#213
心に沁みる名言
今日を精一杯生きるために…
明日ではなく今日。
今、この時を精一杯生きるあなたのために素敵な言葉を綴ろう。
大場嘉門(ラジオドラマ「NISSAN あ、安部礼司 ~ BEYOND THE AVERAGE ~」より)
ラジオドラマ『NISSAN あ、安部礼司 ~ BEYOND THE AVERAGE ~」第1024回「価値観の違いって、ありますか?』でのヒトコマ。
さてさて、重山つらみと、出向旺次郎!!
出向は、重山の父から呼び出しを!
いったい、どんな話なのか・・・。
そこで交わされる、「価値観の違い」。
みなさんは、ありますか?
価値観の違いに疎遠になった友人、恋人・・・。
重山、出向の運命はいかに!?
人生はあれだ
面倒くさいことの連続だ
でも
面倒くさいことには多くの場合
それなりに意味がある
そう思う
NISSAN あ、安部礼司 脚本集 SEASON1~第1話 : SEASON1-1.先輩、後輩の飯野平太っす! あ、安部礼司~Season1 (TOKYO FM 出版)
元ネタはおそらく、かの宮崎駿監督の「大事なことは、だいたい面倒くさい」という言葉だろう。
NHKのドキュメンタリー番組『終わらない人 宮崎駿』で、机に向かってアニメーションを描きながら「あー、面倒くさい」「面倒くさいなあ」と何度も口にしつつも、一切妥協せずに作業を続ける宮崎駿監督の姿とともに紹介された。
宮崎駿監督にとって、本当に心に響くもの、面白いものを作るためのプロセス、たとえば手描きへのこだわり、細部の描写、何度もやり直すことは、すべて手間がかかる「面倒なこと」である。
しかし、その面倒な過程を避けて通ると、魂の込められた良い作品はできない。
そんな信念が込められている。
効率化やスピードが重視される現代において、「手間をかけること(=面倒なこと)」は省くべき手間なのだろう。
たとえば、相手のとりとめのない話や感情に耳を傾けるのは「面倒くさい時間」である。
効率だけを考えれば、結論だけを聞いて指示を出す方が早い。
しかし、良好な関係を築くためには不可欠な作業である。
たとえば、誤解を避けるために言葉を尽くしたり、相手の立場に配慮した伝え方を考えたりすることは、非常にエネルギーを使う「面倒くさい作業」だ。
そこで「言わなくてもわかるだろう」と会話を省くのは簡単だ。
だが、 この手間を惜しまないことで、不要な衝突を避けられるかもしれない。
たとえば、毎日当たり前のように繰り返される挨拶や感謝の言葉は、時として形骸化し「面倒くさい」と感じることがある。
でも些細な日常の礼儀を継続することで、長期的に安定した人間関係を築くことができる。
とかく、人間関係は面倒くさいことの連続だ。
その究極が冠婚葬祭に代表される義理ごとの数々。
身内ならいざ知らず、他人にとっての冠婚葬祭は 「面倒くさいけれど、人付き合いとして欠かせない行事」といえる。
特に葬儀は、「面倒くさい」の連続だ。
たとえば、葬儀の準備。
親族への連絡、葬儀社との打ち合わせ、祭壇や供花の手配、会食(精進落とし)の段取りなど、極めて煩雑で「面倒くさい」。
加えて通夜、告別式、四十九日といった一連の法要は、時間も手間も掛かる。
参列者側にとっても葬儀は、忙しない日常に割って入る「面倒くさい」行事である。
仕事の調整をつけ、喪服を整え、香典を用意し、会場へ向かう。
これを「面倒くさい」と言わずして、何を「面倒くさい」と言うのか。
だが、だからこそ時間と手間を割いて行くことに意味がある。
その事実は、遺族にとって言葉以上の慰めになる。
この非効率な手間の共有こそが、故人の生きた証を認め、残された人々との絆を再確認する機会となるのだ。
また死という大きな喪失を、あえて効率の悪い儀式という形で行うことで回復への第一歩となるのである。
このように人間関係における「面倒くさい」は、「相手を敬うコスト」なのである。
人間関係は、ショートカット(効率化)すればするほど表面的な付き合いになり、手間をかけるほど替えのきかない深い関係へと育っていくのだ。
「面倒くさい」ことには、意味がある。
故に「面倒くさい」ことを疎かにする人間は信用に足らない。
そうは思わないか。
「面倒くさい」と言ってはいるが、特に葬儀は亡くなった人との最期の別れの機会である。
だから「面倒くさい」を行かない理由にしてはいけない。
多少は無理してでも、行けるなら行かなきゃダメ。
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