落語『粗忽長屋』は天皇陛下に敬意も払わずひとり下品にはしゃぐ女王気取り
落語『粗忽長屋』
わりと優柔不断の熊さんと、主観が強く物ごとを決めつける八つぁんが、同じ長屋に住んでいた。
ある日、八が浅草の観音様の近くを通りかかると人だかりができて、ワイワイガヤガヤやっている。
喧嘩か見世物か、なにやら面白いものが見れそうだと、後ろから背伸びしてのぞきこもうとしているやつに、
「なんです?これは」
と聞いてみる。
「行き倒れだよ」
「いつから始まるんです? そのイキダオレってのは」
「見世物じゃないんだよ。ここに寝てるのは死んだ人だ。身元不明だから、皆に検分してもらってるんだよ」
「なんだい、そうですか。それじゃ、生き倒れじゃくて、死に倒れだ」
わけのわからないことをぼやくこの八つぁん、粗忽者でそそっかしく、早とちりが過ぎる性格。
それでいて人一倍、好奇心が旺盛な八は、
「そりゃ見たいな、ちょっとごめんよ」
と、前の連中の股ぐらをくぐり抜けて、ぬっと役人の前に顔を出した。
役人も新手の者に見せて手がかりをつかみたいんで、八を手招きして、行き倒れて死んでいる男のそばに連れていった。
「おまえさんも、見てやっておくれ」
といわれて仏さんの顔を拝むと、びっくり仰天。
「あ、熊の野郎だ!」
「なんだい、知り合いかい?なら、家族に知らせておくれよ。引き取り手がいないんだ」
「いや、こいつは独り身だ」
「そうかい、それならおまえさん、知り合いのよしみで引き取っておくれよ」
「いやいや、今朝、顔を合わせたばかりなんですよ。ですから、ここに当人を連れてきましょう」
「なんだい?その当人というのは」
「ですから、生き倒れの当人を」
「なにを言ってるんだい。この仏さんは昨晩、行き倒れたんだよ。今朝、顔を合わせるわけないだろう」
「いや、間違いねぇ。当人ですよ。熊の野郎、今朝、具合がよくねぇとぼんやりしてましたから」
「おいおい、おまえさん、しっかりしておくれよ。人違いだろ。行き倒れたのはゆうべだよ」
「いやいや、間違いありませんって。そそっかしいヤツなんで、死んだのを忘れて、家へ帰えっちまったんですよ。こうしちゃいられねぇ、当人を連れてきますよ」
「おい! あんた!!あらあら、行っちゃったよ。困った人もいたもんだねぇ」
死骸を一目見た八は熊だと思いこみ、役人が引き止めるのも聞かずに長屋へすっ飛んで帰った。
ハは長屋にいた熊をつかまえ、
「おい、熊! クマぁ! ぼんやりしてる場合じゃねえぞ、てぇへんだ! おめえ、死んでたぞ!」
「騒々しいな。なんだい、藪から棒に。こちとら具合が悪いんだよ」
「だから、おめえ、死んでたんだよ」
「死んでた? そんな心もちはしねぇが」
「まったく、それだからおめえは図々しいってんだ。死ぬなんてこたぁ、はじめてのことだろう。はじめてのこととなりゃ、心もちなんてわかるはずもねぇ」
「ちげぇねぇ。具合も悪いし、これが死んだ心もちってやつなのかな?」
「俺が知るか。それより、おめえ、ゆんべはどうしてたい?」
最初のうちこそ取り合わなかった熊だが、八に前夜の行動を細かく尋ねられているうちに、だんだんとその気になってきた。
なにしろ酒をしこたま飲んでベロベロになって帰ってきたから、はっきりとした記憶がない。
どうやって家へたどり着いたものかさっぱりわからない。
「悪酔いして死んだんだよ」
根が優柔不断だけに、そう言われると納得し
てしまう。
「それみねぇ。死んだの忘れて帰えってきちまったんだよ。まったくもう、おめえくらいそそっかしいヤツはねぇなぁ。ほら、いくぞ」
「いくぞって、どこへ?」
「おめえのむくろを引き取りにいくんだよ」
「俺のむくろ?」
「当たり前ぇだろ。ほら、急げ。よそ様にもっていかれたらどうすんだい」
八と二人で浅草へと急ぎ取って返す。
熊が自分の死んでいたことをしきりにあやまったりするものだから、役人もすっかり呆れ返ってしまった。
行き倒れの死体を見せれば本人も納得するだろうと考え、菰をめくってよく見ろとすすめる。
だが、熊は妙に遠慮して、
「死に目には会いたくない」
と、わけのわからぬことを言い、見たがらない。
見かねた八が、役人が困るだろうと助け船を出し、ようやく菰をめくって死人と対面することに。
ところが、死体を見ても二人はとんちんかんなやりとりを繰り広げる。
熊が自分より少し顔が長いようだと首をひねると、八が夜露で伸びたからだと講釈をつける。
それで熊が、
「そんなもんか」
と合点してしまうのだから始末に負えない。
「これが俺? あ、ほんとに俺だ。俺だよ、これは。なんてぇ、あさましい姿に」
「だろ。てめえの死に目に会えたんだ、かえって浮かばれるってもんだ、なぁ。ほら、ぼさっとしてないで、そっち持て」
と熊が死体の頭を、八が足をかかえて持ちあげる。
「間違いだってば」
と止める役人に、
「うるせぇ。当人が俺だって言ってるんだ」
と八。
そこで熊が素朴な疑問、
「ところで八つぁん。俺ぁ、なにがなんだか、わけがわからなくなっちゃった。抱かれている俺はたしかに俺だが、じゃ抱いている俺はいったい誰なんだ?」
落語にしばしば登場する慌て者の代表傑作。
五代目立川談志が改めた『主観長屋』の題でも親しまれている。
粗忽者とは、不注意で軽はずみ、そそっかしい人や「おっちょこちょい」な人を指す言葉。
古典落語では「あわてんぼう」の比喩として遣われる。
が、現代の粗忽者にサンタクロースのような可愛げはまったくない。
そんな可愛げのない猛烈な勘違いを演じる御仁が、政界にはいるようで…。
先に行われた昭和100年記念式典。
昭和元年から満100年を迎えることを記念するこの式典の主役は、言わずもがな、天皇陛下である。
たとえ皇室フリークでなくても、日本国民であるなら、その静かな佇まいに背筋を伸ばすべき場。
しかし場をわきまえないのが現代の粗忽者のようでして…。
あろうことか天皇陛下の横で下品に騒ぎ、我が物顔で振る舞う女王気取り。
いったい何を勘違いしているのか。
その姿はまるで「死体は俺だ!」、ならぬ、「主役は私よ!」と言い張っている粗忽者そのもの。
天皇陛下という厳かな光をバックライトか何かと勘違いしているのか。
あるいは自分が選ばれし女王だとでも思い込んでいるのか。
いくら周りが「お前じゃない」と言っても聞く耳なんか持ちやしない。
周囲の困惑や国民の冷ややかな視線も、女王気取りの耳には「私への喝采」と変換されて届いているらしい。
もはや品性の欠片もない。
マナーや礼節といった概念も、どこかで行き倒れているとしか思えない粗忽ぶりだ。
これが落語なら笑って済ませられる。
が、国を背負う立場の人間がこれでは、笑い事じゃ済まされない。
自分を主役だと思い込み、首相ごときが天皇陛下を脇に追いやるその不遜さ。
それは女王というより、単に鏡を見るのを忘れた粗忽者の悲哀を感じさせる。
ご立派な椅子に座って、自分こそが世界の中心だと酔いしれるのは勝手だが、巻き込まれる国民の身にもなってみろ。
「子をみれば親がわかる」なんて言葉があるが、国だって同じこと。
首相(もしくは大統領)をみればその国がわかる。
女王気取りが首相の座に就いてこのかた、日本はずいぶんと下品な国になったもんだ。
「式典に出席したのはたしかに私だけど、 じゃあここに写るこの恥も外聞もなく下品にはしゃぐ人はいったい誰なんだい?」
なんて、ふと我に返る誇りと知性がこの女王気取りにあるならば、少しばかり救いもあるんでしょうが…。
NHK落語名人選(52) 五代目 古今亭志ん生 粗忽長屋・芝浜
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