其の三十九
美しき日本語の世界。
どこかアンニュイ「黄昏時」
黄昏とは、1日のうち日没直後、雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯である。
「黄昏時(たそがれどき)」。
「黄昏れる(たそがれる)」という動詞形もある。
「黄昏れる(たそがれる)」という言葉には、比喩的に "盛りを過ぎ" "勢いが衰えるころ" の意にも遣われるから、黄昏時に何の気なしにアンニュイ気分になるのも無理はないことかもしれない。
ちなみに「たそがれ」は、江戸時代になるまでは「たそかれ」といい、「たそかれどき」の略である。
「黄昏時」と「かわたれ時」
「黄昏時」とは、夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰かれとなく、「そこにいるのは誰ですか?」「誰そ彼(あなたは誰ですか)?」とたずねる頃合いという意味である。
これは広く日本で行われた風習で、「おはようさんです、これからですか」「お晩でございます。いまお帰りですか」と尋ねられれば相手も答えざるを得ず、互いに誰であるかチェックすることでヨソ者を排除する意図があったとされる。
対になる表現に夜明け前を表す「かわたれどき(彼は誰時)」がある。
こちらも人の顔が区別つきにくい時という意味で、漢字で書く場合は「彼は誰時」と書く。
本来は「黄昏時」「かわたれ時」共に、夜明け前・日没後の薄明帯を区別せず呼んだと推測されが、現在では夕暮れが「黄昏時」、明け方が「かわたれ時」と使い分けされている。
夕方は誰ぞ彼が語源、明け方は彼は誰ぞが語源。
どちらも趣のある美しい言葉だ。
ちなみにどうして「黄昏」という字になったのかには諸説ある。
だが、元々は漢語そのまま日本に輸入された「黄昏」(コウコン)という漢字に、大和言葉の「誰そ彼」(たそかれ)という読みを当てた「当て漢字」であるというのが通説のよう。
大ヒットアニメ『君の名は。』や『SPY×FAMILY』でも引用されている「黄昏時」
『君の名は。』の「カタワレ時」
劇中で万葉集の授業中、ユキちゃん先生の説明にはこうある。
誰そ彼、これが黄昏時の語源ね。
これが黄昏時は分かるでしょう?
夕方、昼でも夜でもない時間。
人の輪郭がぼやけて、彼が誰だか分からなくなる時間。
人ならざるものに出あうかもしれない時間。
魔物や死者に出くわすから "逢魔が時" なんて言葉もあるけれど、もっと古くは「かれたそ時」とか「かはたれ時」とか言ったそうです。
黄昏の語源となった「誰そ彼」は、『君の名は。』のタイトル通り「あなたは誰ですか?」という意味。
さらに『君の名は。』は自分と入れ替わっていた半身、すなわち片割れ(カタワレ)を探す物語。
また「黄昏時」と「かわたれ時」は共に対となる言葉で、『君の名は。』の物語とも合致する。
このことから、アニメーション映画『君の名は。』で取り上げられていた「カタワレ時」とは、「誰そ彼」と対である「かわたれ時」という言葉の、糸守町の方言の表記揺れだと推察できる。
ただでさえ名作の『君の名は。』だが、意味を知れば作品がより一層深いものになる。
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大人気アニメ『SPY×FAMILY』の「黄昏」
大人気アニメ『SPY×FAMILY』の主人公であるロイド・フォージャー。
表向きは精神科医。
だが実は西国の諜報機関「WISE(ワイズ)」に所属する敏腕スパイ。
そして組織内でのコードネームを「黄昏」という。
なぜコードネームが「黄昏」か。
それは、本名を別に持つロイド(仮名)だが、スパイになった時にその名を自ら捨てていることに起因している。
前述した通り、「黄昏」の語源は「誰そ彼(あなたは誰ですか)?」。
夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さの時間帯を指す言葉だ。
正体を隠したスパイ、ましてや自ら名を捨てたロイドには相応しいコードネームである。
スパイらしい響きと、「黄昏」という当て字の格好良さが際立ち言葉の真意がぼやけ気味だが、実はしっかり考えられているネーミング。
意味を知ると作品はより面白くなる。
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