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【ドラマ『恋せぬふたり』】アロマンティック・アセクシュアルとロマンティック・アセクシュアル。これら恋愛的性的指向をあなたは知っていましたか?

 

ドラマ

恋せぬふたり

 

 

『恋せぬふたり』とは

 

 

『恋せぬふたり』は、2022年1月10日から3月21日までNHK総合「よるドラ」にて放送されたテレビドラマ。

主演は岸井ゆきのさんと高橋一生氏。

他者に恋愛感情も性的欲求も抱かない「アロマンティック・アセクシュアル」の男女が始めた同居生活が周囲に波紋を広げていく様を「ラブではないコメディ」として描く。

脚本の吉田恵里香さんは本作により第40回向田邦子賞を受賞した。

なお2022年4月改編に伴い、「よるドラ」枠の最終作品となった。 

若手のスタッフを中心に若者向けにオリジナル制作されるドラマ枠「よるドラ」の第13弾として制作。

セクシュアルマイノリティのひとつである「アロマンティック・アセクシュアル」のふたりを登場人物としており、制作にあたっては無性愛の当事者や当事者団体による考証やそれらに対する取材をもとにした。

脚本家の吉田さんは、

恋愛は幸せの選択のひとつにしか過ぎないこと。

誰かの生き方に他人がとやかく言うものではないこと、等々……恋愛至上主義の世界では忘れられがちな事柄たちです。

本作では、それらに真正面から向き合いました。

と語り、

恋愛ありきの世界だけでなく、周りが決めた「当たり前」に振りまわされて疲れているあなたに届く作品になっていることを心より願う。

とコメントしている。

センシティブな内容が故に、第3話の放送では冒頭に「ドラマの中で性的接触の描写があります あらかじめご留意ください」と性嫌悪を持つ人へ配慮をするテロップが入った。

これに関して脚本の吉田さんは「事前にそれを入れることをお知らせいただいたのですが、本当に素晴らしいことだと思いました。もっとこういう注釈増えて欲しいな」とTwitterで想いを明かした。

 

 

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恋せぬふたり

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あらすじ

 

 

会社員・兒玉咲子は、愛嬌のある人間性の持ち主だが、多くの人々と違い恋愛にもセックスにも興味を持たない性質を持ち、家族や社会の中で疎外感を抱いている。

咲子は会社の後輩が企画した「恋する〇〇」キャンペーン商品を見にスーパーへ訪れた時、店員・高橋羽から「恋しない人間もいる」と言われる。

咲子は親友・門脇千鶴とのルームシェアの約束を、元彼とよりが戻ったという理由で反故にされ、自分の性格に改めて向き合う。

その中で「アロマンティック・アセクシュアル」(以下、アロマアセク)という性的指向が存在することを知り、当事者が書くブログの内容に共感し自分もそれに当てはまると自覚する。

その後、スーパーで高橋と再会した咲子は、高橋がそのブログの運営者であることを知り、彼におなじ性的指向の者同士で「家族」になることを提案する。

高橋は本格的に家族になる前の「お試し」としてこれに同意し、ふたりはこの関係を「家族(仮)」と称して、高橋の家で同居を始める。

やがて同居が咲子の母・兒玉さくらに発覚し、ふたりは恋人同士を装い、兒玉家を訪れ咲子の家族たちに高橋を紹介する。

しかし、恋愛に縁のなかった咲子が恋人を連れてきて「普通」の「幸せ」を得たと盛り上がる家族たちの姿に咲子はいら立ち、自分たちふたりが「アロマアセク」であることを告白する。

理解できない家族たちは戸惑い、咲子と高橋は家を後にする。

咲子は以前交際していた同僚・松岡一に自分の性的指向のことを知られ、理解できない彼に否定されたうえ、今もふたりの関係が続いていると一方的に主張される。

咲子と高橋は揃って自宅に帰ったところを松岡に恋人同士だと誤解される。

嫉妬した松岡と高橋が門の階段で言い争ううち、高橋は松岡をかばって転落し大怪我をする。

反省した松岡は彼の回復まで世話をすると称して、高橋の家でふたりとともに生活し始め、同時に咲子たちのことを理解したいという。

ふたりの何気ないやりとりをいちいち恋愛的に解釈し、高橋が嫌悪する性的な話題など、不躾な問いをぶつける松岡に咲子たちは辟易するが、高橋にたしなめられた松岡は、少しずつふたりとの生活になじんでゆく。

高橋の怪我がある程度癒えた頃、松岡は咲子に対し、彼女がアロマアセクであることを尊重し、恋愛も性的関係も求めないなら、家族になるのは自分でもよいのではないかと問いかけ、高橋も「悪くない話」と同調する。

迷った咲子は、千鶴に相談しようとするが、千鶴はルームシェア騒動のあと、勤め先の美容室を小田原の支店へ異動し、黙って住所も電話番号も変えていたと分かる。

松岡は千鶴と直接会って話し合うべきだと言い、高橋は会うことでわざわざ傷つくことはないと意見、話し合ううち3人は観光がてら小田原に行くことになる。

小田原で千鶴に会った咲子は、千鶴がルームシェアを断り連絡を絶った理由が、咲子への思いが友情ではなく恋愛感情だと突然気付き、その感情のない咲子と一緒に暮らすことに耐えられなかったからだと告白される。

千鶴は咲子への思いを忘れようと努力しており、友人に戻ることもできないと告げられた咲子は、松岡の元へ戻り、彼に幸せになってほしいからこそ、自分のために恋愛の喜びを我慢させる関係にはなれないと伝える。

松岡はその思いを受け入れる。

家に戻った咲子は高橋の用意した食事を泣きながら食べ、高橋はその姿を黙って見守る。

咲子と高橋が同居して初めての新年を迎えたある日、咲子の妹・石川みのりが娘の摩耶を連れて高橋家に押しかける。

夫の大輔が、みのりが第2子を妊娠中に浮気をし、離婚を考えているという彼女は姉に八つ当たりをし、その最中に産気づく。

咲子はみのりに対し、彼女がどんな道を選択しても味方でいると告げ、みのりは無事出産、駆け付けた兒玉家の人々は大輔を丁寧に拒絶する。

騒動を経て、咲子は高橋との家族としての将来を考えて話し合いをしたいと考えるが、うまく話を切り出せない。

また高橋は勤務先のスーパーで店長代理に昇進、自分の好きな野菜との関わりが減ってしまうことに悩む。

彼のもともとの夢である野菜関連の仕事へ転職を勧める咲子に、高橋は年齢的問題、何よりも祖母の残した家を守るために、家に近いこの職場から離れる気はないと語る。

一方、咲子は仕事の中で出会った野菜栽培会社「イノファーム」の社長・猪塚遥と親しくなり、彼女がかつて高橋と結婚を考えており、高橋の祖母も結婚を強く勧めていたが、彼自身はそれを受け入れられず、破談になっていたと知る。

遥は咲子を通じて再会した高橋に、祖母に縛られることなく自分の人生を歩んではと問いかけ、自社で扱っている、地方に移住して農業を始められる「農家デビュー」を薦める。

高橋は提案を断り、咲子はその姿に納得できないでいたが、松岡の励ましや母・さくらからの、アロマアセクとしての幸せをつかんでほしいという言葉に励まされ、高橋と話し合う。

「家族(仮)」を解消してまたひとりに戻るのは嫌だという彼に、咲子は自分がこの祖母の家に住み続けて守り、高橋は農家として好きな野菜を育てる生活をすればいいと提案する。

同居にこだわることなく、ふたりの関係も「仮」のまま決めつけずに進もうという咲子の提案を、高橋は涙して受け入れる。

後日、高橋は農家として地方に住み、咲子はそのまま高橋家に住みながら連絡を取り合う生活をしている。

咲子はこの現状を「大満足な毎日」としながらも、また他者から文句を付けられたりすることもあるだろうと予想するが、それでも自分の幸せや生き方は自分自身で決める、という決意のモノローグで物語は終了する。

 

 


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あなたは知っていましたか?

アロマンティック・アセクシュアルとロマンティック・アセクシュアル

 

 

アロマンティック・アセクシュアル

 

アロマンティックとは、恋愛的指向の1つで他者に恋愛感情を抱かないこと。

アセクシュアルとは、性的指向の1つで他者に性的に惹かれない、性的欲求が向かないこと。

恋愛感情も性的欲求も抱かない人を、アロマンティック・アセクシュアルと呼ぶ。

 

 

ロマンティック・アセクシュアル

 

他者に恋愛感情を持つことはあるもの性的欲求は抱かない人のこと。

第6話中のように「ロマアセク」と略することがある。

 

 

アウティング

 

他人のセクシュアリティを相手に許可を得ずに第三者に伝えてしまうこと。

差別的な意図を持たなくても成り立つ。

 

 


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多くの人に観てもらい一緒に考えてもらいたい問題作

 

 

現代の様々な問題が浮き彫りに

 

性的マイノリティ、少子化、ハラスメント、多様性の許容。

現代社会が抱えるあらゆる矛盾と問題を浮き彫りにさせている本作。

特に主人公のふたりの恋愛的・性的指向は、視聴者に大きな波紋を呼んだ。

何故なら一般的にあまり知られていない指向だからだ。

恥ずかしながら著者自身も本作で初めて知る。

つくづく自分は何も知らないのだと思い知らされる。

今は多様性を認め合う世の中だなんて、知った風な口をきいている自分が恥ずかしい。

 

 

普通って何?

 

本作の根本は性的マイノリティの苦悩にあるが、その他にも考えさせられる問題が山積みだ。

なかでも社会通念としての "普通" に対する疑念の数々には激しく感銘を受けた。

誰かを好きになることが普通?

キスをしセックスすることが普通?

子供をつくり、家族を持つことが普通?

男女が一緒に暮らしていて、付き合っていないのはおかしい。

家族とはこういうもの…等々。

この世はうんざりするほどくだらない "普通" で満ち溢れている。

ところで誰か教えてほしい。

"普通" って何?

ただの平均ではないのか?

それを何の疑問も抱かず受け入れられる人間は、"普通" に安心を求めているだけではないのか。

他人と同じであることに、ただただ安心しているだけではないのか。

そんな普通を拒否し、自分らしく普通でないことを認め合った本作の主人公たち。

理解者が傍にいてくれる…これほど心強いものはない。

 

 

みんなひとりぼっち

 

本作を視聴して一番強く感じたことは、実は個人の性的指向への理解ではない。

もちろん個人の性的指向への理解も大切だが、それはあくまでも表面的な問題でしかないのだ。

もっと言えば、性的指向については上っ面だけでも理解した風に振る舞える。

深刻なのはもっと根底にあるもの。

いわゆる "普通" ではない性的指向を持つことで、社会的に孤立してしまうことがこの問題の本質ではないだろうか。

本当に心を許せる相手がいないことではないだろうか。

本作で、高橋が咲子の「家族(仮)」なんて突拍子もない提案を何故受け入れたかといえば、ひとりぼっちが嫌だからである。

どうしようもない疎外感と孤独から、解放されたかったからである。

所詮、人はみんなひとりぼっちだ。

他人を完璧に理解することは不可能だし、その逆も然りである。

それでも少しでも他人を理解しようとする心が、人を孤独から解放する。

他人の温もりを感じられる。

"普通" であることを嫌ったドラマが、人間にとっての "当たり前" を改めて教えてくれたのは、皮肉なのか狙いなのか?

どちらにせよ、こういうドラマがより多くの人の目にとまることを切に願う。

より多くの人の目にとまり、たくさんの人があらゆる社会問題について考えるような世の中に、早くなりますように…。

みんな自分勝手の社会には、もううんざりなんだ。

 

 

 

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