細田守監督作品
おおかみこどもの雨と雪
『おおかみこどもの雨と雪』とは
『おおかみこどもの雨と雪』は、スタジオ地図制作のアニメーション映画。
細田守監督による長編オリジナル作品第2作である。
細田監督は本作で初めて自ら脚本も手がけた。
制作はそれまでのマッドハウスに代わり、本作から前年に細田守監督がこの作品のために設立したアニメーション映画制作会社のスタジオ地図が行なうようになった。
キャラクターデザインの貞本義行氏など、『時をかける少女』『サマーウォーズ』と細田作品に関わってきたスタッフが製作を手がけている。
脚本は『時をかける少女』から前作『サマーウォーズ』まで担当してきた奥寺佐渡子さんが引き続き書いているが、本作では奥寺さんと細田守氏の共同執筆となった。
作中の衣装はスタイリストの伊賀大介氏が手掛けている。
物語は主人公である19歳の女子大学生と「おおかみおとこ」との出会いから、恋愛、結婚、出産、子育て、そして二人の間に生まれた "おおかみこども" の成長と自立までの13年間を描いた作品となっている。
本作で細田氏が選んだテーマは「親子」。
「母と子」をテーマに、母子愛を描いた。
以前からずっと「お母さんを理想的に、凛とした背筋の伸びた女性に描きたい」と考えていた細田氏は「理想のお母さん像」を作ることにこだわり、子供たちではなく母親を主人公として前2作に続いて生き生きとしたバイタリティ溢れる作品を描きたかったと語っている。
本作では、初の試みとして細田守氏自身が映画の原作小説の執筆に挑戦している。
「ヤングエース」にて2012年5月号より優先生による漫画版が、「コンプティーク」にて2012年6月号より美水かがみ先生によるスピンオフ4コマ漫画がそれぞれ連載されている(2013年12月時点)。
なお、本作中では漢字表記の「狼」は使用されず、ひらがな・カタカナ表記のみである。
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あらすじ
物語は、娘の雪が、母である花の半生を語る形で綴られる。
女子大学生の「花」は、教室で、ある男と出会い恋をする。
彼は自分がニホンオオカミの末裔「おおかみおとこ」であることを告白するが、花はそれを受け入れ2人の子供を産んだ。
産まれた娘の「雪」と息子の「雨」は人間でありながらも、おおかみに変身できる「おおかみこども」であった。
しかし雨の生後間もなく、突然「おおかみおとこ」は亡くなってしまう。
花は独力で「おおかみこども」としての育児に挑むが、まだ変身を自由にできず、周囲に迷惑をかけはじめたため、都会での育児を断念し、人里をはなれ、動物も多く、雨と雪が野性的になっても大丈夫という理由から田舎の古民家に移住する。
当初、蛇や猪をも恐れず活発な性格の雪に対し、弟の雨は内気で逃避的であったが、最初の冬を超えてから雨は変わり始める。
雪が小学校に通い始めて友達が出来ると、自分が野獣的なことを意識して葛藤を感じ、人間の女の子として振る舞おうと決意する。
一方で雨は小学校に馴染めず、学校を抜け出したり休みがちになり、山に魅かれるようになっていく。
花は自給自足を目指して田畑に勤しみ、次第に村の人々と打ち解けて、学芸員として仕事も始めるようになった。
ある日、雪のクラスに草平という転校生がやってくる。雪は草平にいきなり「獣臭い」と言われて動揺し、正体の発覚を恐れて彼を避けるが、どうして自分が避けられるのか理解できない草平に執拗に追いかけられて、パニックでおおかみの姿のまま彼の耳を傷つけてしまう。
負傷した草平は、雪が自分の母親やクラスメイトに責められるのを見て、おおかみがやったことだと取り繕った。
しかし、その件で落ち込み学校を欠席する雪を草平は見舞い、それをきっかけに距離の近い関係となる。
その頃、雨は山を統治する一匹の狐を「先生」と呼んで、彼から山で生きる術を学び始める。
ある夜、自分は人間ではなくおおかみであるという雨と、人間だからもうおおかみにならないと言い放った雪は、お互いの生き方を否定しあい大喧嘩をしてしまう。
ある大雨の日、雨は「先生」がもうすぐ死ぬことを受けて、おおかみとして先生の後を継ぎ、山を守っていくことを決意する。
台風の中で山に入っていった雨を花は連れ戻そうと追いかけるのだった。
ちょうどその頃、親が迎えに来なかった雪と草平は学校で二人きりで夜を過ごしていた。
教室で将来の夢を語る草平に、雪は自分が「おおかみこども」で、草平に怪我をさせたのは自分だったことを告白し、おおかみの姿に変身してみせる。
草平は驚く様子も見せず、雪が「おおかみこども」であることを本当は知っていたことを打ち明け、今までも、これからも誰にも言わないことを約束する。
一方、花は雨の捜索の中で滑落してしまう。
明け方、雨に運ばれ山の駐車場で意識を取り戻した花は、山へ戻ろうとするおおかみ姿の雨を呼び止めるも、雨は山奥に消える。
花はその場で泣き崩れるが、山の崖から雨の上げる大きく力強い雄叫びに心をうたれ、不安を払拭し、雨に向けて「しっかり生きて」と励ます。
雪と雨は結局、最後まで和解が出来なかったが、花はそれでも二人が成長したと誇らしげに思った。
中学校にあがった雪は花の勧めで寮生活を選択し、草平や友人達と共に、人間として過ごし、雨はおおかみとして山を支配していく。
主要登場人物
花
声 - 宮崎あおい
本作の主人公。
苗字は不明。
父子家庭に育つが、高校生の時に父親を亡くし天涯孤独の身となる。
花という名前は父親が家の裏庭に咲いたコスモスをみたことで「花のように笑顔を絶やさない子に育って欲しい」という願いをこめてつけられた名前であり、そのことを聞いてからは辛いときでも笑っていようという信念を持ち続けている。
東京のはずれにある国立大学の社会学部社会学科に奨学金を用いて進学。
アルバイトで生活費を工面する日々を送っていたが、ある日大学内で出会った「彼」(おおかみおとこ)に一目惚れし、彼の正体を知った後もその想いは変わらず、同棲して後に2人の「おおかみこども」である雪と雨を産む。
「彼」の死後、シングルマザーとなり、田舎へ引っ越し、2人の子供を育てる決意をする。
「彼」の死後も暫くは雪と雨を育てながら大学に籍を置いていたが、子育てに苦慮して休学する。
最終的に学校を中退して、田舎で「おおかみこども」を孤軍奮闘しながら育て、静かに暮らすつもりだったが周りと仲良くなり、農業についても教えてもらい、雨と雪を育てる。
学校へ行かなくなってしまった雨を気にかけるが、雨はおおかみとして生きることを選択し、雪は人間として生きることを選択したため、雪と雨の仲を修復しようとする。
後に大雨の日に雪を迎えに行く直前の停電の中、山に向かう雨を止めようと山に入っていくが、熊に遭遇し、疲れと恐怖で動けなくなる。
そしてボロボロになりつつ雨を探し続けるが、小さな沢で足を滑らせ、数百メートル滑落し、気を失ってしまうも、雨に助けられる。
翌日の明け方に目を覚まし、山へ戻ろうとする雨を引き留めようとするが、振り切って山の上のほうへ行ってしまう雨を見ながら泣き崩れる。
しかし、雨の猛々しい雄叫びを聞き、雨の強さを身にしみて感じながら微笑む。
雪は学校を卒業したあと、寮に入り、花は一人になった家でのんびりと日々を過ごしている。
彼(おおかみおとこ)
声 - 大沢たかお
雨と雪の父親。
作中では「彼」と呼ばれ、雨と雪が生まれるまでは最後の「おおかみおとこ」であった。
本名は不明(運転免許証には氏名が載っているが、ほぼ書き潰しになっているため、名前の判読は不可能。ただし、苗字は「伊賀」である模様)。
運転免許証記載の生年月日は昭和54年2月12日。
好物は花に教えてもらった焼き鳥。
穏やかな性格だが、雪を妊娠した悪阻で体調の優れない花の滋養強壮のために自ら雉を狩ってくる等、野性味溢れる一面も見せる。
幼い頃に両親をなくし、子供のころから養子として育ったが、大きくなったころに上京して、街で運送ドライバーとして働く一方、花の通っていた大学に忍び込んで勉強していた。
実は、人間と狼の交雑によって生き延びてきたニホンオオカミの末裔で、人間の姿にもおおかみの姿にもなれる半獣人。
当初は突き放した様な態度こそ取っていたが、花とは互いに惹かれあい、花との間に2人の子供を授かるが、雨が生まれて間もないある雨の日に死亡する。
遺体は近所の川でおおかみの姿で見つかり、そのままゴミ収集車で処理されてしまった。
雪
声 - 黒木華(少女期)、大野百花(幼年期)
「おおかみこども」で、雨の姉。
本作品の語り部。
花が長髪になったような容貌をしている。
名前は、雪の日に生まれたことから名付けられた。
幼少のころはお転婆で活発な性格で、野性動物を追い掛け廻す等、雨よりも雪の方が野性的だった。
しかし、小学校生活の中で自分のような野性味溢れるおおかみの嗜好の女子がいないことに気付き、淑やかに振る舞うようになる。
小学校での生活を通じ、草平を傷付けてしまった事もあり、おおかみではなく完全に人間として生きることを選ぶが、それが原因で雨とは険悪になってしまう。
小学校卒業後、中学の寮に入る。
その他、写真には小学校の時の友達と映る写真やバドミントンを行う写真、なんらかの署名や募金活動のようなことをしている写真があり、中学校でも活躍している模様。
雨
「おおかみこども」で、雪の弟。
名前は、雨の日に生まれたことから名付けられた。
幼少の頃はひ弱で内向的な性格で、雪よりも雨の方が人間的だった。
しかし、ある雪の日に、獲物への恐怖心が無くなったことを境におおかみの本能に目覚めていく。
「新川自然観察の森」で初めてシンリンオオカミを見た事から、学校を理事長の天童曰く「ずる」してそこに通う等、山の生態系に興味を持ち、雨達が住む山一帯を治めるアカギツネを「先生」として慕う。
自分とは正反対に、人としての誇りを持つようになり、人間として生きたい雪と対立し、おおかみの姿で喧嘩に発展、雪が全く歯が立たない程の野性味を見せる。
足を悪くした「先生」が死ぬかもしれないと、大雨が来るのを気にかけ、大雨の日に「先生」がしていた生態系の保全の役割を引き継ぐため、10歳の夏に一人、山へと入って行き、おおかみとして生き始める。
藤井草平
声 - 平岡拓真
転校生の少年で、雪が人間として生きる決め手を作った人物。
雪からは「草ちゃん」と呼ばれている。雪を獣臭いと言ったことから、正体の発覚を恐れた雪に避けられるようになる。
その理由を雪に詰問した際に、動揺しておおかみになった雪に右耳を傷つけられる。
雪がおおかみであることに気付いたが他の人間には伝えず、怪我は「おおかみがやった」と説明して雪を庇った。
後に、勇気を振り絞った雪から自分がおおかみだと打ち明けられるが、「最初から気付いてた」と、答え、「雪の秘密は誰にも言ってないし、誰にも言わないから、もう泣くな」と同時に彼女を勇気付けている。
母子家庭で育ったが、母の結婚・妊娠によって、疎外感を感じている様子。
格闘に興味があるようで、もしも一人で生きていくことになったら「ボクサーかレスラーにでもなって、一匹狼で生きていく」と話していた。
クレジット等では単に「草平」となっているが、作中ではフルネームで「ふじいそうへい」と呼ばれるシーンがあり、細田監督自身が執筆した原作小説でも「藤井草平」と表記されている。
韮崎(「韮崎のおじいちゃん」とも)
声 - 菅原文太
90歳。
花の近所に住む農家の老人。
強面でぶっきら棒だが、優しく、花に農業の助言をしてくれる。
本人の前では決してそぶりを見せないが、家ではいつも花のことをとても気にかけているそうで、家族からは「惚れている」と言われるほど。
高齢ではあるが、雪が中学1年生の段階でもまだ健在であることが明かされる。
本作に対する評価
2012年10月5日のラジオ番組『鈴木敏夫のジブリ汗まみれ』において、細田氏と親交のある鈴木敏夫氏は、「この手の作品(家族の交流もの)はかつての日本映画が得意としたジャンルであったのだけれども、『男はつらいよ』シリーズが終わってから、絶えて久しかったという情況があり、当作品について久しぶりである」とコメントしている。
また対談の中で「サマーウォーズ完成の後に監督が母を失くしていること、細田が孝行息子ではなかったことから考えても、この作品がなくした母への贖罪の意味があったのだろう」と言及されている。
また鈴木氏は、「幼少期にさんざん手をかけさせておいて、成長したら親孝行もなしで、山に入っていってしまった "雨" は細田本人がモデルに違いない」と述べている。
アニメーション監督の富野由悠季氏は、『「おおかみこどもの雨と雪」の衝撃』と題したコメントの中で本作について「絶賛」している。
変身ものや恋愛ものといった従来の作品ジャンルを超えた作品であるとし、その描写について冷静・リアルだと指摘、「新しい時代を作った」「本作の前では、もはや過去の映画などは、ただ時代にあわせた手法をなぞっているだけのものに見えてしまうだろう」と述べている。
映画評論家の吉田広明氏は、細田氏のこれまでの作品、『おジャ魔女どれみドッカ〜ン!』第40話「どれみと魔女をやめた魔女」や、『ONE PIECE THE MOVIE オマツリ男爵と秘密の島』、『時をかける少女』、『サマーウォーズ』について、いずれも主人公たちの選択を焦点に描いてきたと述べたうえで、本作では子供らの選択よりも、むしろ母親である花がそのいずれをも受容し祝福するという「大いなる肯定」を表現しているとし、「ほぼ同世代の映画作家が人間として一回り大きくなったのを目撃したのはこれが初めてのように思う。」と結んでいる。
主人公の花の母親としての描かれ方には「理想の母親」とする視点もあるが、ライターの青柳美帆子さんは本作を分析して花が理想の母親像のロールモデルを持たずに孤独に育ち、母としてのふるまいを必死に「勉強」している人間であるといい、それは理想の家族像に外側からの視点で憧れを抱く細田氏自身の姿に重なると述べた。
またライターの西森路代さんは、水無田気流先生の著書『シングルマザーの貧困』の書評で本作を取りあげ、子育ての困難にぶつかっても公的な制度を利用したりそのために充分な金銭を得ようとすることもなく、図書館の本を読んで自分で解決する花の、美化された母としての姿に疑問を抱く声が公開時にあったことを指摘し、(2014年頃の)現実のシングルマザーの現状とはかけ離れた、宗教意識の希薄な日本における「信仰」の対象の如き「母性」の理想像として紹介している。
細田監督の新境地
本作はそれまでの細田作品とは一線を画す。
前述した同業各位の評価は上々だが、一般的な評価は賛否両論。
「よくわからない」という意見もチラホラ見かける。
たしかに本作には、『サマーウォーズ』や『時をかける少女』といった過去作品にはあった娯楽性がみられない。
もっと言ってしまえば、観ていて「楽しい」という要素が皆無なのである。
代わりにいろいろなことを考えさせられる作品に仕上がっている。
母の想い、子の想い
本作のテーマは「親子」。
「母子」と言い換えてもいい。
初見の感想は「よくわからない」だった。
ただ、よくはわからないけど良い作品を観たという印象は強く残った。
物語は胸が苦しくなるような展開の連続で、残念ながら誰にでも楽しめる作品とは言い難い。
少なくとも気楽に観れる作品ではない。
ファンタジー要素が含まれているから現実的ではないことは重々理解しながらも、母子の想いがリアルで辛く重い。
世知辛い社会から逃げるように田舎へ引っ越す母子の姿をみると、社会の闇を突きつけられているようでいたたまれなくなってくる。
母となった花が好感を持てる真っ直ぐな性格なことも、辛さを助長している。
正直者が馬鹿を見る。
いくら花自ら選んだ道とはいっても、どうしてもそう感じてしまう。
娯楽性が強かった前作『サマーウォーズ』とは、似ても似つかない作品。
だけど良い作品だった。
実の母が実の子を虐待するような荒んだ時代だからこそ、本作を親子で観ることをおすすめする。
母でなくとも、母の気持ちが少なからず理解できる名作アニメ。
機会があったら是非。
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