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ioritorei’s blog

完全趣味のブログ

おめでとう、シン・エヴァンゲリオン

 

 

 

「シン・エヴァンゲリオン劇場版」が興行収入100億円を突破したらしい。

 

少し出遅れましたが、おめでとうございます。

 

ロボットアニメでは初の偉業なのだそう。

 

…あれ?

 

エヴァってロボットアニメで良かったの?ww

 

それはさておき、先日はアスカ役の宮村優子さんがTV出演していたし自分の中で勝手にエヴァ気分が盛り上がっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

いつ見てもテンション上がりますな。

 

しかしエヴァンゲリオンといったら、どうしてもまずTV版「新世紀エヴァンゲリオン」を思い出してしまう。

 

もちろん劇場版の否定ではないし、庵野秀明監督をリスペクトしている前提で読んで欲しい。

 

劇場版の人気は昔と何ら変わりないが、昔の熱狂とは少し違う印象を受けた。

 

あの頃のTV版の盛り上がりを思い返すと、どうしてもみんな大人になったんだなぁ〜と感じざるを得ない。

 

劇場版鬼滅の勢いが凄まじ過ぎてシン・エヴァの公開日発表が霞んだように見えたのがそれを象徴している。

 

もちろん待望ではあったけど。

 

TV版は熱狂と呼んでいいほどの人気だった。

 

エヴァンゲリオンはなぜあれほどの人気を獲得したのだろう?

 

何があそこまで我々を熱狂させたのか?

 

ずいぶん昔のことになるが、エヴァの成功の理由を個人的に考えたことがある。

(※1.作品が優秀である点は除外する。)

(※2.完全に個人の意見です。)

 

あれほど多くの人を熱狂の渦に巻き込んだ最大の要因は "入り口の広さ" だったのではないだろうか。

 

第1話の、よくわからない単語を並べ立て主人公と同じ心境・状況へと視聴者を落とし込む手法は、ガンダムの第1話で用いられた手法と類似していた。

 

残念ながらガンダムではこの手法が一部のマニアにしかウケなかったから苦戦した。

 

だがガンダム挫折の免疫のおかげなのか、エヴァでは理解不能であってもとっつき難さは感じなかった。

 

むしろ、こちらの理解する時間などお構いなしでガンガン情報をぶち込んでくる庵野式の目新しさに感動すら覚えた。

 

加えて、少年少女×戦闘×ロボット(?)という鉄板の設定。

 

スピード感たっぷりの迫力ある戦闘シーンや、現実とリンクする世界観。

 

魅力的な登場人物たち。

 

序盤〜中盤までのストーリーはシリアスとコミカルがほどよく混在し娯楽性も抜群。

 

まだアニメがアンダーグラウンドな文化扱いされているような時代に、万人受けしそうな要素をありったけぶち込んだ。

 

だからといって視聴者におもねった印象はない。

 

意味がわからなくても面白い。

 

気楽に観れて、本気でも観れる作品だった。

 

TV版エヴァの印象は最初そんな感じだった。

 

ただしそれは序盤から中盤までの話。

 

説明したように入り口は誰でも入りやすいよう大きく開かれたのだが、それ故にエヴァは最終的に『風呂敷を広げすぎた作品』と表現されるようになる。

 

理由は、広い入り口に対して出口が異常に狭かったからだ。

 

呑気に眺めていたアニメが、ある日突然哲学の授業に変わった。

 

引かれまくった伏線の上にさらに伏線を引いてゆく。

 

謎を10個ばら撒いたとしたら1〜2個回収し、すぐまた10個ばら撒く。

 

結果、多くの視聴者が迷子になった。

 

そもそも正しい出口を抜けられた猛者が居たのかどうかすら疑問だが……

 

これも庵野監督の思惑通りだったのだろうか?

 

はたまた偶然の産物か。

 

おかげで物語の結末をどう説明してよいのか正直よくわからない。

 

皆があれやこれやと考察してみるがどれも推測の域を出ない。

 

制作陣ですらよくわかっていなかったのではないか?

(※「さようなら全てのエヴァンゲリオン庵野秀明の1214日〜」より)

 

ただひとり、庵野秀明を除いて。

 

結局、答えは庵野監督の頭の中にしかなかったと思う。

 

 

 

某国営放送の番組に "プロフェッショナル 仕事の流儀" というのがあるのだが、今回の「シン・エヴァンゲリオン劇場版」が公開されるにあたってその枠で「さようなら全てのエヴァンゲリオン庵野秀明の1214日〜」というのが放送された。

 

拝見したが思うところがたくさんあった。

 

それはまた別の記事で書こうと思うが、今回はその番組の感想をひとつだけ。

 

もしあの当時の庵野監督が劇場版エヴァンゲリオンを描いていたら、もっととんでもない作品が出来たんじゃないだろうか。

 

もっともっと理解不能で、もっともっととんでもない作品が…

 

それが出来なかったことが残念のような、結果的にはこれで良かったような…

 

ようやく完成・完結させた世界中が注目の自身の大作を、一切観ようとしない庵野監督の姿は私には少し寂しげに見えた。

 

今回この記事を書くにあたり、あの庵野秀明エヴァを完結させた(完結できた…かな?)理由を推察してみた。

 

なんのことはない、庵野監督自身が14才からほんの少し大人になったからに他ならないのかもしれない。

 

ファンのひとりとしてそう感じている。

 

 

 

おめでとう、エヴァンゲリオン

 

ありがとう、エヴァンゲリオン

 

そして…

 

さようなら、全てのエヴァンゲリオン

 

 

 

【※今回書いたことはあくまで個人的に長年思っていたことであり、エビデンス等は一切ございません。

しかしエヴァを心から愛するファンの方には不快な思いをさせたかもしれません。

そのような方がいらっしゃったなら心よりお詫びします。

しかし誤解しないでいただきたい。

エヴァンゲリオンは私にとっても本当に大好きで大切な作品です。】

 

 

 

 

 

 

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