新海誠監督作品
ほしのこえ
『ほしのこえ』とは
2002年2月2日に東京都世田谷区下北沢のミニシアター下北沢トリウッドで公開された。
これまで短編アニメーション作家として活動してきた新海監督としては初の劇場公開作品にあたる。
携帯電話のメールをモチーフに、宇宙に旅立った少女と地球に残った少年の遠距離恋愛を描く。
キャッチコピーは、「私たちは、たぶん、宇宙と地上にひきさかれる恋人の、最初の世代だ。」。
25分のフルデジタルアニメーションの監督・脚本・演出・作画・美術・編集のほとんどを、新海誠監督が一人で行なった。
制作はさいたま市の武蔵浦和駅付近にあった新海の自宅で行われた。
単館上映の作品であったが、新海監督が当時の自身のホームページで制作状況や予告編を公開してネット上の口コミで話題を呼び、公開初日には劇場に行列ができた。
DVDの売上は2003年8月時点で6万枚以上を記録。
あらすじ
2039年、NASAの調査隊が火星のタルシス台地で異星文明の遺跡を発見し、突然現れた地球外知的生命体タルシアンに全滅させられた。
この出来事に衝撃を受けた人類は、遺跡から回収したタルシアンのテクノロジーで、タルシアンの脅威に対抗しようとしていた。
2046年、中学3年生の長峰ミカコと寺尾ノボルは互いにほのかな恋心を抱き、同じ高校への進学を望んでいたが、実はミカコは国際連合宇宙軍のタルシアン調査隊――リシテア艦隊に選抜されていた。
翌2047年、4隻の最新鋭戦艦と1000人以上の選抜メンバーからなるリシテア艦隊は地球を離れ、深宇宙に旅立つ。
離れ離れになったミカコとノボルは超長距離メールサービスで連絡を取り合うが、艦隊が地球から遠ざかるにつれて、メールの往復にかかる時間も数日、数週間と開いていく。
地球に残ったノボルは、次第に大きくなるミカコとのずれにいらだちをつのらせる。
タルシアンの痕跡が見つからないまま半年が経ち、艦隊は冥王星軌道に接近する。
ミカコは「このまま何も見つからないで、早く地球に帰れるのがいちばんいい」とノボルへのメールに心情を吐露する。
しかしタルシアンが出現し、戦端が開かれる。ミカコも人型機動兵器トレーサーに搭乗して戦闘に加わるが、艦隊は増援のタルシアンから逃れるため、ハイパー・ドライブで1光年先にワープする。
ミカコとノボルは瞬時に一年もずれてしまった。
さらに、落胆するミカコは艦隊司令部からの通信を聞く。
艦隊はこれよりヘリオスフィア・ショートカット・アンカーを経由し、シリウスα・β星系にワープする。
飛翔距離は8.6光年。
帰りのショートカット・アンカーは見つかっていない。
ワープする前、ミカコはノボルに「わたしたちは、宇宙と地上にひきさかれる、恋人みたいだね」というメールをノボルに残した。
シリウス星系に到着した艦隊は、第四惑星アガルタにトレーサー部隊を降下させる。
ミカコはアガルタに降り立つと、携帯電話を手にとり、8光年彼方のノボルに届く保証のないメールを打つ。
「24歳になったノボルくん、こんにちは! 私は15歳のミカコだよ。ね、わたしはいまでもノボルくんのこと、すごくすごく好きだよ。」
やがてアガルタ各地にタルシアンが出現し、戦闘が始まる。
周回軌道上の艦隊にもタルシアンの群体が接近している。
ミカコはトレーサーで周回軌道に急行するが、艦隊は次々に轟沈し、旗艦リシテアにも大型のタルシアンが迫る。
リシテアを守るため、ミカコは大型のタルシアンと対峙し、捨て身の攻撃でこれを撃破する。
8年半後の2056年、24歳のノボルは、15歳のミカコからのメールを受け取る。
メールの本文はノイズにまみれていたが、ノボルにはミカコの伝えたかったことがわかっていた。
登場人物
長峰美加子
声 - 篠原美香(オリジナル版) / 武藤寿美(声優版)
本作の主人公。
埼玉県(南浦和から武蔵浦和の中間付近が度々登場している)の中学3年生。
国連宇宙軍のタルシアン調査隊の選抜メンバーとなる。
大型機動マシン「トレーサー」のオペレーターとして、宇宙艦〔リシテア〕配属となり、地球を発つ。
寺尾昇
本作のもう1人の主人公。
ミカコとは中学校時代のクラスメイトで、剣道部仲間の友人。
ミカコに密かに想いを寄せ、彼女を待ち続けている。
用語
タルシアン
火星のタルシス台地で確認されたことからこの名がついたもので、タルシス遺跡を築いたのも彼らだと思われる。
「タルシス人」とも呼ばれる。
人類に攻撃を行っているが、その意図は不明。
体表は銀色の金属のような質感を持っているが、内部には体組織があり、血液のような赤い液体で満たされている。
また、飛行や宇宙空間での戦闘機動なども行うことが可能。
トレーサーとほぼ同等の大きさの「小タルシアン」が主だが、戦艦クラスの大きさの「大タルシアン」も存在している。
攻撃手段は体当たりのほか、赤色のビームを用いることもある。
2039年以来その存在は観測されていなかったが、タルシス遺跡に残されていた技術は人類の文明を半世紀分以上発展させた。
再び人類の前に姿を現したのは2047年8月のことで、冥王星付近でリシテア艦隊が襲撃を受けた。
トレーサー
タルシアンに対抗するために、国連宇宙軍が運用している宇宙空間用汎用兵器(ロボット兵器)。
火星探査用の人型探査機を原型としている。
動力はタルシス遺跡の技術を応用してDARPAが開発した、ラム駆動を利用した真空エネルギーエンジンで、宇宙空間での活動のほか、大気圏内での飛行も可能である。
プロトタイプはJ・ナッコーズらローレンス・リバモア研究所の開発チームの手によって2044年にロールアウトし、現在では国連宇宙軍の主力兵器となっている。
武装は、固定武装として背部バックパックに6連装のミサイルランチャー2基、両腕部にバルカン砲2基、左腕部にビーム・ブレードを備えるほか、ビーム銃(正式名不明)を携行することも可能。
また、防御手段として電磁バリアも搭載している。
なお、2050年代には次世代トレーサーの開発計画も進行している。
リシテア
国連宇宙軍が運用する恒星間宇宙戦艦(コスモナート)。
楔形に近い流線形の艦体を持ち、大気圏内での飛行やハイパードライブを用いた超光速航法を行うことが可能。
舷側に格納された多数のビーム砲のほか、トレーサー用のカタパルトを計10基備えている。
太陽系外でのタルシアン追跡調査のために編成された「リシテア艦隊」の旗艦であり、リシテア艦隊にはほかに同型艦「エララ」「ヒマリア」「レダ」の三隻(小説版では十隻)が所属している。
なお、艦名は四隻ともヒマリア群に分類される木星の衛星の名から取られている。
ハイパードライブ
タルシス遺跡の技術を元に実用化された超光速(ワープ)技術。
制御ワームホールと巨視的量子トンネル効果を用いるもので、2042年に理論物理学者キップ・ソーン(実在)が解析に成功した。
1.5光年以内の任意の空間にワープできる。
技術が未熟なのか、リシテア艦隊のハイパードライブ装置は一度の使用で破損してしまった(小説版)。
ショートカット・アンカー
銀河系のあちこちに点在するワープポイントのこと。
ハイパードライブに依存しない長距離のワープが可能だが、一方通行である。
超光速通信
2050年代時点では未来の技術だが、実用化への道筋はたっているという。
音楽
- 「THROUGH THE YEARS AND FAR AWAY」
主題歌は "Low" ことみずさわゆうきさんが歌う「THROUGH THE YEARS AND FAR AWAY」。
THROUGH THE YEARS AND FAR AWAY(劇中version)
新海誠監督作品の根底にあるもの
時間軸のズレと思春期の恋物語
『君の名は。』が大ヒットへ至るまでの新海誠監督作品には、一貫して明確なコンセプトがふたつあった。
それは、
- 主人公たちそれぞれの時間軸のズレ。
- 思春期の恋物語。
である。
逆に言えば『君の名は。』は、この二大コンセプトを基に試行錯誤してきた新海誠監督の集大成ともいえるのである。
関係の継続をテーマに据えた『こえ』
本作における主人公たちそれぞれの時間軸のズレ。
それは地球の理に基づいた時間軸を生きる寺尾昇と、宇宙の理に基づいた時間軸を生きる長峰美加子のズレである。
光速でワープし続ける長峰美加子は、地球の時間軸で生きる寺尾昇ほど年を取らない。
故にいつまでも同じ想いを持ち続けられる長峰美加子。
片や時間の経過と共に成長し、寂しさと切なさが募る寺尾昇。
ふたりの感覚のズレが、思春期の切ない恋心を見事に表現している。
特筆すべきはそのズレを、メールの到着時間で表現したことである。
宇宙の遥か彼方からの長峰美加子のメールが寺尾昇に届くまでには、大きなタイムラグが生まれる。
そのタイムラグが大きくなればなるほど、ふたりの距離が離れている証だ。
この発想は秀逸であった。
現実的かどうかは別としても、比較的誰もが知っている物理の事象を、お互いに恋心を抱くふたりのメールに当てはめるとは…。
一通のメールのやり取りに数年かかるふたりの心情を想像しただけで、胸の奥底がキュンと切なくなる。
もはや叶わないと諦めかけている恋心に一縷の望みをかけてメールを送り続ける心理も理解できるし、そのメールにいつまでも縛られ続けひたすら待ち続けてしまう心理も激しく理解できる。
新海誠監督が描く恋物語は、ともすれば中二病のように表現されがちだ。
しかし個人的には、もはやすっかり忘れ去ってしまったいつかの気持ちを、いくらか取り戻すことができる秀作である。
ただし、『君の名は。』ですっかり慣れきってしまった人は視聴に注意が必要である。
背景画の見事さはこの頃からも変わらないが、人物画はお世辞にも上手いとはいえない。
ちょっと面食らうレベルかも…。
ただ新海誠監督の最初期の作品だけに、そういうところも楽しんでいただけたら幸いだ。
新海誠監督最新作
映画『すずめの戸締まり』
国境や世代の垣根を超え、世界中を魅了し続けるアニメーション監督・新海誠。
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