其の六十九
美しき日本語の世界。
喜びと優しさを循環させる「お裾分け」の心
日常の中で、ふと耳にすると心がじんわりと温かくなる言葉がある。
あまりに何気なく遣っているせいで、その意味すら考えたことのないような温かい言葉。
その一つが「お裾分け(おすそわけ)」という言葉だ。
「実家からたくさん送られてきたから」
「旅行のお土産、よかったらどうぞ」※
そんな会話とともに交わされるこの言葉には、日本人が古くから大切にしてきた「人と人とのつながり」と「謙虚な優しさ」がギュッと詰まっているのである。
「お裾分け」の「裾」とは、着物の着丈の一番下の部分、つまり足元に近い端っこのことを指す。
言葉の由来は、衣服の裾のように「ほんの端っこの、つまらない部分ですが……」と、相手に対してへりくだる姿勢から来ている。
この慎ましい美徳こそ、日本語のとても奥ゆかしいところ。
自分が手に入れた良いものを「どうだ、凄いだろう!」と自慢げに差し出すのではなく、「大したものではありませんが、もしよろしければ」という、謙虚なフィルターを通す。
この一言があるだけで、受け取る側も気兼ねなく、笑顔で「ありがとう」と言えるようになる。
「お裾分け」には、相手に心理的な負担をかけないための、優しい気配りが隠されているのである。
そもそも「お裾分け」の本質は、単にモノを移動させることではない。
その根底にあるのは、「自分が嬉しかったこと、美味しかったものを、大切なあの人にも味わってほしい」という純粋な思いやりである。
いただいた時の「嬉しい!」というエネルギーを自分だけで止めず、次の誰かへと手渡していく。
それはまるで、小さな幸せのバトンリレーのよう。
何かと個別化が進み、隣りの人の顔も見えにくくなりがちな現代社会。
だからこそ、「これ、お裾分けです」と言って手渡される小さな一品は、我々の心をホッと緩ませてくれる潤滑油になってくれる。
ちなみに、この「お裾分け」という言葉。
「裾(端っこ)」という意味が含まれるため、実は上司や先輩などの目上の人に使うのはマナー違反とされている。
では、目上の方に何かを分けたい時はどうすればいいのだろうか?
そんな時は、「お福分け(おふくわけ)」という言葉を遣うといい。
「いただいた福を、皆様にもお分けします」という意味を持つ、これまた非常に美しい言葉である。
言葉の響きが変わっても、根底にある「相手の幸せを願う心」はまったく同じ。
シチュエーションに合わせてこんな言葉遣いができるのも、日本語の粋なところである。
何より、このような言葉の遣い分けは恰好いい大人の嗜みでもある。
知っていて損はないだろう。
「お裾分け」も「お福分け」も、どちらも「幸せの循環」を生み出す言葉である。
美味しいお菓子に出会ったとき、素敵な体験をしたとき。
その喜びを、ほんの少しだけ周りの誰かに分けてみる。
そんな温かい言葉と心のやり取りを、これからも日々の暮らしの中で大切に紡いでいきたいものである。
※.「旅行のお土産、よかったらどうぞ」
本来「お裾分け」とは、誰かからいただいた頂き物(お土産や旬の野菜など)の「お福分け」を、さらに別の人にお分けする行為を指す。
自分が購入したものや作ったものを他人に分ける際にも「お裾分け」は広く遣われているが、厳密には「頂き物を分ける」のが本来の使い方。
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