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完全趣味の世界

ioritorei’s blog

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【歴史の闇に葬られた真実】徳川の世に、独り豊臣を背負い続けた孤高の忠義者「加藤清正」。

 

歴史の闇に葬られた真実

 

 

加藤清正

 

 

 

 

 

 

 

歴史は勝者によってつくられる

 

 

我々がよく知る歴史の記述は、必ずしも客観的な事実の記録ではなく、勝者の視点や都合の良いように解釈・再構成されることが多い。

歴史は、過去の出来事を単に記録するだけでなく、その出来事をどのように解釈し、どのように伝えるかによって、人々の認識や価値観を形成する力を持つ。

そのため、勝者が自らの正当性や優位性を強調するために、歴史を都合よく書き換えることがあるのだ。

たとえば戦争や革命などの歴史的な出来事では、勝者が自らの行為を正当化し、敗者を悪として描くことで、自らの立場を強化しようとすることがある。

また、国家の成立や発展の過程でも、建国の英雄や偉人たちの物語を美化し、都合の悪い事実を隠蔽することがある。

このことから歴史の解釈や記述において、権力や支配者の影響がいかに大きいかがよくわかる。

だが歴史の解釈はひとつではない。

歴史を鵜呑みにしていいのか?

勝者の言い分は、本当に正しいのか?

教科書に書かれたことを疑うことで、初めてみえてくるものがある。

そのためには、敗者や弱者の視点から歴史を再考することが肝要だ。

歴史を多角的に捉え、様々な視点から検証することで、より客観的な歴史認識に近づくことができる。

 

 

 

勝者=善と単純に結びつけてしまう思考の危険性

 

 

特に中学・高校の日本史の教科書は政治史が中心で、必然的に勝者の歴史が描かれ、それが日本史の流れとして理解される。

勝った側が善とされ、敗者は悪とされることで、結果的に「正義は勝つ」と教え込まれる。

勝者が善で、敗者が悪という歴史観の極致が「征伐」という言葉である。

たとえば豊臣秀吉の天下一統の流れを追う時、無意識のうちに四国征伐、九州征伐、小田原征伐、さらに朝鮮征伐という言い方がされてきた。

これは敗者は悪とされ、悪人だったために、正義、すなわち勝者によって滅ぼされたという論理の組み立てで、勧善懲悪という考え方を深くすり込まれてきた。

そのせいで、現代日本人は多角的な考え方が苦手になってしまったように思えてならない。

勝者=善という決めつけは、思考の柔軟性を奪ってしまう。

敗者=悪という決めつけが、同調圧力を生み出す。

敗者にも成したことがあり、言い分だってあるのだ。

固定観念ほど怖いものはない。

歴史の闇に葬られた真実に目を向けることで、固定観念にとらわれない、柔軟な思考を手に入れる。

本稿がその一助になれば幸いだ。

 

 

 

愚直なまでの忠誠心

 

 

武将の人気は改めていうまでもなく、出世することでもなければ、身を処するに巧みだからというのでもない。

むしろ、愚直にして拙劣、しかしよく戦い、よく忠節を尽くし、そして悲壮な死を遂げるところにある。

一口にいって、感動を与えるものだが、なにも学者の評価を待つまでもなく、庶民がいち早く知っている。

たとえば、楠木正成は古来の人気者だが、"太平記読み" が中心だった昔の講釈場では、客足が落ちると、

「本日より、いよいよ正成登場」

と張紙する。

すると客が押し寄せたそうだ。

神出鬼没して戦い、忠死する正成の活躍場面を期待したのである。

加藤清正もたいそう人気のある武将である。

ひところ、江戸や上方の芝居小屋では、その日の演目にかかわりなく、幕間に突如、清正に扮した役者(蛇ノ目紋つき長烏帽子形兜、黒い長髯が特徴)が、大槍をもって舞台に登場する。

なにをするわけでもない。

「さしたる用もなけれども、まかりいでたる加藤清正」

と、みえを切って名乗り、引っ込んでいく。

ただそれだけで客席はどっと沸いたそうだ。

ちょっと滑稽だが、人気を思うべきである。

もっとも、清正は生前から人気があった。

それも江戸市民にもてはやされたというのが面白い。

清正は秀吉の子飼いの武将で、その武名は天下に鳴っている。

ことに、朝鮮出兵では "鬼上官" と怖れられ、蔚山で壮烈な籠城戦を戦い抜いた話を知らぬ者はない。

だいいち体躯雄偉、見事な長髯をもち、背丈は六尺四、五寸もあり、愛用馬は帝釈栗毛といい、六尺を越す巨馬だった。

清正は天下人徳川氏の膝元に、もっとも早く江戸邸(三宅坂)を造営(とりもなおさず徳川氏への奉公を表す)した一人だが、江戸市民は巨馬にまたがる威風堂々とした清正に、心打たれたに違いない。

そのころ、市中では、

"江戸のもがりは、さわりはすとも

よけて通しゃれ、帝釈栗毛"

と謳い、清正を畏怖、讃美した。

市民はしかし、雄偉な風姿のなかに、重苦しく、悲しげな色を見たことだろう。

他でもなく、喜んで徳川氏に屈従しているのでなく、大坂の旧主豊臣家を思い、遺孤秀頼を案じているであろう胸中である。

人間は勝手なもので、単なる武名や偉風では満足しない。

そこはかとなく漂う陰影が必要であり、清正はそれに相応しかった。

実際、やがて二条城での家康・秀頼の会見があり、奴のように股立ちとって脛をさらし、ずっと秀頼に離れず扈従した姿は人の共感を呼んだが、その直後に死ね。

たちまち、毒飼いされたという噂が立った。

真偽はさておき、その死をもって清正の人気は完結する。

まもなく、開運・除難の守護神、

〈清正公〉

として、あがめられるようになるのである。

清正の母と秀吉の母は従姉妹同士である。

幼い頃から秀吉のもとで育った。

世話をしたのはねねで、やはり縁辺の福島正則(当時市松)などとも一緒に暮した。

抜群の武功を重ね、1588(天正16)年、三十にならずして肥後南半国二十五万石の大名になる。

北半国(二十四万石)は、小西行長が入った。

小西は堺の商家の出身で、才気縦横、弁口達者で秀吉に買われ、立身した。

剛直、律儀な清正とまったく対照的である。

この配慮は、なかなか微妙だった。

秀吉はかねて大陸進出の企図があり、この "剛" と "才" の両者を、先陣に使おうと考えていたのだが、忍び寄っていた秀吉政権の矛盾を、はしなくも露呈することになった。

言い換えれば、武闘派対吏僚派、ないしねね派対淀君派の抗争、対立である。

当初は格別、不和というほどではなかった。

小西領内の天草に一揆が起こり、手こずったときには、清正が応援出動して鎮定してもいる。

が、国境を接しておれば、いつでもどこでも問題が起こる。

両者の間にしばしば境目争いが起こった。

そのたび小西は奉行衆にとり入ったが、清正はそんな真似はしない。

裁定はだから、いつも清正方に不利だった。

奉行衆の実力者はそして、石田三成に他ならない。

石田・小西の吏僚派ラインが、次第に清正の敵になるのも無理からぬことだった。

やがて朝鮮出兵が始まる。

なんとも無謀極まる行為だが、ここでその当否を論じても仕方がない。

考えるべきは、出兵にいたる経緯だろう。

知られる通り、秀吉は大まじめで明国征略を企図し、朝鮮をもって案内役にしようとしたところ、従わないので攻め込んだものである。

一半は交渉役である対馬の宗氏、ならびに途中から同役になった小西に責任がある。

彼らははじめから秀吉の真意を伝えなかった。

伝えて承諾するはずもないが、あたかも承諾しつつあるかのように秀吉に報告していた。

適当に時を稼いでいるうちに、秀吉の気も変わると思ったのだろうが、外交折衝上、もっともやってはならない誤魔化しをやった。

抜き差しならなくなって、朝鮮側に乞い、とにかく通信使を派遣してもらうことにした。

なにがなんだかわからない朝鮮側では、さしたる高官でない者を寄越した。

もたらした文書は、通常の和親状にすぎない。

それを小西らは臣服の使者だと称してあざむいたりした。

が、いつまでも糊塗出来ない。

朝鮮側は心変りしたということにするより他なく、ひっきょう出兵にいたる。

予定通り、小西が第一軍を、清正が第二軍を率いて先陣を受けもった。

その際、小西は清正を出し抜いて、どんどん進撃した。

小西としては、誤魔化してきた手前、功を挙げておく必要があったのだろうが、清正との協力どころか、連絡さえしない。

遅れをとった清正は怒り、それならこちらも勝手に進ませてもらう、と負けずに進撃した。

軍監として朝鮮に入った石田のいうことなど聞くはずもなかった。

そのうち和議の話(小西の方からもちかけた)が起ったが、清正はまるで聞かず、戦線を拡大していく。

軍律違反に加え、和議の妨害である。

讒言ととられかねない石田の報告で、秀吉は清正に蟄居を命ずる。

これは、いわゆる "地震加藤" の一幕で許されるが、小西・石田らとの対立は、決定的になるのである。

こうしてみると、主戦の清正に対し、誤魔化しながらも、小西・石田は和平を望み、苦心したように見える。

たぶんそうである。

そうかといって欺瞞が許されるものではない。

小西は朝鮮側に和議をもち出すとき、

「日本の諸大名は、秀吉にやむなく追随しているだけである。内心はみな厭戦気分にみちみちている」

といっている。

「日本軍は食糧が乏しい。人民を山奥に逃げ込ませ、食糧を隠し、徴発出来ないようにすればよい」

と教唆さえしている。

事実、在朝鮮軍はみな、食糧不足に苦しんだ。

これはもう、戦争がいいか、平和がいいかということとは別問題である。

対して清正は、ひたすら秀吉の命令通り、戦いを戦い、悪戦苦闘した。

この清正を愚直というなら、小西らはたぶん、裏切り、売国奴といわねばならないだろう。

秀吉の死で外征がやみ、清正も帰国した。

ときに石田は、迎えてこういった。

「御苦労でござった。いずれ茶の湯などして互いに慰労しようではござらぬか」

清正は大声で言い返した。

「我らは長年、異国にあって艱難し、米の一粒もなく、酒も茶もなし。冷え粥でも煮てもてなそう」

なんの足しにもならないが、悲痛な叫びだったに違いない。

清正(武闘派はみなそうだが)は、関ヶ原で徳川方についた。

積年の対立に加え、石田・小西らの許すべからざる性向を感得していたのである。

石田に対する今日の評価はまちまちだが、姦佞の素質があったと見るのは、けっして間違いではない。

いつのころであったか、家康の意を受けた本多正信が、清正に三つのことを正し、遠まわしに改めるよう述べたことがある。

それは、江戸参勤の途中、いまもって大坂へ寄って秀頼のご機嫌を伺うこと、昔通りに多数の軍兵を引き連れていること、さらに見事な長髯をたくわえているのが殺伐に見えること、の三条だった。

清正は、

「我太閤の恩義を蒙りし者、徳川家の厚恩は忘れぬが、さりとて昔の恩を忘れる者ではない。また、参勤の従者の多いのは、手前本国は遠地ゆえ、いざというとき、時を待たずに御用に立つためである」と答え、ついで自ら髯を撫でながらいった。

「手前もこの髯を剃り落したなら、さぞさっぱりと気味よかろうと存ずるが、若いころより、この髯面に頬当てをし、兜の緒を締めるときの心地よさがいまもって忘れられぬ」

聞いた家康は、もっともなり、と笑ったそうだ。

有名な話だが、真偽のほどはわからない。

が、あって不思議ではない。

必ずしも第一級武将とはいえないにせよ、清正という人物のもつ陰影、情感を表してあまりあるからである。

 

※.地震加藤

歌舞伎「増補桃山譚(ももやまものがたり)」の通称。

慶長伏見大地震の時(真夜中)、石田三成の讒言で秀吉の怒りを買い閉門中の加藤清正が第一番に豊臣秀吉のいる伏見城へ駆けつけ、動けない秀吉をおんぶして脱出させ、閉門を解かれるという話である。

だが、地震発生から2日後の日付でこの地震について領国に伝えた清正自身の書状には、秀吉一家の無事であったことと、自分は伏見の屋敷がまだ完成していなかったために被害を免れたと記されており、更に京都から胡麻を取り寄せる予定であったことも書き加えられている。

つまり、この地震の時に清正は伏見でも京都でもなく恐らく大坂の自分の屋敷に滞在していた(清正は大坂から伏見の秀吉を見舞ったことになり、時間を要することになる)とみられ、この逸話は史実ではないことが明らかといえる。

 

 

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居残り佐平次

 

落語『居残り佐平次』は政府の無計画な移民政策の成れの果て

 

 

 

 

 

 

 

落語『居残り佐平次』

 

 

とある長屋に住む遊び人の佐平次が、仲間に品川の遊郭に繰り出して派手にやろうと提案する。

 「おい、今夜品川へ行こうと思うんだが。たっぷり飲んで、騒いで一両の割り前でどうだ?お前たちの割り前は俺が預かるから、後の分は俺に任せろ」

その晩は芸者も総揚げし幇間も呼んでのどんちゃん騒ぎ。

そろそろお引けというときになって佐平次が、

「それじゃキメの一両ずつを」

仲間がいくら何でも一両じゃ安すぎる、ずいぶんな掛かりのはずというのを遮って、佐平次も二両だしてこれをひとりに預け、

「金はおふくろのとこへ持って行ってくれ。このところ、からだのあんべいが悪いんで。しばらく俺はここで養生するから」

と頼んで仲間を見送ると、自分は居残って朝からまた飲み始める。

品川は海が近く魚はうまいし酒もすすむ。

朝風呂に入り出るとまた酒を注文したり…。

と、そこで店の若い衆、

「一度お勘定を…」

と催促するが、

「夜になれば昨夜の連中がまたやってくる、また昨日の続きだってことで陽気に飲んで、帰りは俺も一緒。勘定はその時だ。商売人ならもう少し気をまわしてほしいもんだな」

と、うまいことはぐらかされてしまう。

その夜、佐平次は一人で飲み始めたが昨日の一行はやってこない。

「昨夜はお連れさんは見えませんでしたね」

「来なかったねえ」

店の者がおかしいと思い佐平次を取り囲むと、なんと一文無しだと開き直る。

腹は立つが、ないやつから金を取りようがない。

ただ、一文無しに座敷を占領されてちゃあ商売にならないということで、佐平次は布団部屋に軟禁されてしまう。

その晩、店は若い衆もてんてこ舞いの大忙し。

どう考えても人手が足りてないようで、勝五郎という常連客を待たせてしまっている。

遊女は来ないわ、刺身につける醤油はないわで、そろそろ我慢も限界。

というところで、ひょっこりと醤油を持って佐平次が現れる。

佐平次は勝五郎を上手くおだてて、酒やご祝儀までもらう始末。

後から部屋に来た遊女に

「この男は店の者ではなく居残りの男だ」

と明かされても、勝五郎は悪い感じはしない。

機転はきくし幇間のように酒の相手ができて話も達者。

いつの間にか馴染みの客が出来て、"居のどん、居のどん" と座敷に指名が入るようになる。

そうなると面白くないのは店で働く若い衆。

居残りに仕事を取られていると主人に掛けあった。

これには主人もいつまでも居残りを放っておくわけにいかなくなる。

「おい、居残りさん」

「へい、今度はどちらのお座敷で?」

「御座敷じゃない。主人があんたに話があるそうだ」

店の衆から苦情を受けている主人は、佐平次に、

「勘定は後でもいいから帰ってくれないか」

と頼み込む。

が、ここで佐平次はとんでもないことを白状する。

「実は私はお尋ね者でして…。ここから出るとあっという間にお縄を頂戴してしまいます。もうしばらく匿ってはもらえませんか?」

聞く前ならいざ知らず、そんなことを聞いてしまっては、いつまでもここに置いておくわけにはいかない。

お金はいいから早く出て行ってくれと頼むが、先立つものがないという。

結局、逃亡用の路銀だけでなく、着物、帯、紙入れなども佐平次にうまいことせしめられてしまう。

悠々と店を出て行く佐平次。

すぐに佐平次が捕まるのではないかと気になった主人は店の若い衆に後をつけさせるが、お尋ね者にしては、どうものんびりしていて様子がおかしい。

「おい、居残りさんよ。やけに上機嫌じゃねえか。逃げる気はあるのかい?」

不審に思って声を掛けてみると、

「おう、おめえも遊郭で飯を食っていくんなら俺のことは覚えときな。俺は居残りを生業にしている、人呼んで居残り佐平次ってんだ」

騙されたことに気が付いた若い衆。

急いで店に戻ると、主人に顛末を報告する。

「なんてやつだ。どこまで人のことをおこわにかけるんだ」

「それは旦那の頭がゴマ塩ですから…」

 

 


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※.おこわにかける

※.ゴマ塩

サゲの「おこわにかける」とは「一杯食わされた」「騙された」という意味。

主人の頭髪がゴマ塩頭(髪に白髪が混じっていた)のとかけたもの。

現代では解説がないとまったくわからないため、別のパターンもある。

路銀や着物をせしめて堂々と表から帰って行く佐平次の後姿を見て、

「旦那、どうして裏から返さないんです?」

「裏を返されたらたまらない」

裏を返す=遊郭でリピーターになるという意味で「あんな奴にもう一度来られたらたまらないよ」という意味になる。

ただ、裏を返すという用語も、落語ファンにはお馴染みかもしれないが、こちらもちょっと通じにくいかも。

 

 

一銭も持たずに品川の遊郭へ乗り込み、散々遊んだ挙句に「金はねぇ、居座ってやる」と開き直る男、 佐平次。

主人が「もう帰ってくれ」と泣きついても、なんだかんだと理由をつけて居座り続け、最後には主人が祝儀まで握らせて「お願いだから帰ってください」と頭を下げる。

落語の世界でなら、痛快なこの主客転倒の不条理。

だが、現代となると少し様子も違ってきまして…。

今の日本の移民・外国人労働者政策を眺めていると、どうもこの佐平次が重なって見えて仕方ない。

お上は「人手不足だ」と、主人さながらに安易な「お客人」を呼び寄せているが、その客とどう付き合うかの計画はまるでない。

看板には「移民政策はとらない」と建前を掲げながら、裏口からはなし崩し的に招き入れる。

まさに無計画などんちゃん騒ぎで。

最初は「働き手」としてやってきたはずの佐平次たちが、ひとたび居座れば、そこは彼らの生活の場。

やれ「文化が違う」「人権だ」と居直りの言葉が飛び交い始め、気づけば店のルールを守るどころか、自分のルールで店を使いこなし、元からの客(国民)が肩身の狭い思いをさせられる。

まさに、店を乗っ取られた旦那そのものじゃあないか。

世界に目をやると、案の定佐平次に店を荒らされ、絶望している主人があちらこちらに。

だのに、我が国の主人は実におめでたいようで。

「労働力」という酒さえ運んでくれれば、その後の勘定を誰が払うかなんて、考えようともしちゃいない。

最後は「俺はおこわ(騙すこと)にするのが商売だ」と笑って去っていく佐平次。

じゃあ、今の日本で「おこわ」を食わされているのはいったい誰なんでしょう?

呼び寄せた政治家か、使い捨てにする企業か。

いやいや、知らぬ間に自分の家を貸し出され、最後には佐平次を送り出すための祝儀まで払わされる、我々国民に他ならない。

お上も一度居直られた客の扱いには困っているようで、ただただ顔色を伺って金を差し出し続けるのみ。

ですが、一度「居残り」を許した店に、かつての平穏が戻ることはありゃしない。

いつまでも、あると思うな親と国……。

「日本はいつまで居残り外国人に甘い顔をし続けるんで?」

「それは首相の頭の中が蜜いっぱいのお花畑ですから…」

 

 

立川談慶「居残り佐平次」 立川談志に最も叱られた!立川談慶が、映画『幕末太陽傳』元ネタ、痛快な廓噺(くるわばなし)「居残り佐平次」を披露

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【心に沁みる名言『大場嘉門(ラジオドラマ「NISSAN あ、安部礼司 ~ BEYOND THE AVERAGE ~」より)』】今日を精一杯生きるために…。#233

 

#233

心に沁みる名言

 

 

 

 

 

 

 

 

今日を精一杯生きるために…

 

 

明日ではなく今日。

今、この時を精一杯生きるあなたのために素敵な言葉を綴ろう。

 

 

 

大場嘉門(ラジオドラマ「NISSAN あ、安部礼司 ~ BEYOND THE AVERAGE ~」より)

 

 

ラジオドラマ『NISSAN あ、安部礼司 ~ BEYOND THE AVERAGE ~』第1044回「最近、ちょっと嬉しかったこと何ですか?」でのヒトコマ。

安部礼司が勤務する会社、大日本ジェネラルを、退職し、自分の夢を追い求めているのが、ひたち野夏都!

彼女は、神保町の路地裏にある "喫茶ドミンゴ" で働きながら、自分のカフェカーで全国を回りたいという夢をもっているのです!

そんな夏都に、ついにその日がっ!

安部くんと同期の権藤部長の冷たい視線は気になるけれど、夏都は、新しい海に漕ぎ出すのです!!

 

 

人と違う道を行こうとすると

大抵の人はこう言う

 

「そっちの道は危ないよ、どんな獣が出るかわからない」

「やめといたほうがいいよ、自分たちと一緒に安全な道を歩こうよ」

 

でも私は思う

 

人生に安全な道はない

 

だから

歩きたい道を歩けばいい

 

 

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「そっちの道は危ない」

「こちらの方が安全だ」

耳に馴染んだその忠告は、多くの場合、あなたを想う親心ではなく、群れから離れようとする者を連れ戻そうとする同調圧力という名の引力である。

古来、この国では出る杭を打つことで秩序を保ってきた。

人と違う道を選ぼうとする者は、暗黙のうちに異端の烙印を押される。

周囲が差し出す「安全な道」という名の地図は、実は誰もが同じ景色しか見ることができない、自由を奪われた檻の設計図なのである。

しかし、本当にそれでいいのだろうか。

冷静に事実を直視せよ。

果たして、この世に「安全な道」など存在するのだろうか。

「安全な道」を歩いている時の平穏など、一時の幻想に過ぎない。

多数派と同じ道を歩もうと、獣は現れる。

嵐は来るし、足元は崩れる。

群れの中にいたとしても、老いや死という究極の孤独からは誰も逃げられない。

どこにいても危険は等しく存在するのである。

ならば、他人が定義した偽りの安全のために、己の魂を削る必要がどこにあるというのか。

どうせどこへ行っても危ないのなら、自分の足が向きたい方へ踏み出せばいい。

たとえそこで獣に遭い、泥にまみれたとしても、それは自ら選んだ道の結果であり、他人に強いられた受難ではない。

その無様な足跡こそが、出る杭としての矜持であり、あなたの剥き出しの生き様そのものなのだ。

打たれる杭であることを恐れるな。

たとえ打たれる杭であれ、打たれる場所は、自分で選べばいい。

安全な道などどこにもないのだから、せめて自分の心が納得できる荒野を歩こうではないか。

みんなで渡った赤信号、もし自分だけが轢かれたとしたら、あなたは誰の責任にしますか?

 

 

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今すぐ誰かに話したくなる知的雑学【知識の泉】「お世辞」も "7回" 言うと「真実」に変わる?心理学で解き明かす魔法のコミュニケーション術。

 

知識の泉

今すぐ誰かに話したくなる知的雑学

 

 

「お世辞」も "7回" 言うと「真実」に変わる?心理学で解き明かす魔法のコミュニケーション術

 

 

 

 

 

 

 

知識は力なり

 

 

かの有名なイギリスの哲学者、フランシス・ベーコンは言った。

「知識は力なり」と。

この言葉には、読んで字の如く「知識は自身の力になる」という意味とは別に、「経験によって得た知識を、いかにして実践的に使用することができるのか」という意味も込められている。

雑学も同様だと思う。

実際には、生きていく上で何の役にも立たないと思われている、どうでもいい情報群。

それが雑学という分野といえるだろう。

しかし雑学で得た知識を、どのように使うのかは人それぞれ。

普段の話のネタに困っている人。

トーク力を上げたい人。

飲み会やデートなどで知識を披露したい人。

知識を吸収したいけどあれこれ調べるのが面倒な人。

そして、物事の本質や奥深さを知りたい人。

純粋に「なるほど!」と思いたい人まで。

当たり前に感じていたことも、角度を変えた視野からみることで、別の面があることに初めて気付かされる。

その知識を他人にひけらかすだけでなく、その知識をもとに、固定観念から解放され、世の中の見え方を変えようではないか。

さすれば、「知識は力なり」の言葉の意味を実感できるはずである。

 

 

 

脳を書き換える "7回" の魔法の正体

 

 

「お世辞を言うのも、言われるのも苦手……」

歯の浮くような褒め言葉は嘘臭く、だからお世辞なんて嫌いだ。

そんな風に考えている人も多いだろう。

しかしお世辞も "7回" 繰り返すと、もはやお世辞ではなくなる…という説があることをご存知だろうか。

では、なぜ "7回" で魔法がかかるのか?

お世辞が真実味を帯びる背景には、2つの強力な理論がある。

1つ目はザイオンス効果(単純接触効果)という心理法則。

人は、同じ言葉や情報に繰り返し触れるほど、相手への警戒心が解け、好感度が高まる。

最初は「お世辞だろう」と疑っていても、何度も言われるうちに「この人は本当にそう思ってくれているのかも」と脳が上書きされていくのだ。

2つ目はセブンヒッツ理論。

これは広告業界で有名な、「消費者は7回同じ広告を見るとその商品を信頼し、購入したくなる」という理論。

これを人間関係に当てはめると、"7回" 褒められた瞬間に、言葉の壁を越えて相手の心にストンと落ちる「納得のライン」に達するといわれている。

では、お世辞を「本音」に変えるためにはどうすればいいのだろう。

3つのコツがある。

ただ同じ言葉を繰り返すだけでは「しつこい人」になってしまう。

"7回" 達成するためのスマートな戦術が必要になる。

まず、表現の「言い換え」をマスターする。

たとえば「仕事が早いですね」だけでなく、「いつも判断が的確ですね」「事務処理のスピードが神がかっています」など、角度を変えて伝える。

次に、第三者を経由させる(ウィンザー効果)。

たとえば「〇〇さんが、あなたの仕事ぶりを褒めていましたよ」と伝えると、信憑性は一気に跳ね上がる。

これも "7回" のうちの1回にカウントしよう。

最後に、驚きをセットにする。

たとえば「えっ、もう終わったんですか!?」と、リアクションを交えて伝えることで、言葉に感情の体温が宿る。

「お世辞も "7回" 言えば本物になる」というのは、言い換えれば「相手の良いところを "7回" も見つけようとした」というあなたの誠実さの証明でもある。

つまり、お世辞はあなたの「誠実さ」の積み重ねなのだ。

もしあなたが誰かと距離を縮めたいなら、まずは1回目の「お世辞」から始めてみませんか?

"7回" 目には、それはもうお世辞ではなく、二人の間にある「揺るぎない真実」になっているはずだ。

 

 

お世辞を言う機械はお好き? コンピューターから学ぶ対人関係の心理学

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人を「惹きつける」話し方

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【心に沁みる名言『大場嘉門(ラジオドラマ「NISSAN あ、安部礼司 ~ BEYOND THE AVERAGE ~」放送400回記念《安部魂》より)』】今日を精一杯生きるために…。#232

 

#232

心に沁みる名言

 

 

 

 

 

 

 

 

今日を精一杯生きるために…

 

 

明日ではなく今日。

今、この時を精一杯生きるあなたのために素敵な言葉を綴ろう。

 

 

 

大場嘉門(ラジオドラマ「NISSAN あ、安部礼司 ~ BEYOND THE AVERAGE ~」放送400回記念《安部魂》より)

 

 

2013年12月22日にオンエア番組400回突破を記念して横浜の日産グローバル本社ギャラリーで開催された《安部魂(あべコン)》

メインイベントとしてホールではチーム安部礼司が岩手県釜石市の臨時災害FM「かまいしさいがいエフエム」とタッグを組み「世界で一番長い生ラジオドラマ」のギネス世界記録に挑戦。

ギネスワールドレコーズの提示した厳しいルール、「曲のオンエアーは30秒以内」、「セリフのない間が30秒続いたらアウト」などをクリアしつつ、「8時間23分31秒」という記録でめでたく世界記録認定!

たくさんのリスナー(延べ2万8900人)が来場し終日大盛況のイベント。

 

 

思えば

私たちの人生は

こんな風にわけのわからない島に漂着するようなものだな

 

わけもわからずこの世に生まれ

 

若さとは何なのかもわからず若い時代を終え

 

老いるということがどういうことかも知らずに老いていく

 

あっちに行き

こっちに行き

 

翻弄され

 

流れ着く

 

 

NISSAN あ、安部礼司 脚本集 SEASON1~第1話 : SEASON1-1.先輩、後輩の飯野平太っす! あ、安部礼司~Season1 (TOKYO FM 出版)

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人生とは何か?

この問いに、答えが出せないままでいる。

思えば、この世に生まれ落ちるということは、全知全能という完璧な平穏からの堕落を意味するのではないだろうか。

我々はかつて、すべてを知り、すべてが満たされた場所にいた。

しかし、ある日突然、わけもわからず肉体という重い枷をはめられ、不確実な現実という海へ放り出される。

人生とは、その完璧な場所を追放された者たちが、理由もわからぬまま「生」という、次々と浮かんでは消え現れる島々へ漂着し続けるプロセスなのだ。

かつては万能であったはずの魂は、若さという一時の熱狂に振り回され、それが何かもわからぬうちに熱を失う。

若さという熱を失った魂は、今度は老いという未知の侵食に怯え、抗い、あちらこちらへ翻弄されながら、結局答えを見出せず流されていく。

「人はなぜ生きるのか?」

誰もが一度は考えたことのある、生涯解けないこの問い。

しかし、この問いに答えが出ないのは当然なのかもしれない。

ここは目的地ではなく、ただの漂着先なのだから。

我々は、自分が何者であったかも、どこへ向かっているのかも忘れたまま、ただ押し寄せる波に身を任せるしかない。

この「わけのわからなさ」こそが、全能を失った人間が背負うべき、唯一にして絶対の宿命なのだろう。

だが、もしこの人生が壮大な堕落の結果なのだとしたら…。

足掻き、踠き、惑い、翻弄されるその無様な姿こそが、かつての完璧な世界にはなかった人間という名の、あまりに儚く不器用で愛おしい輝きなのではないだろうか。

 

 

「あ、安部礼司」脚本集season2

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「あ、安部礼司~beyond the average~」脚本集SEASON 3

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〇〇の声優がこの人で本当によかった【萩原千速:CV.田中敦子から沢城みゆきへ(アニメ『名探偵コナン』より)】

 

〇〇の声優がこの人で本当によかった

 

 

萩原千速:CV.田中敦子から沢城みゆきへ(アニメ『名探偵コナン』より)

 

 

 

 

 

 

 

アニメ『名探偵コナン』とは

 

 

青山剛昌先生原作の推理漫画作品『名探偵コナン』は、少年サンデーで1994年より連載中。

また、1996年1月より日本テレビ系列にてテレビアニメが放映中である。

略称は「コナン」

全国各地で開催されているコナンカフェなどの特別イベントも大盛況であり、キャラクターグッズなどの関連商品も数多く販売される国民的人気作品となっている。

テレビアニメは最高23%以上の高視聴率を記録しており、超豪華キャストで現在も絶賛放映中。

劇場版も毎年のゴールデンウィークを中心に公開されており、興行収入や集客力でも圧倒的な人気を誇っている。

 

 

小学館ジュニア文庫 名探偵コナン ハイウェイの堕天使 劇場版 名探偵コナン

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萩原千速

 

 

神奈川県警交通部・第三交通機動隊小隊長。

階級は警部補。

萩原研二の姉で、松田陣平の初恋の人である。

白バイのコールサインは横浜690。

劇場版『ハイウェイの堕天使』ではメインキャラクターを務める。

ロングヘアーが特徴で、蘭からは初対面時に「風の女神」とまで評された美女。

髪の色こそ違うが、前髪やタレ目気味な目元は弟とよく似ている。

一人称は「私」だが女性語はまるで使わず、仕事では丁寧に敬語で話すこともあるが、基本は男性的でタメ口である。

ただし、話し相手を「君」と呼称するなど比較的品位ある物言いでもある。

同僚の横溝重悟から食事に誘われるなどモテるようだが、袖にしてからかっている。

ちなみに重悟は4つ年上かつ階級も上なのだが、名前を呼び捨てかつタメ口で接している。

性格は色気より食い気であり、「女性なら無料で高級料理食べ放題」の婚活パーティーがあると聞き、地元の神奈川からわざわざ自前のバイクを走らせ東京に行くほど(しかも同僚である重悟を見つけると、自分は飲酒し、酒を飲まない彼に帰りの運転を任せている)。

松田や高木のような「自分を顧みず他人を救おうとするバカ」については危うくは思うが好感を抱いており、そういった意味では重悟はお眼鏡にかなっている模様(なお、高木については既に相手がいるため除外)。

コナンのことは都内で発生した連続爆破事件のニュースを見て知っており、彼が自分の管轄で事件に巻き込まれた際には、弟の敵をとってくれたことへの借りを返すため、懲戒免職を覚悟で彼に協力している。

コナンの事は名前で呼ばず、「少年」と呼んでいる。

白バイに乗りながら公道でストッピーとウィリー、さらに被疑者の顔面に白バイの前輪をぶつけるなど、初登場にしてやり過ぎな技術を様々披露しており、間違いなく処罰ものなことでも平然とやる。

同僚に咎められても「後で処分は受けるつもりだ」と全く意に介していない。

とはいえ、30代前半で警部補に昇進しているため、優秀な人材であることは間違いない。

また、白バイ隊員ということもあり洞察力に長けており、靴の左足のつま先が汚れているというところから、直近までバイクに乗っていたバイク乗りであることを見抜いている。

しかし何でも出来るスーパーウーマンでは決してなく、弟の評によれば足は速くないし体術も並で射撃に至ってはからっきしらしい。

劇場版では黄身の潰れたベーコンエッグを乗せたトーストを作っていた。

あまり料理上手ではなさそうだが、コナン世界にはもっと壊滅的な人がいるので…。

 

 


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ヴァイスブラウ CNN/02E-001 萩原千速 (R レア) プレミアムパック TVアニメ 30th Anniversary

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萩原千速の声優を受け継いでくれたのが沢城みゆきさんで本当によかった

 

 

『名探偵コナン』の世界に颯爽と現れた「風の女神」こと、萩原千速。

千速の声を巡る物語は、ファンにとって忘れられない転換点を迎えた。

新キャストとして沢城みゆきさんの起用が発表され、改めて感じるのは、この継承に対する深い安堵と感謝である。

とはいえ、届かなかった "もしも" への未練を完全に断ち切れたわけではない。

正直に言えば、今でも願わずにはいられない。

できることなら最後まで田中敦子さんの凛とした響きで聴いていたかった、と。

それが多くのファンの偽らざる本音だろう。

アニメ初登場時に田中さんが吹き込んだ千速は、亡き弟・研二への想いを秘めつつ、白バイを駆る強さと大人の色香が見事に調和していた。

が、実はこのキャスティングはサプライズ。

驚くファンも少なくなかった。

萩原千速がアニメ第1098話・第1099話「風の女神・萩原千速」(2023年9月23日・9月30日放送の前後編)で満を持して声付きでの登場となった際、事前発表されている番組表には千速の声優のみ "記載なし" という完全シークレット扱いとなっていた。

そして前編オンエア時のエンディングではじめて発表されたという経緯がある。

田中敦子さんは既にメアリー・世良の声を担当していたこともあり、事前の声優予想に名前がほとんど挙がっていなかったことがファンの間で驚きを呼んだ。

ちなみに、メアリーの夫の赤井務武を担当する山寺宏一氏、そして横溝兄弟を担当する大塚明夫氏とは、田中敦子さんの代表作『攻殻機動隊SAC』で共演している。

思わぬところで復活した公安9課。

このキャスティングは、公安9課の絆を知るファンにとって奇跡のような再会でもあった。

少佐…もとい、田中さんの声こそが千速の魂であり、その唯一無二の存在感を知っているからこそ、別れはあまりに惜しく、そして切ないものだった。

しかし、運命は非情にも後任を選ばざるを得ない状況を突きつける。

千速というキャラクターを物語の中で生かし続けるために、制作陣は極めて難しい選択を迫られたはずだ。

声優を交代するということは、単に他の誰かが代わりに声を当てるだけでは済まない。

先代がファンと共に築き上げてきた思い出という名の聖域に足を踏み入れ、批判を恐れず、それでもキャラクターの未来を守るため、新たに歩き始めることなのである。

どんなに優れた役者であっても、前任者を愛するファンの心の欠落を埋めることはできない。

その「代わりなどいない」という拒絶の視線すらも一身に受け止め、それでもなおキャラクターに命を吹き込み続けなければならない。

その困難な状況下、絶望の中の最適解が示される。

後任として、沢城みゆきさんの名前が挙がったのだ。

田中敦子さんへの喪失感の中で、このキャスティングは希望であり救いのようでもあった。

そして沢城みゆきさんの声を当てられた千速を見た瞬間、それは確信に変わる。

田中敦子さんが築き上げた「気高く、美しく、それでいて情熱的な大人の女性像」を継承できるのは沢城みゆきさんしかいない、と。

そう確信できたのには確固たる理由がある。

沢城さんはかつて、あの『ルパン三世』の峰不二子という、あまりに巨大な名跡を増山江威子さんから引き継いだ人だからだ。

峰不二子というキャラクターの魂を守りながら、自らの声で新たな伝説を築き上げた沢城さんの凄まじい業績を、我々は既に知っている。

あの峰不二子を継承できるほどの沢城さんである。

いつの日か、草薙素子の後任としても立ち、再び公安9課が揃う未来さえ夢見てしまうほどに、その信頼は揺るぎない。

この声優交代劇は、単に似た声を探すという作業を超えた、魂のレベルでのバトンタッチ。

田中敦子さんから沢城みゆきさんへの、覚悟の継承である。

沢城さんの演じる千速には、田中さんが大切にしていた「風の女神」としての矜持がしっかりと息づいている。

それは、前任者への最大限のリスペクトを持ちつつ、新しい命を吹き込むというプロフェッショナルの覚悟。

田中敦子さんの千速を愛していたファンであればあるほど、沢城みゆきさんがその重圧を引き受け、千速を再び疾走させてくれたことに、言葉では言い尽くせない感謝を抱くのではないだろうか。

誰にも正解が出せないからこそ、引き受けた役者の覚悟は尊い。

「本当なら、千速の声は田中敦子さんであって欲しかった」

その想いを大切に抱えたまま、それでも胸を張って「萩原千速の声優が沢城みゆきさんで本当によかった」と言える。

今の千速からは、二人の名優が紡いだ、強くて優しい風の匂いを感じる。

この最高のキャスティングが、萩原千速というキャラクターをこれからも永遠に輝かせ続けてくれることだろう。

改めて、萩原千速の声優を受け継いでくれたのが沢城みゆきさんで本当によかった。

心からそう思う。

田中敦子さんが遺した「風」を、沢城みゆきさんがその身に受けて再び走り出す。

 

 


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小学館ジュニア文庫 名探偵コナン 萩原千速セレクション 疾風の女神 劇場版 名探偵コナン

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【オリジナル長編アニメーション映画『ふれる。』】「わかっているはず」という呪縛からの脱却――『あの花』『ここさけ』『空青』という "心揺さぶる" 青春三部作を描いた超平和バスターズの成熟。

 

オリジナル長編アニメーション映画

ふれる。

※本稿はネタバレを含みます。ご注意下さい。

 

 

「わかっているはず」という呪縛からの脱却――『あの花』『ここさけ』『空青』という "心揺さぶる" 青春三部作を描いた超平和バスターズの成熟

 

 

 

 

 

 

 

オリジナル長編アニメーション映画『ふれる。』とは

 

 

"心揺さぶる" 青春三部作『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』『心が叫びたがってるんだ。』『空の青さを知る人よ』で、200万人を感動の涙で包み込んだ長井龍雪氏(監督) × 岡田麿里さん(脚本) × 田中将賀氏(キャラクターデザイン・総作画監督)の三人が新たに挑むのは、不思議な生き物「ふれる」と暮らす青年三人の友情物語。

物語の主人公、幼馴染の20歳の青年三人を演じるのは、King & Princeの永瀬廉氏、若手実力派俳優の坂東龍汰氏と前田拳太郎氏。

それぞれのキャラクターをまるで小さい頃からの親友のように演じ切る。

本作の主題歌を担当するのは、YOASOBI。

「モノトーン」は、「ふれる」の力で互いの心の声が聴こえる青年三人の友情と痛みを優しく包み込む-。

新たな出会いが大きな感動を呼ぶオリジナル長編アニメーション映画、誕生。

 

 

ふれる。

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ふれる。(完全生産限定版) [Blu-ray]

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あらすじ

 

 

同じ島で育った幼馴染、秋と諒と優太。

東京・高田馬場で共同生活を始めた三人は、20歳になった現在でも親友同士。

それは島から連れてきた不思議な生き物「ふれる」が持つテレパシーにも似た力で、趣味も性格も違う彼らを結び付けていたからだ。

お互いの身体に触れ合えば、心の声が聴こえてくる-それは誰にも知られていない三人だけの秘密。

しかし、ある事件がきっかけとなり、秋、諒、優太は、「ふれる」の力を通じて伝えたはずの
心の声が聴こえないことに気づく。

「ふれる」に隠されたもう一つの力が徐々に明らかになるにつれ、三人の友情は大きく揺れ動いていく-。

 

 


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登場人物

 

 

小野田 秋

声 - 永瀬 廉

 

BARでアルバイトをしている。

身長が高く美形だが、口下手のため周りからとっつきにくいと思われがち。

ふれるがきっかけで仲良くなった幼馴染の諒と優太と上京し、共同生活を送っている。

 

 

祖父江 諒

声 - 坂東龍汰

 

不動産会社勤務。

学生時代から運動神経抜群で、社交性も高いため友人も多い。

秋と優太の兄貴分的存在。

 

 

井ノ原 優太

声 - 前田拳太郎

 

服飾専門学校の学生。

学生時代にファッションに興味を持ち、デザイナー志望。

人と比べてしまい、たまに卑屈気味なところも。

 

 

鴨沢 樹里

声 - 白石晴香

 

芯が強く、頼りがいのある姉御肌ではっきり物事を言うタイプ。

奈南とは学生時代からの友達で幼馴染。

優しい性格の奈南を守るボディーガード的な存在でもある。

 

 

浅川 奈南

声 - 石見舞菜香

 

優太と同じ服飾専門学校に通っていた。

人当たりが良く、見た目は幼い印象だが精神年齢は高め。

人を気遣いすぎて流されてしまい、トラブルに巻き込まれることも。

 

 

脇田

声 - 皆川猿時


秋・諒・優太の学生時代の学童の恩師。

おおらかな性格だが、児童のことをよく見ている。

お酒が好き。

大学時代の卒業論文で、"ふれる" の伝承について調べたことがあり詳しい。

 

 

島田 公平

声 - 津田健次郎


服飾専門学校の先生で、優太のクラスの副担任。

クラスの授業にはあまり関心がある様子ではなかったが、ある事をきっかけに優太を気にかけるようになる。

 

 

 

主題歌

 

 

  • YOASOBI「モノトーン」

 

"人と人との関係性" と、自分自身が生きていく上で感じている孤独や誰かを想う気持ちと向き合いながら制作されたという 「モノトーン」。

世の中は日々発展していって、様々なツールでコミュニケーションが取りやすい環境だからこそ、それ故に感じる孤独と上手く向き合うことが大切と感じる想いが込められている。

 

 


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「わかっているはず」という甘えを捨て、血の通った言葉をもう一度

 

 

「言わなくても、伝わっている」

それは人間関係における一つの理想の形に見える。

しかし本作は、その心地よい一体感の裏に潜む危うさを容赦なく暴き出す。

物語の軸となるのは、不思議な生き物「ふれる」を介して互いの心の声が流れ込んでくる青年たちの共同生活だ。

彼らは言葉を尽くさずとも、触れるだけで感情を共有できる。

しかし、それは裏を返せば「言葉で伝える努力」の放棄でもあった。

相手を傷つけるかもしれない言葉を飲み込み、都合のいい調和に依存する。

この「言葉のいらない関係」の功罪こそが、本作の最も鋭い切り口といえる。

振り返れば長井龍雪氏・岡田麿里さん・田中将賀氏の3人、通称「超平和バスターズ」が描いてきた物語は、どれも常にその心の内をどう叫ぶかというテーマと格闘してきた。

『あの花』では、止まっていた時間を動かすために隠していた本音を爆発させた。

『ここさけ』では、言葉を封じられた少女が歌によって感情を解き放った。

そして『空青』では、過去と向き合うことで未来への言葉を見出した。

これまでの秩父三部作が「言葉にできない想いをいかに届けるか」という、少年少女のひたむきな表出の物語だったのに対し、本作はその一歩先を行っている。

主人公たちが成人した20代であることも象徴的だ。

社会に出れば、本音を言うことだけが正解ではない。

しかし、大人としての折り合いを覚え、阿吽の呼吸で繋がっているつもりになっていた彼らは、実は「ふれる」という力に甘え、本当の意味で相手を見つめることを忘れていた。

本作が描いたのは、「わかってくれるはず」という甘えを捨て、傷つくことを覚悟で言葉をぶつけ合うという、泥臭くも真摯な対話への回帰だ。

奇跡のようなテレパシーを失って、初めて彼らは自分自身の声と言葉で話し始める。

それは、「叫びたい」と願っていたあの頃の純粋さから、他者と生きるために「伝え続けなければならない」という大人の責任への、クリエイター陣の視点の確かな進化を感じさせるものだった。

人は言葉を持つ。

だからこそ、人は他人の言葉に一喜一憂する。

「言わなくても、伝わっている」や「言わなくてもわかるだろう」はエゴであり、甘えでしかないのだーーー。

…というのが、本作のテーマなのだろう。

だが、過去の青春三部作『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』『心が叫びたがってるんだ。』『空の青さを知る人よ』ほど、心が揺さぶられることはなかった。

物語のクライマックスで「ふれる」の涙をみるまでは…。

あの涙が意味したものはなんだったのだろう。

いつもさりげなく他人を支え、しかし誰にも気づかれないまま、いつしか誰からも忘れられていく。

そんなどうしようもない孤独感を、直感で感じたこのシーン。

ああ、そうか。

あれは世間体で取り繕われた形だけの言葉たちの涙だったのか。

心の通わない言葉は、吐き捨てられていく。

心の通わない言葉では、魂は揺さぶられない。

最近、そういう言葉ばかりをよく耳にする。

他人との関わりを、極力避けたような言葉を。

心を揺さぶるような熱い言葉は、「ふれる」のように、今に皆の心から忘れ去られてしまうのだろうか。

それでも信じたい。

世の中まだ捨てたものじゃない、と。

そう信じたい。

 

 

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