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【プロフェッショナル:超怠け者の流儀】超怠け者でい続けた結果得た思わぬ副産物。

 

 

 

はじめに

 

わりと小難しい文章で書いているので、著者のことをさぞ堅苦しい人間だと思われている方もいるかもしれないが、実際はそうでもない。

いや、そうでもないどころか全然違う。

ゆるすぎるくらい、ゆるい。

自分で言うのもなんだが超がつくほどの怠け者だと自負している。

ただし、普通の怠け者と同じにして欲しくはない。

間違えないで欲しい。

超がつく怠け者だ。

だからといって悪いことばかりではない。

この超怠け者の思考回路が、人生にそれなりに役立っていることに最近ようやく気付いた。

過去記事で記した固定観念しかり、内省に心が向けられるようになったのは超怠け者だったおかげかもしれないのだ。

人生で意外と使える理屈だったのかも…

だから、そんな超怠け者の流儀が今回のテーマ。

バカバカしいが理論的に怠け者心理を分析してみる。

 

 

 

 

 

普通の怠け者と超怠け者の違い

 

これは、あくまで真っ当に社会生活を営んでいるという前提での話。

そして完全に主観的な話である。

 

✔️普通の怠け者とは

普通の怠け者とは、ただの怠け者でしかない。

実はこれが一番タチが悪い。

基本的にすべてが面倒くさい。

だから、とりあえず目先の面倒くさい事案を避けようとする。

直面した事態についてしか考えられないから、対処法は浅慮なことこの上ない。

いつも行き当たりばったりで思考は常に一方通行。

思考がガッチガチに凝り固まるか、もしくは思考停止になっているだろう。

こうなると本当に大切なことですら平気で手を抜くようになる。

ろくに考えてもいないので、いつまでもダラダラと無駄なことばかり繰り返している。

しかもそれが無駄なことだと気づいてすらいない。

少し考えればいくらでも対処法はあるのに、思考が停止したままだからいつまでも対処できないでいる。

そう。

ただの怠け者とは、だいたいが思考停止の無能な人間である。

 

✔️超怠け者

では、超怠け者ともなるとそれがどうなるか。

基本的にはすべてが面倒くさいのは同じである。

だが超怠け者ともなると、そもそもの考え方がまったく違う。

何かしら物事と対峙した時、最初に考えるのがこれから何が起きたら一番面倒くさくなるのかだ。

最悪の状況を考えてみる。

どんなことになるのが自分にとって一番嫌なことになのか。

ただでさえ常に面倒くさいと思っているのだ。これ以上面倒くさくなるのだけは是が非でも避けたいと考える。

ならばどうするか。

そうならないためにも、他の小さな面倒を渋々でも嫌々でも片付けるしかないではないか。

簡単な理屈だ。

大きな面倒は御免だが、小さな面倒なら多少は我慢出来る。

不思議なことに、それで済むならその方がまだマシだろうと、小さな面倒にコツコツ取り組むようになるのだ。

 

 

 

 

【プロフェッショナル:超怠け者の流儀】

超怠け者でい続けた結果得た思わぬ副産物

 

だが、ここでひとつ問題が発生する。

いくら小さな面倒といえど、時間を掛けて考えていたら、どんどん面倒くさくなってきてしまうのだ。

後回しにしたらした分だけ、どんどん面倒くさくなる。

どんどん面倒くさくなるのは怠け者にとって最悪の事態だ。

面倒くさすぎて、遂には何もしなくなる恐れがあるから。

それを知っているから、出来ることはすぐ済ませてしまうよう心掛ける。

明日やろうはバカ野郎だと自分に言い聞かせて、小さな面倒を渋々だが片付けていくようになる。

まるで勤勉な人のようだが、れっきとした筋金入りの怠け者のままで、だ。

これを常に意識しながら続けていくと、さらに不思議なことが起きる。

実際はただ面倒くさがっていただけなのだが、自然と段取り八分が身についてくる。

段取り八分とは、仕事を進める上で事前の準備がいかに重要かを表した言葉で、仕事の段取りをキッチリしておけばその仕事は8割完了したも同然であるという意味だ。
この言葉の後に仕上げは二分と続くこともある。

仕事が出来る人間は、段取りの段階ですでに仕事の全景が見えている。

何をやるにしても、段取り八分は非常に重要なスキルだ。

さらにおまけがついてきた。

常に一番面倒くさいこととは何かを考えているから、物事の本質を探すようになる。

多角的に物事を見つめ、要点を見つけ出す癖がつく。

多角的な視点を持つことは非常に大事なことで、おかげで思考が一方通行になることはまずない。

常に、あれ?と、もしかして?を繰り返し思考が凝り固まることがなくなるのだ。

 

なまけ者のさとり方

 

 

 

 

 

【悲報】普通の怠け者が思考停止人間の予備軍

そんな輩が今の世の中には溢れかえっている

 

物事を深く考えないただの怠け者は、目の前の小さな面倒くさい事案すら疎かにする。

だが、実はそれこそが結果的に最悪の事態にまで発展させてしまっているのだが、思考が停止しているからそれにすら気づけない。

ただの怠け者の発想は根本的に正解とは真逆なのだ。

ただの怠け者の発想は、物事を一番面倒くさくさせる唯一の道筋をわざわざ辿っているといえる。

自分自身で事態を悪化させているわけだから頭が悪いとしか思えないが、思考が停止しているからそもそも頭が悪いという概念すらない。

何度も同じミスを繰り返す人がいるが、何でもっとちゃんと考えないのかいつも不思議で仕方ない。

学習能力云々の問題ではないレベルだから、思考回路を疑う。

そういう奴ほど決まって言い訳ばかりをほざく傾向にあるが、言い訳を考えている余裕があるなら、何故そうなったのかをちゃんと考えろと言いたい。

その頭がスッカラカンの飾りじゃないのなら、ちゃんと使ってもっともっと考えろ。

最近巷には思考停止人間が溢れかえっている。

よく見ればわかることですら、見ていない、考えない、だから永遠にわからないままだ。

困ったことに、わからないというのはある意味最強の対応で、わからないことをいいことに、自分勝手な振る舞いのし放題が可能になる。

わからないから仕方ない。

そんな馬鹿な理屈がまかり通っていいものか。

馬鹿は馬鹿なりに生きていけばいいが、そいつらのばら撒く迷惑を被るのは常に常識人だけだ。

世の中に蔓延るただの怠け者、すなわち傍若無人で唯我独尊な品のない人間は見るに堪えない。

品位を失った人間に存在価値などあるのだろうか?

怠け者であろうとなかろうと、人間知性と美学を失ったら自然界に害をなすだけの生き物でしかない。

 

 

 

 

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