日曜日のワイドショーを見て考える。
ワイドショーって番組はなかなか便利なものだ。
もちろんニュースは毎日チェックしているが、その中から日曜日のワイドショーでどれが取り上げられるかで今の日本の状態がわかる。
個人的には重要な出来事だと思っても、ワイドショーでは話題にすらならなかったりすると日本は平和ぶりを痛感する。
その逆も然り。
日曜日のワイドショーのトップニュースを見れば、日本の平和ぶりが窺い知れたりする。
もちろん報道しているTV局自体の思想も加味して。
そんな感じで一週間の復習的にワイドショーを見たりするのだが、皇室の過熱報道に毎度疑問を抱く。
※便宜上、一応情報ソースとして引用だけはさせていただくが著者には一切の興味がないことはお断りしておく。
あまりに多くの日本人が皇室に対して興味を持っていることに驚く。
民間に例えたら、分家の娘さんが嫁いだだけの話だろう?
本家ならまだしも、分家ではないか。
それでもこれほどの加熱報道ぶり。
そこまで本当に興味があるのか?
はたまた事の真偽は別として、他人の不幸は蜜の味のような感覚なのか。
著者は今の皇室にまったく興味がない。
ただし、象徴天皇として外交を担ってくれているのも確かなので、不要とも思っていない。
だが個人的な意見として天皇とは、日本有史以来、日本人に永くすり込まれ続けてきた、ただの認識としか考えていない。
あまり過激なことを書く気もないので、別の例で例えよう。
歴ヲタは寺社仏閣も大好きだ。
一番興味深いのは高野山金剛峯寺だが、それはさておき、みんなが有り難がる伊勢神宮参拝。
もちろん嫌いではないが、伊勢神宮は天皇と同様に永く日本人にすり込まれてきた信仰だと思っている。
そもそも古代日本人は八百万の神、すなわち自然現象すべてに神が宿ると考えられてきた。
この思想の素晴らしいところは、悪い神も存在するが後に恵みをもたらすといった、いわば表裏一体の考え方というところだ。
雨を司る神は大雨ももたらすが、恵みももたらす。
勧善懲悪ではないのだ。
それが伊勢神宮になると、神に序列がついている。
この序列こそ、すり込まれ続けてきた尊王思想の正体である。
信仰だからとやかく言いたくもないが、伊勢神宮より出雲大社の方を有り難がる著者であった。
散文・駄文で申し訳ない。
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