新海誠監督作品
君の名は。
『君の名は。』とは
『君の名は。』(英題 : Your Name.)は、新海誠氏が監督・脚本を務めた2016年の日アニメーション映画。
作画監督は安藤雅司氏、キャラクターデザインは田中将賀氏が務めた。
前作『言の葉の庭』から3年ぶりとなる、新海誠監督の6作目の劇場用アニメーション映画。
東京に暮らす少年・瀧と飛騨地方の山深い田舎町で暮らす少女・三葉の身に起きた「入れ替わり」という謎の現象と、1200年ぶりに地球に接近するという「ティアマト彗星」をめぐる出来事を描く。
『星を追う子ども』以来2作目の製作委員会方式を取り、前作『言の葉の庭』が東宝映像事業部配給、全国23館だったのに対し、本作では東宝が配給を担当し全国約300館という大規模な興行となった。
あらすじ
東京の四ツ谷に暮らす男子高校生・立花 瀧は、ある朝、目を覚ますと飛騨地方の山深い田舎町である糸守町に住む女子高生で宮水神社の巫女を務める宮水三葉になっており、逆に三葉は瀧になっていた。
2人とも「奇妙な夢」だと思いながら、知らない誰かの一日を過ごす。
翌朝、無事に元の身体に戻った2人は入れ替わったことをほとんど忘れていたが、その後も週に2、3回の頻度でたびたび「入れ替わり」が起きたことと周囲の反応から、それがただの夢ではなく実在の誰かと入れ替わっていることに気づく。
性別も暮らす環境もまったく異なる瀧と三葉の入れ替わりには困難もあったが、互いに不定期の入れ替わりを楽しみつつ次第に打ち解けていく。
しかし、その入れ替わりは突然途絶え、何の音沙汰も無くなった三葉を心配した瀧は、記憶をもとに描き起こした糸守の風景スケッチのみを頼りに飛騨へ向かう。
瀧の様子を不思議に思い、心配していた友人の藤井司とバイト先の先輩の奥寺ミキも同行する。
しかし、ようやく辿り着いた糸守町は、3年前に「ティアマト彗星」の破片が隕石となって直撃したことで消滅しており、三葉やその家族、友人も含め住民500人以上が死亡していたことが判明。
この事実を知った瀧は、激しくショックを受ける。
しかし、瀧は以前三葉と入れ替わっている時に口噛み酒を宮水神社の御神体へ奉納した記憶を思い出し、藤井や奥寺と別れて町のはずれのカルデラの中心にある御神体へと一人で向かう。
そして、その御神体が実在していたことで「入れ替わり」が自分の妄想ではなく、2人の入れ替わりには3年のタイムラグがあったことを確信する。
瀧はもう一度入れ替わりが起きることを願いながら、3年前に奉納された三葉の口噛み酒を飲む。
目覚めると隕石落下の日の朝の三葉の身体に入っていた瀧は、三葉の友人である勅使河原克彦、名取早耶香の2人と共に、住民を避難させるために変電所を爆破し町一帯を停電させ、町内放送を電波ジャックして避難を呼びかけるという無謀な作戦を画策する。
しかし、その計画の要である三葉の父(町長)・俊樹を説得しようとするが、妄言だと一蹴される。
避難計画は順調に進まず、三葉本人なら町長を説得できると思った瀧(身体は三葉)は、三葉(身体は瀧)に会うため御神体がある山を登る。
その途中で、瀧は当時中学生だった3年前、見知らぬ女子高生に声を掛けられたことを思い出す。その女子こそが、瀧に会うためにはるばる東京へやって来た、三葉だった。
三葉の自分に対する想いに初めて気づいた瀧は、涙を流しながらも、山を登り続ける。
一方で三葉は瀧がどのようにふるまうか期待と不安を抱いて東京に行ったのだが、瀧が自分のことを知らないと分かった後、町に帰ってから髪を短く切っていた。
御神体のところで瀧の姿で目覚めた三葉は外輪山に上り彗星の破片の落ちた町の跡を見た。
一方、三葉の姿の瀧は三葉の名を叫びながら外輪山を駆け上がっていった。
2人が生きている世界には3年のタイムラグがあったため、時を超えて聞こえる声を頼りに互いの姿を探すが、声だけで姿は見えなかった。
しかし黄昏(糸守町ではカタワレ時と呼ばれている)が訪れると互いの姿が見え、入れ替わりが元に戻り、初めて2人は時を超えて、直接会話することができた。
周囲は暗さを増してカタワレ時も終わりかけている時、瀧はフェルトペンを取り出し、「目が覚めても忘れないようにさ」と言いながら三葉の手のひらに何かを書く。
そして、「名前を書いておこうぜ」と続けて三葉にフェルトペンを手渡す。
しかし、三葉が瀧の手のひらに文字を書き入れようとした瞬間にカタワレ時は終わってしまい、2人はそれぞれ元いた世界へ引き離されてしまう。
三葉は、瀧から住民らを救出する計画を引き継ぎ下山する。
勅使河原と計画通りに町を停電させ、早耶香が避難指示の放送を流すが、その電波ジャックも町役場に見つかって阻止され、避難は進まない。
改めて父親を説得するために町役場へ向かう三葉だったが、途中の坂で転倒してしまい諦めかける。
いつの間にか瀧の名前を忘れてしまっていた三葉は、名前を思い出すために手のひらを開く。
そこには「すきだ」と書かれていた。
その言葉に励まされた三葉は前を向いて、再び町役場へと走り出す。
そしてその後、ティアマト彗星の破片が糸守町に落下した。
月日は流れ、瀧が「入れ替わり」という不思議な出来事に遭ってから5年後、奇しくも住民が避難訓練をしており、奇跡的に死者がほとんど出なかった糸守町への隕石衝突から、8年後へと舞台は移る。
瀧は就活の毎日、三葉たちは東京で暮らしていた。
たまに町中でお互いの気配を感じることはあったが、もはや入れ替わりのことは忘れており、ただ「漠然と "誰か" を探している」という、切実な思いだけが残っていた。
さらに月日が流れたある春の日、たまたま並走する別々の電車の車窓からお互いを見つけた2人は、それぞれ次の駅で降り、互いの下車駅に向かって走り出す。
そして、ようやく住宅地の神社の階段で再会した三葉と瀧は、涙を流しながら互いの名前を尋ねた。
『君の名は。』が大ヒット
日本国内の興行収入が250.3億円を超え、当時の日本歴代興行収入ランキングでは『千と千尋の神隠し』『タイタニック』『アナと雪の女王』に次ぐ第4位となった。
後に歴代1位を記録した『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』(2020年公開)に抜かれ、歴代5位となる。
世界での興行収入は3.61億ドル(日本円で414.4億円)を記録し、日本映画では世界歴代興行収入で『千と千尋の神隠し』に次ぐ2位となった。
『君の名は。』が大ヒットしたことで一躍脚光を浴びた新海誠監督だが、過去作品もなかなかの秀作揃い。
本稿では『君の名は。』が大ヒットした要因を、新海誠監督の過去作品から探ってみたい。
フィルモグラフィー
新海誠監督の初の劇場公開作品
『ほしのこえ』
『雲のむこう、約束の場所』
『秒速5センチメートル』
『星を追う子ども』
『言の葉の庭』
背景画と人物画のギャップ
こうして過去作を見比べているとおそらく気づいた人もいるだろうから、まずは作画について軽く触れておこう。
過去作と『君の名は。』とは人物描写が全然違う。
昔から新海作品の背景画はとびきりだ。
まるで実写のような美しい背景画は昔から何ら変わらない。
しかし人物画に関してはカクカクした印象を受ける。
人物画については正直イマイチと言わざるを得ないし、背景画とのギャップがありすぎる。
人物描写の不振は『君の名は。』の前の作品、『言の葉の庭』まで続く。
飛躍的に改善された人物画
しかし『君の名は。』ではそれまで知っている人物画とはまったく違ったものだった。
初めて観た時、違和感を覚えた。
皆さんもどこか既視感を感じなかっただろうか?
そう。
『君の名は。』の登場人物は、スタジオ・ジブリ作品に出てくる登場人物たちによく似ているのだ。
これには著者も困惑した。
何故こうなった?
調べてみるとそれもそのはずで、『君の名は。』の人物画作画チームは『千と千尋の神隠し』(だったと思うが…)のそれと同じだった。
そのチーム編成には正直驚いたが、新海誠監督作品の唯一の弱点と思われた人物画のクオリティーは、これで完全に補完された。
おかげで作品のクオリティーがグンと上がったことは、言うまでもない。
しかし、だ。
細田守監督もジブリをリスペクトしているので、似たような人物画になっている。
このままでは日本の長編アニメーションがすべてスタジオ・ジブリ化する恐れがあるが、それはまた別の機会に記すとしよう。
大ヒットした要因は作画の力だけではない
ジブリ作品に携わった人物画スタッフが新海誠作品に参加したことで、弱点だった人物描写の補完は完了したが、それはあくまで大ヒットのイチ因子でしかない。
あくまでシナリオの良さが『君の名は。』を大ヒットへと導いた。
『君の名は。』では人格の入れ替わりがメインテーマと見せかけて、実は時間軸のズレこそがメインテーマだった。
そして時間軸のズレは新海誠作品の昔からのメインテーマでもある。
(※『星を追う子ども』は作風が少し違う作品なのでその例ではない。)
作品内の時間の経過
・2013年夏〜(三葉)、2016年夏〜(瀧)の入れ替わりが起こるようになる。
・2013年10月4日(20時42分) ティアマト彗星の破片が糸守町に落下。
・2016年晩秋(11月頃) 瀧、奥寺、藤井が岐阜県飛騨地方を訪問。
・2021年秋 糸守町への隕石落下から8年。・2022年春(桜満開の雨上がりの朝) 三葉、瀧の再会。
過去作ひとつずつの詳細は割愛するが、物理的な距離感や時間的な距離感を、登場人物たちの心境にそのまま投影するのが新海誠作品の特徴だ。
要するに、ふたりの距離が離れれば心も離れるという物語をこれまでは描いてきた。
離れそうになるお互いの心を、必死に繋ぎ止めようとする主人公に視聴者は心打たれた。
そんな調子だから、ハッピーエンドで終わった過去作品はほとんどない。
切ない作品が多いのだ。
いや、切ない作品しかないのかもしれない。
しかも若干、厨二病の気もある。
淡い恋愛観も新海誠作品の特徴だから。
ただし、少なくとも過去作品で主人公たちは同じ時間軸の中で生きていた。
お互いの時間の経過スピードに違いはあっても、生きている時間軸は同じだった。
その慣例を監督自らぶち壊し大ヒットしたのが『君の名は。』だ。
『君の名は。』では、生きている場所と時間のズレが同時に描かれている。
これは新海誠作品にとって画期的な出来事だ。
今までズレは同一線上にあった。
それが同一線上にないのだから普通に考えたら、いつまで経ってもふたりが巡り会うことはない。
そこで主人公とヒロインが出会うためには設定が必要だったが、さながら中島みゆきさんの超名曲「糸」を連想させる設定で、見事に物語の辻褄を合わせた。
結果的に『君の名は。』のシナリオは新海誠作品の中でも秀逸なものになった。
おまけにハッピーエンドの無い新海誠作品で、初めてハッピーエンドらしく終わったのも実に良かった。
『君の名は。』は大ヒットした。
新海誠監督が過去作品で散々チャレンジし続けてきた、ズレへの拘りがついに結実した瞬間だった。