はじめに
TVやラジオにおけるCMの存在は、視聴者・聴取者からしたら鬱陶しく感じるものなのかもしれない。
いいところでCMを入れてくる業界お約束の手法は、今も昔も変わらない。
何かと鬱陶しいCMを飛ばせる録画機能が現れた時は、なんて便利な機能なんだと多くのユーザーが喜んだものだ。
だが鬱陶しいと思われるCMの中には、そのセンス良さから思わず見入ってしまうものがある。
映像で魅せるものや、秀逸すぎるキャッチコピーで考えさせられるもの。
CMの、ただ品物を宣伝し売上げを上げる目的を超えた、アーティスティックなCMも数多く存在する。
たかだか30秒ほどのCMだが、ひとつのクリエイティブ作品に昇華させたものがあるのだ。
本稿では主に、独断と偏見ではあるが、あまりのセンスの良さに思わず唸ったCMをご紹介したいと思う。
あだち充作品の表現力
特別編
あだち充のあまりに粋すぎる切り返しのセリフ
当サイトでは、「行間を読む」訓練の最適解としてあだち充作品を常々推奨してきた。
だがピンとこない人のために、著者があだち充作品の中でも最高のやり取りだと感じたシーンをご紹介したい。
この切り返し、天才すぎる。
こういうやり取りをナチュラルに出来るようになれば、日本はもっと面白く楽しい国になるはずだ。
あだち充とは
あだち充先生は漫画家である。
スポーツ漫画を多く描いているが、デビュー当初の経験から、熱血スポ根ものではなく、青春ラブコメディを得意としている。
その一方で人間ドラマ志向が強く、劇画的な過剰さを避けつつも、シリアスな展開も多い。
高校野球をよく題材に取り上げており、『いつも美空』連載時のインタビューによると「原作のあるもの以外、ほぼ全作品が同じ世界観を持ち合わせている」という。
マンガ解説者の南信長氏はあだち先生の描くキャラクターは「何事にもガツガツしない」ことが特徴であるとし、『タッチ』の野球部員らを指し「元祖草食系男子」と形容している。
しばしば用いる技法としては、場面転換や時間経過を現すシーンで擬音も何もないサイレント映画のような風景で繋げていく、というものが挙げられる。
また作中にはしばしばあだち自身が登場し、平然と作品に対する弁解や宣伝を行なう(メタフィクション)のも作品の特徴の一つである。
あだち充作品『H2』
第10話「相手は横綱です」
H2
『H2』(エイチツー)は、あだち充先生による漫画作品。
『週刊少年サンデー』(小学館)にて、1992年32号から1999年50号まで連載された。
2人の野球少年であるヒーローと2人のヒロインの、野球にかける青春と恋を描く。
単行本は少年サンデーコミックス(小学館)より全34巻、同ワイド版より全17巻、小学館文庫より全20巻。
2018年8月時点でシリーズ累計発行部数は5500万部を突破している。
同年には「サンデーうぇぶり」にて電子版が連載を開始。
映像では、1995年にアニメ版が、2005年1月から3月まで実写ドラマ版が放送された。
タイトル『H2』とは、「ヒーローふたり、ヒロインふたり」を意味する。
H2・8巻第10話「相手は横綱です」でのヒトコマ
あらすじ
選抜出場を決めたライバル・英雄の明和第一高校と、広田率いる栄京学園。
両校は順調に勝ち進んで迎えたベスト8。
明和第一高校が対戦するのは、夏の覇者で優勝候補筆頭の大阪陽光学院。
ライバルの絶対に見逃せない対戦だけあって、千川野球部は練習をオフにし、各々で試合を観戦することにした。
だが、チームメイトが呼んでもいないのに何故か比呂の家に続々と集まってくる。
そのなかでも木根は、比呂の家の台所から勝手にカップラーメンを持ち出し食べ出している始末だった。
これ考えたあだち充は天才です
他人の家の台所から勝手に持ち出したカップラーメンをすすっておきながら、いけしゃあしゃあと木根はいう。
木根:「おれさぁ、どっちかっていうとカップはラーメンよかうどんの方が好きなんだよなァ。」
カップラーメンを完食した木根はさらに続ける。
木根:「ゲップ。なんか冷てえモンねえか?」
比呂:「おれの視線じゃダメか?」
木根:「飲みモンだよ、飲みモン。」
比呂:「ギャグだよ、ギャグ。」
著者はこのやり取りで、あだち充先生を天才認定した。
いや、もともとあだち充先生の感性は好きだった。
だが、まるで落語の中の登場人物であるかのように、こんなにも粋なやり取りを少年誌で普通やるだろうか。
普通なら絶対やらない。
何故なら日本人の読解力は、恐ろしいほど低下しているからだ。
会心のやり取りの意味すら理解してもらえないのは、さぞや哀しいことだろう。
ならば別の、もっと理解ある読者層向けの作品のために温存しておけばいいものを、あだち充先生はこの傑作を意味がわかってもらえるかすら不明な少年誌に、惜しげもなく採用した。
しかもご丁寧に補足文まで足してくれて、だった。
行間が読めない弊害
語れば語るほど野暮になる
それまでのあだち充先生なら、木根と比呂の最後のやり取りは、木根の「…」で終わっていただろう。
木根:「飲みモンだよ、飲みモン。」
比呂:「ギャグだよ、ギャグ。」
この余計なやり取りは、日本人の読解力が如何に低下しているかを如実に物語っている。
ここまで説明しなければいけないとは、なんとも嘆かわしいかぎりである。
ただし、この補足文も結果的には悪いことばかりではなかった。
それは木根の厚かましさが、より一層強調されたからだ。
遠回しに断っているにもかかわらず、それでもまだ飲み物を要求している木根のキャラは、厚かましくはあるがただの鈍感な奴だと読者に印象づけた。
木根のキャラは嫌な奴から鈍い奴へと変貌を遂げたのだ。
さすがはあだち充先生。
転んでもタダでは起きない。
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