其の六十八
美しき日本語の世界。
「どちらにしようかな、天の神様の言う通り」…あなたはこの先、なんて言ってましたか?
「どちらにしようかな、天の神様の言う通り」とは
「どちらにしようかな、天の神様の言う通り」は、子供の数え歌の一種で、遊びの鬼ごっこの鬼など、主に何かを選んで決めるときに使われるもの。
地方によってさまざまなバリエーションがある。
やり方は、選定の対象物(者)を、歌詞の一音ごとに交互、あるいは順番に指差し、最後の一音の時に指を差している方に決定するというもので、「どちらにしようかな、天の神様の言う通り」が一般的である。
「どちらに」が「どっちに」になったり、また複数のものから一つを選ぶ場合は「どちらに」が「どれに」になったりする。
また地方によっては「しようかな」を「しましょうか」などとするところもある。
「天の神様」は「天の」が省略され「神様」だけだったり、「天神様」「裏の神様」だったりもする。
この後に続く言葉はさまざまである。
小学生を中心に多用されるため、学校単位で様々なアレンジが加えられていることも多く、地域ごとにバリエーションが異なっていることも多々ある。
最後につける言葉は自由なので、個人の都合によって自由に改変されることもしばしばあり、常に新しいバージョンが作られていると考えられる。
「天の神様の言う通り」に隠された、東西の気質と言語美
誰もが幼い頃に口にした「どちらにしようかな、天の神様の言う通り」。
何気ない選択の童歌であるが、実はここには日本語特有の「リズムの美しさ」と「地域の気質」が隠されている。
「言霊」を信じる日本人の心
この歌のルーツは江戸時代まで遡る。
古来、日本人は言葉に宿る霊力「言霊」を信じ、日常の小さな選択すらも神聖な神託、つまりはお告げに委ねてきた。
「天の神様の言う通り」というフレーズには、偶然を運命として受け入れる、日本人の奥ゆかしい自然観が息づいているのだ。
関東の「武家文化」と関西の「商人文化」
後ろに続くフレーズを比較すると、関東と関西の歴史や気質の違いが見えてきて非常に興味深い。
- 関東:毅然とした「武家文化」の響き
関東(特に東京周辺)では、「鉄砲撃ってバンバンバン」というフレーズが広く親しまれてきた。
江戸という武士の町の歴史や、近代の玩具の流行が、子どもたちの言葉にアクティブで力強いリズムをもたらしたと考えられる。
- 関西:ユーモアと生活感を愛する「商人文化」
一方の関西では、「ぷっとこいてぷっとこいて柿の種」や「あっぷっぷの柿の種」といったフレーズが定番。
オナラを連想させる擬音や、身近なお菓子を登場させるなど、お笑いや生活感を大切にする関西らしい親しみやすさとユーモアが言葉に滲み出ている。
時代と地域を映す「言葉の万華鏡」
さらに地方に目を向けると、日本の多様な風土を映したユニークなフレーズが数多く存在する。
- 北海道: 「なのなのなすびの柿の種、べべべのべのべの柿の種」
- 東海: 「赤豆、白豆、天の豆」
- 九州: 「アブラムシ、柿の種」
言葉の意味よりも、その土地の言葉の響きや、子供たちがその場で思いついたユニークな擬音がそのまま定着していく。
日本語は、地域や時代の文化を吸い込んで柔軟に変化する豊かな余白を持った言語なのである。
伝統的な「五七調」の心地よさ
東西や地方で言葉は違っても、共通しているのは「音のリズム」だ。
- 「鉄砲撃って(て・っ・ぽ・う・う・っ・て=7音)」
- 「柿の種(か・き・の・た・ね=5音)」
- 「アブラムシ(あ・ぶ・ら・む・し=5音)」
和歌や俳句に代表されるように、日本人は「5音・7音」のリズムを本能的に「美しい」「心地よい」と感じる。
子供たちはルールを教わる前から、耳馴染みの良い「五七調」を無意識に使いこなし、自分たちの遊びを洗練させていったのである。
幼い日の童歌には、我々が忘れかけていた日本の歴史、情緒、そして言葉遊びの美学が今も息づいているのだ。
懐かしき「どちらにしようかな、天の神様の言う通り」の響き。
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