒を杖にしてでも、自分の足で立ってみるべきでは?
もっとも一番怖いのは、一歩外に出た瞬間、自分が「裸の王様」だったと社会から突きつけられることかもしれないが……。
NHK落語名人選(54) 五代目 古今亭志ん生 泣き塩・紀州・権兵衛狸・六尺棒
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