落語『茶の湯』はわからないことをわからないと言わないプライドで周囲に胃薬を飲ませ続ける四十も過ぎた単なるガキ
落語『茶の湯』
さる大店の主人が息子に暖簾を譲って隠居する。
そこで根岸に隠居用の屋敷を建て、身の回りの世話にと定吉という小僧を伴って移り住んだ。
さて、これから余生を楽しもうと思ってはみたものも、なにせ若い頃から金を貯めること意外やったことがない。
いくらのどかで過ごしやすくても、隠居生活が退屈で仕方がない。
退屈しのぎに何かやってみるかということで、見よう見まねで茶の湯でもやってみようということに。
定吉は茶菓子が食べられると喜んだが、二人とも茶道には暗く、何をしていいかわからない。
「若旦那が茶会に出入りしていると聞きます。聞いてみたらどうでしょう?」
「いや、息子に聞くなんて沽券にかかわる。とにかく町で必要なものを揃えてきなさい。たしか一番初めに青い粉を入れたな」
と、頼まれた定吉。
茶の湯に使う青い粉ということで青黄粉(あおきなこ)※1を買ってきた。
「そうだこれだ。これを耳かきで茶碗に入れて湯で溶いてかき回す」
だが、いくらかき回してもちっとも泡立たない。
泡立てるならと今度は定吉、乾物屋で椋の皮(むくのかわ)※2を買ってきた。
おかげでちゃんとブクブク泡が立って、見た目だけはそれらしきものができた。
「定吉、おまえが客なんだからおまえから飲みなさい」
「あたしには作法がわかりませんので、ご主人様がお手本を見せてください」
「では、同時に飲むか」
とグイっとやるが、口の中がしびれて仕方がない。
口がしびれたところに羊羹を放り込んで口直し。
「これは風流」
と無理に納得するご隠居。
こうして風流三昧の毎日だったが、定吉はたまったもんじゃない。
自分だけ腹を壊してるのも癪だから、ご隠居の持つ長屋連中を呼んで茶会を開こうと提案する。
流儀が違うとご隠居は渋っていたが結局、大工の棟梁、豆腐屋、手習いの先生を呼ぶ事にした。
驚いたのは長屋の店子たち。
家主から手紙が来たので見てみると、茶の湯への招待。
恥をかくくらいなら転居しちまおうか、などど考える店子たちだったが、何かあってからでも遅くはないからとりあえず行ってみるか、ということで話はまとまった。
もちろん店子たちだって茶の湯などやったことはない。
作法がわからなくて不安そうにしていると、
「細かい作法なんて気にしなくていいからグイっと飲みなさい」
と、ご隠居さん。
前の人の真似をしながらなんとか飲み終えた。
三人はお茶のあまりの不味さにびっくりしたが、口直しに羊羹をほおばると、何とかその場を切り抜けることができた。
これに味を占めたご隠居。
すっかり茶の湯にはまってしまい、毎日のように店子たちに招待状を出すようになる。
が、客はみんな羊羹目当てでやってくる。
すると今度は茶菓子の羊羹代が馬鹿にならなくなってきた。
羊羹の勘定書きを見て驚いたご隠居、とうとう菓子も自分で作るようになってしまう。
ところがこれが不味いこと不味いこと…。
客が不味いお茶を飲んで口直しに饅頭を放り込むと、こちらも酷い味。
ある男が、あまりの不味さに、食べた振りをして饅頭を袂に隠すと、厠へ行き、屋敷の向こうへ放り投げた。
すると投げた先の百姓の顔に饅頭がベチャ。
「ああ、またご隠居さんのところで茶の湯か…」
※1.青黄粉(あおきなこ)
落語の中ではひどい扱いを受けているが、実際には和菓子(うぐいす餅やおはぎなど)によく使われる美味しい食材である。
一般的な黄粉(きなこ)が大豆を焙煎して作られるのに対し、青黄粉は青大豆(あおだいず)を原料としている。
特有の鮮やかな緑色と、大豆よりもあっさりとした上品な甘みが特徴。
※2.椋の皮(むくのかわ)
本来はムクロジ(無患子)という植物の果皮を指し、水に入れると天然の石鹸成分(サポニン)で泡立つ性質がある。
無駄なプライドが邪魔して、素直に知らないと言えないご隠居さん。
それでも落語の世界でなら、「風流だねえ」なんてカラリと笑ってやれます。
ですが、いざ現実にこのような人と出会しますとそれはそれは困ったものでして…。
最近、オフィスで見かける一部の人たちの仕事ぶりを眺めていますと、どうもこの『茶の湯』の「おままごと」が重なって見えて仕方がねえ。
段取りはいい加減。
責任を背負う覚悟はもちろんゼロ。
いざトラブルが起これば、すぐに誰かの背後に隠れてしまう。
いわゆるゆとり世代と呼ばれる人たちですな。
しかしご本人にはそういう自覚はまったくないようでして、むしろ上手く立ち回れていると思ってるってんだから始末が悪い。
もちろん、人をそんな名で一括りになんかしたくありません。
優秀な方もたくさんおります。
それでも、そう呼ばざるを得ない彼らの仕事のやり方を一言で表すなら、「マニュアル我流なぞり書き」。
『茶の湯』のご隠居然り、作法もろくに知らないくせに、一端の茶人を気取るようなものでございます。
仕事の本質や、なぜその作業が必要なのか、どうしてそうなったのかかっていう理由を、まあ自分の頭で考えようとはしません。
だから、マニュアルに書いてある表面の文字だけをなぞって、勝手な解釈で青黄粉の毒茶を作り出します。
誰だってそんなもん飲みたくはありませんよねえ。
だから「それは違う、お茶ってえのはそういうもんじゃない」と教えてはやるんですが、言うだけ無駄。
糠に釘、暖簾に腕押し、右から左で聞く耳なんて持ちゃしません。
言ってるこっちが馬鹿らしくなってくる。
おまけにプライドだけは一丁前ですから、もちろん「分かりません」と頭を下げることも「すみません」と謝ることもできやしない。
それどころか、せっかくいただいたありがたいアドバイスも、彼らには説教に聞こえているんでしょうねえ。
だから人の忠告も無視して、勝手に我流で進めていった仕事が結果大炎上。
揉めに揉めてる真っ最中だってぇのに、当の本人ときたら「私はマニュアル通りにやりました」「指示の出し方が悪いんです」と逆ギレして、ふてくされちまう。
その頑なさ、如何ともしがたい。
ご本人はわかっていないようですが、挨拶一つまともにできちゃいないくせに、自分の「繊細な心」だけは傷つけまいと必死な姿は、ご隠居の機嫌を損ねないよう、顔を歪めながら必死に茶をすする長屋の住人なんかより、よっぽど滑稽じゃあありませんか。
これがね、社会人になって間もない若手ってんなら可愛げもあります。
でもね、これが四十を超えたオジやオバだってんだから始末が悪いにも程がある。
少年の心を忘れないってんなら話もわかりますよ。
ですが、四十も超えて単なるガキってのは如何なもんなんでしょう。
まったく、ママがいないとなんにもできないんだから。
そんな調子ですから、いい加減こちらの胃薬も尽きてしまいます……。
これじゃあご隠居さんの不味いお茶を飲んでる方が、いくらかマシってもんです。
「どうも今日はそこら中に胃薬のゴミが落ちているようだが?」
「ああ、どうやらまたゆとり世代が何かやらかしたようですな…」
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