知識の泉
今すぐ誰かに話したくなる知的雑学
「五月晴れ」の本当の意味、知っていますか?——カレンダーには書かれていない、雨上がりの光の物語
知識は力なり
かの有名なイギリスの哲学者、フランシス・ベーコンは言った。
「知識は力なり」と。
この言葉には、読んで字の如く「知識は自身の力になる」という意味とは別に、「経験によって得た知識を、いかにして実践的に使用することができるのか」という意味も込められている。
雑学も同様だと思う。
実際には、生きていく上で何の役にも立たないと思われている、どうでもいい情報群。
それが雑学という分野といえるだろう。
しかし雑学で得た知識を、どのように使うのかは人それぞれ。
普段の話のネタに困っている人。
トーク力を上げたい人。
飲み会やデートなどで知識を披露したい人。
知識を吸収したいけどあれこれ調べるのが面倒な人。
そして、物事の本質や奥深さを知りたい人。
純粋に「なるほど!」と思いたい人まで。
当たり前に感じていたことも、角度を変えた視野からみることで、別の面があることに初めて気付かされる。
その知識を他人にひけらかすだけでなく、その知識をもとに、固定観念から解放され、世の中の見え方を変えようではないか。
さすれば、「知識は力なり」の言葉の意味を実感できるはずである。
新緑の風か、雨上がりの光かーー読み方ひとつで変わる、二つの青空
抜けるような青空、新緑を渡る爽やかな風。
そんな5月の晴天を「五月晴れ(さつきばれ)」と呼んではいないだろうか?
実はこれ、本来の意味からすると間違いかもしれない……と言ったら驚かれるだろうか。
実は「五月晴れ」の「五月」とは、我々が今カレンダーで見ている5月のことではなく、旧暦の5月を指している。
旧暦の5月とは、今でいう6月から7月初旬。
つまり、梅雨の真っ只中なのだ。
したがって「五月晴れ(さつきばれ)」という言葉の本来の意味は、長く続く梅雨の合間に、ふっと現れる晴れ間のことを指しているのである。
だからといって、抜けるような青空の日のことを「五月晴れ」と呼ぶ概念自体は間違いではない。
間違えやすいのは読み方。
現代の5月の晴天を指す場合は「五月晴れ(ごがつばれ)」、梅雨の晴れ間を指す場合は「五月晴れ(さつきばれ)」と読み分けるのが、本来のルールとされている。
この「間違い」とされる意味の裏側には、日本語ならではの美しさが隠れている。
本来の「五月晴れ」は、どんよりとした雨空が続く中で、ようやく差し込んだ貴重な光のこと。
雨に濡れて色濃くなった木々が、一瞬の陽光に照らされてキラキラと輝く――。
それは、ただの快晴よりもずっとドラマチックで、生命の力強さを感じさせる情景だ。
「五月晴れ(ごがつばれ)」と「五月晴れ(さつきばれ)」。
時代とともに言葉の意味が変わっていくのは、我々がその季節ごとに最も美しいと感じる瞬間を、この言葉に重ね合わせてきたからかもしれない。
次に「五月晴れ」という言葉を遣うときは、それが「新緑の爽やかな風」なのか、それとも「雨上がりの瑞々しい光」なのか、少しだけ空を見上げ意識してみてはどうだろう。
たったそれだけで、いつもよりほんの少し素敵な一日になる。
そう思いませんか?
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