短編アニメーション映画
まひるのおばけ
※本稿はネタバレを含みます。ご注意下さい。
幽霊なのに、夜が怖い?幻の落語が現代に化けて出た上質な6分間
短編アニメーション映画『まひるのおばけ』とは
落語の古典演目『茶漬幽霊』を原作に、舞台を現代へと置き換えて再構築したハートフルなファンタジー作品。
「第17回TOHOシネマズ学生映画祭」のショートアニメーション部門入選作品。
あらすじ
病気を患う幼い娘の「まひる」は、死に際に「もし新しい子が(お父さんたちに)できたらさ、おばけになって出てくるから覚悟しててね」と言い残し、息を引き取る。
娘を亡くした父親は、やがてまひるが遺した言葉の裏にある「本当の思い」を知ることになる…。
古典落語の凄みと完璧な伏線回収
わずか6分という短尺の中に、親子の情愛と命の尊さがぎゅっと凝縮された秀作。
本作の最大の魅力は、古典落語の『茶漬幽霊』を現代の舞台に見事に落とし込んでいる点にあるといえる。
何百年も前に作られた噺が、形を変えてもなお我々の胸を深く打つ。
時を超えても色褪せない古典落語の構造の凄さと、普遍的な素晴らしさを改めて思い知らされる。
特筆すべきは、原作に選ばれた落語の選定。
そしてタイトルとの見事な連動性である。
幽霊が化けて出る噺といえば、落語界では『三年目』が常識だ。
江戸でも上方でも、現代のほとんどの噺家は『三年目』という演目で演じている。
落語『三年目』
何人もの医者に見放され、回復の見込みのない妻を亭主が必死で看病していた。
死期を悟った妻が、たった一つだけ気になっていることがあると亭主を見あげ、
「もしもあたしが死ねば、あなたはいつかきっと可愛い後妻をもらうに違いない。その後妻を可愛がるかと思うと死ぬに死ねない」
と言う。
「そんなことはしない」
と言っても聞かない妻に、
「では後妻をもらった婚礼の晩に幽霊になって出てくればいい」
と亭主が言った。
幽霊が出たら普通の女ならきっと腰を抜かして逃げ出す。
「何度かそれが続けば、もう嫁の来手もいなくなるから、あたしは一生、独り者だ」
納得した妻は、八つの鐘を合図に幽霊になって出ると言い残して死んでしまった。
葬式を済ませ、初七日、四十九日。
男のほうにやってくる再婚の話は早いから、百カ日も経たないうちに親戚から後妻の話をすすめられた。
まさか先妻とこれこれの約束をしたから……などと、馬鹿なことは言えない。
初めは断っていた亭主もいつまでも断り続けるわけにもいかず、やがて婚礼。
三・三・九度も済ん、初夜の床についた。
「あの、あなた、お休みには…」
そう言われても亭主はなかなか床につけない。
不審顔の新妻に時間ばかり聞いているうちに、いよいよ八つの鐘がボーン。
亭主は
「いよいよ出るぞ」
と身構えた。
だが何も出ない。
キョロキョロしているうちに夜が明けた。
二日目も同じ。
三日、四日と経ち、二十日経ってもいっこうに出てこない。
こうなると亭主も馬鹿馬鹿しくなり、新妻と仲よく暮らしはじめ、やがて子も生まれた。
そして三年目。
先妻の法事を済ませた晩、真夜中にふと目が覚めた。
先妻のことを思いだし、少ししんみりしていると、八つの鐘がボーン。
生臭いような風が縁側からスーッと吹きこんで、障子に髪の毛がサラサラと当たるような音もする。
今夜はなんだか様子がおかしいぞと思ってヒョイと見ると、先妻の幽霊が黒髪を乱して枕元に座っていた。
初夜の夜ならともかく、三年も経ってからでは、ただ迷惑なだけ。
「約束が違う」
と、うらめしそうにせまる先妻の幽霊に、亭主も、
「子供まで出来てから出てくるのはどういうわけだ」
と開き直った。
「ご無理じゃありませんか。あたしが死んだとき、ご親戚であたしを坊さんにしたでしょう」
先妻の幽霊が言うのは、葬儀のときに死人の頭を剃る儀式のことだ。
「そりゃ、ひと剃刀ずつ当てておまえを坊さんにした」
「坊主頭で出て嫌われるといけませんので、三年の間、髪が伸びるのを待ってました」
※.落語『三年目』
元は古い江戸落語で、笑話本「遊子珍学問」(1803)をもとに作られ、明治・大正の頃は四代目橘家圓喬が得意とし、圓生に受け継がれた。
これを上方に移して『茶漬幽霊』。
滅多に聴ける噺ではないが、こちらは、
昼飯に茶漬けを食べているところへ妻の幽霊がでてきて、
「夜に出てこい」
と亭主が言うと、
「夜は怖いもん」
とサゲるのが特徴。
幽霊が怖いという固定観念を逆手に取ったこのサゲは、幽霊であっても人間的な性格や感情を持っていることを表現し、聴き手に意外性と笑いを同時に与える絶妙な結末である。
だが、本作では、あえて現代では滅多に聴けない希少な上方落語『茶漬幽霊』を原作に据えている。
その理由こそが、タイトル『まひるのおばけ』の完璧な伏線回収へと繋がっているのだ。
「幽霊なのに、夜は怖いから真昼間に出てくる」
この『茶漬幽霊』ならではのサゲが、ヒロイン「まひる」とのダブルミーニングになっているのである。
だからこそ、メジャーな『三年目』ではなく、あえてマニアックな『茶漬幽霊』を選んだのだろう。
ちなみに、大サゲは『茶漬幽霊』でも、その前にひとつ『三年目』のサゲも入れている。
このあたりの細かい仕掛けが、落語好きの心をくすぐる。
おまけにこの選択には、もうひとつ大きなメリットがある。
何百年も前の古典落語が持つ「昼間におばけが出る」という斬新なユーモアは、現代の舞台に落とし込んでも十分機能する強固なプロットである。
だが同時に、誰もが知る噺では、初見の新鮮さが失われる可能性がある。
落語とはそもそもそういうものであるが、馴染みのない人にとっては、すでに結末がわかっている物語に過ぎない。
そこで上方落語で、滅多に演じられない『茶漬幽霊』の登場だ。
マニアックな噺だから、落語好きでもなければ、いやさ、たとえ落語好きであろうと、知名度はうんと低くなる。
初見の新鮮さは失われない。
原典を知って後で調べてくれたのなら、これ幸い。
ダブルミーニングの見事さが一層際立つ、という粋な仕掛けだ。
さらに『茶漬幽霊』のサゲは、主人公・まひるのチャーミングな人柄をこれ以上ないほど象徴している。
切ない物語でありながら、本作視聴後に温かい余韻を残してくれるのはそのためだろう。
一方で、作品の大部分を引っ張る語り役である父親の声の演技について、ほんの少し辿々しさが残る点が個人的にはちょっぴり残念に感じられた。
しかし、それは声優ヲタク目線での話。
その不器用さがかえって「娘を亡くした等身大の父親」の、リアルな哀愁や素朴さに繋がっている一面も否定できない。
これはこれで、もしかしたら悪くないのかも?
落語を原典にアレンジできる想像力の高さからして、今後の伸び代は十分。
これからの進化が非常に楽しみな表現者である。
本作を観れば、多くの人がもしかしたら落語に興味を持ってもらえるかも?
そんな可能性すら感じさせる、短い時間で心を揺さぶる、秀作短編アニメーション。
興味がある人はぜひ。
NHK落語名人選100 64 五代目 三遊亭圓楽 「三年目」
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