短編アニメ
広がる、せかい
※本稿はネタバレを含みます。ご注意下さい。
極上の映像美で描かれる、甘口なコミュニケーション・ファンタジー
短編アニメ『広がる、せかい』とは
栗谷多恵監督による約10分のショートアニメーション作品。
絵を描くことが好きで、少し内気な少女は極度の人見知りから、自分の作品を人に見せることを拒んでいた。
彼女にとって絵は心を守る大切な場所であり、絵の世界にひとり静かに閉じこもっていたのだ。
しかし、同級生から「鑑賞されない絵には意味がない」と言われ、その言葉が心に刺さり、描くことへの意欲さえ失いかけていた。
そんな彼女のもとに、ある日、川原の土手で絵を描くもう一人の少女が現れる。
その出会いは、少女の心の扉を少しずつ開き、自らの描いた画の世界とシンクロする繊細な心情の機微を色鉛筆とパステルの柔らかなタッチで優しく映し出していく。
やがて「描くことが好きで楽しい」という純粋な気持ちが彼女の中で再び輝き、少女の無垢な笑顔は観る者の胸を温かく包み込む。
羽ばたくように少女が自分の世界を広げていく姿が感動的な、栗谷多恵監督による約10分のショートアニメーション作品。
海外をも魅了しそうな、一級品の色彩と映像美
色鉛筆やパステルを思わせる、柔らかく繊細な色彩と作画は非常に素晴らしい。
10分間という短い時間の中で、視覚的に優しく、美しい世界観に引き込まれるクオリティの高さには文句のつけようがない。
どちらかというと日本ではなく、海外にウケそうな印象を受けた。
しかし肝心のストーリー、特にコミュニケーションの描き方には強い違和感が残る。
劇中では絵を通して、主人公の世界が広がっていく様子が描かれる。
が、その心の変化はひとりよがりなような気がしてならない。
結局は誰かが都合よく声を掛けてくれるのを待っているだけ――そんな印象が拭えないのだ。
現実のコミュニケーションとは、自分が傷つくリスクを背負ってでも、勇気を出してボールを投げることから始まるものである。
自分が投げたボールを相手が受け止め、そして投げ返してくれる。
そのやり取りの積み重ねこそが、本当の意味で人と繋がるということではないだろうか。
誰だって話が合う、話しやすい人に囲まれていたい。
理解し合えない人となんか一緒にいたくはない。
だがそれは、現実問題難しい。
だのにいつまでも自分の中にボールを抱えたままで、周囲が都合よく変えてくれるのを待っているような展開は、少し内気な人間側の自己都合に偏りすぎているように感じてしまった。
せっかく相手が投げてくれたボールを、一方的に拒絶していては広がる世界も広がらない。
映像の完成度が非常に高かっただけに、人間の本質的な関わり合いや、本当に一歩を踏み出す瞬間の覚悟が描かれていなかった点が非常に惜しい、というのが率直な感想である。
『広がる、せかい』と銘打ちながら、肝心の内面の成長描写がファンタジーに終始してしまったことは少しもったいないと感じる作品だ。
とはいえ、あえて厳しい現実に踏み込まないことで、最初の一歩を踏み出しやすくさせている事実も少なからずたしかにあるのだろう。
コミュニケーションが苦手な人にとって厳しい現実は、「鑑賞されない絵」に等しい。
鑑賞されない絵には意味がない
だからこそ、わざわざ甘口なコミュニケーション・ファンタジーに仕上げたのかもしれない。
そう考えると、案外(これはこれで)深い作品である。
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