日本映画
雪の花 ―ともに在りて―
※本稿はネタバレを含みます。ご注意下さい。
志に生きた先人たちの美しさ――「今だけ、自分だけ」の現代に突き刺さる無私無欲の精神
日本映画『雪の花 ―ともに在りて―』とは
魂が震える感動の実話。
日本を代表する豪華キャスト×世界に誇る〈新たな時代劇の傑作〉が誕生!
巨匠・黒澤明氏の助監督を務め、自身の監督デビュー作『雨あがる』以来、一貫して人間の美しい在り方を描いてきた小泉堯史監督が、日本映画界のレジェンドと言っても過言ではない熟練スタッフ陣とともに、丹精込めて作り上げた本作。
実在した町医者である主人公・笠原良策役には、映画俳優として数々の賞を受賞し、世代のトップランナーである松坂桃李氏。
使命感に溢れる人物をひたむきに、力強く演じ切り、作品を牽引する。
そして良策の妻・千穂役に 芳根京子さん。
周りを明るく照らす太陽のような、だが意外な一面も持つ人物をチャーミングに演じる。
良策を導く蘭方医・日野鼎哉役に、名実ともに日本を代表する世界的俳優・役所広司氏。
美しい日本の四季、自然豊かな風景、そして魅力的な登場人物たちの存在感が、世代を超えていまを生きる勇気と希望を与えてくれる感動のエンターテイメント作品が全世界に向けて誕生。
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原作:吉村昭『雪の花』(新潮文庫刊)
吉村昭先生による歴史小説『雪の花』(新潮文庫)は、江戸時代末期に猛威を振るった天然痘の撲滅(種痘の普及)に生涯を賭けた福井藩の町医者・笠原良策の奮闘を描いた実話小説。
あらすじ
多くの命を奪う疫病に立ち向かい、絶対に諦めなかった男。
その真実には、人々の出会いと夫婦の絆があったーーー
江戸時代末期。
死に至る病として恐れられていた疱瘡(天然痘)が猛威を振るい、多くの人命を奪っていた。
福井藩の町医者で漢方医の笠原良策(松坂桃李)は、患者を救いたくとも何もすることができない自分に無力感を抱いていた。
自らを責め、落ち込む良策を、妻の千穂(芳根京子)は明るく励まし続ける。
どうにかして人々を救う方法を見つけようとする良策は、京都の蘭方医・日野鼎哉(役所広司)の教えを請うことに。
鼎哉の塾で疱瘡の治療法を探し求めていたある日、異国では種痘(予防接種)という方法があると知るが、そのためには「種痘の苗」を海外から取り寄せる必要があり、幕府の許可も必要。
実現は極めて困難だが、絶対に諦めない良策の志はやがて、藩、そして幕府をも巻き込んでいく─。
登場人物
- 笠原良策:演 - 松坂桃李
- 千穂:演 - 芳根京子
- 半井元冲:演 - 三浦貴大
- 与平:演 - 宇野祥平
- 桐山元中:演 - 沖原一生
- 日野桂州:演 - 坂東龍汰
- はつ:演 - 三木理紗子
- お愛:演 - 新井美羽
- 家老 狛帯刀:演 - 矢島健一
- 質屋の主人:演 - 渡辺哲
- 中根雪江:演 - 益岡徹
- 旅籠の主人:演 - 山本學
- 大武了玄:演 - 吉岡秀隆
- 日野鼎哉:演 - 役所広司
名を求めず、利を求めず
現代を生きる我々は、タイムパフォーマンス(タイパ)や自己実現、承認欲求といった個の利益を求めがちな世界にいる。
だからこそ、本作で描かれる徹底的なまでの無私無欲の精神は、我々の胸に深く、静かに突き刺さる。
物語の舞台は、未知の疫病「疱瘡(天然痘)」が猛威を振るう江戸時代末期。
当時の「疱瘡(天然痘)」は不治の病。
感染すれば隔離する他、手立てはなかった。
松坂桃李氏演じる福井の町医者・笠原良策は「疱瘡(天然痘)」に感染し目の前で命を落としていく患者を前に、己の無力さに打ちひしがれていた。
ちなみに笠原良策は実在した人物。
福井藩の町医であり、後に領内だけでなく北陸の近隣諸藩(府中・鯖江・大野・敦賀・大聖寺・金沢・富山)にまで種痘を広め、多くの命を救った偉人である。
そんな良策が出会ったのが、異国の予防法である「種痘(ワクチン)」だった。
良策の凄みは、その動機に「自分が認められたい」「歴史に名を残したい」という私欲が一切ない点にある。
当時は異国の技術や文化に、激しい偏見や凄まじいデマが飛び交う時代。
良策は周囲から狂人扱いされ、医師としての地位や私財のすべてを失っていく。
それでも良策が歩みを止めなかったのは、「ただ目の前の命を救いたい」という一点のみに突き動かされていたからだ。
そして、良策のこの無私の精神は、良策の命を賭した熱意と共に伝播していく。
それを象徴するのが、良策と共に命懸けで種痘の苗を運んだ徳次郎の姿である。
最初は渋々引き受けた感のあった徳次郎。
決めては生活保障、つまりは謝礼だった。
徳次郎が謝礼に目が眩んだ描写はない。
ただ、断る理由がなくなったというところだろう。
しかしそんな安請け合いが、厳冬の峠越えを前に徳次郎の心を折る。
謝礼はいらない、だからもうやめようーーー。
それでも良策の必死の説得で、決死の峠越えへ。
文字通り、命懸けの峠越えになったがなんとか無事故郷・福井へ辿り着く。
命を救うバトンを繋ぐという大仕事を成し遂げ、良策の熱意と覚悟を直近で感じた徳次郎の心はすでに変わっていた。
徳次郎は差し出された謝礼を「これは銭をもらってする仕事じゃありません」と静かに突き返す。
命の危機さえ伴う過酷な旅の対価を、名誉のためでも、金のためでもなく、「未来の命のため」という志だけで拒む。
こんな割りに合わないことは、綺麗事だけでは絶対にできないことである。
この数秒のシーンに、人間の持つ崇高な志と純粋な美しさが凝縮されており、涙を禁じ得ない。
さらに、夫の志を信じて笑顔で家財を売り払う妻・千穂(芳根京子)の無償の愛や、良策に未来を託す京都の蘭方医・日野鼎哉(役所広司)の大局的な先見の明。
良策を取り巻く人々もまた、それぞれの場所で自分の利益ではなく「次の時代のために」という共通の無私なる志で繋がっていく。
この重厚な人間ドラマを、小泉堯史監督は過度な演出や派手なエンタメに頼ることなく、福井の険しくも美しい日本の四季とともに淡々と、そして誠実に描き出す。
この押し付けがましくない演出自体もまた、作品そのものが持つ無私無欲な佇まいを感じさせる。
我々が今、当たり前のように医療の恩恵を受け、不自由なく暮らせている日常。
それはかつて、自らの名利をすべて捨てて、雪深い峠を越え、未来にバトンを繋ごうとした名もなき先人たちの無私の献身の上に成り立っているのだと気づかされる。
効率や自己主張ばかりが求められる現代社会で、心が疲れた人にこそ観てほしい。
利他を生きる人間の強さと美しさが、静かな感動とともに心を満たしてくれる珠玉の作品である。
興味がある人はぜひ。
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