其の七
美しき日本語の世界。
四季が生んだ趣ある和の色
四季の移ろいの中に美の心を生み出した様々な伝統色。
日本では古来より暮らしの中に多彩な色合いを取り入れ、繊細な色の世界を見出し、その豊かな情趣を愛でてきた。
それらは多くの絵画、染織物、陶芸、詩歌、文学として、生活や文化の中に深く息づいている。
例えば、平安の女性達の聡明で繊細な感性が産み出した重(かさね)装束の配色美。
戦国武将達の極彩色に満ちた綺羅(きら)びやかな彩。
山紫水明との調和を求めた閑寂な風流。
そして、侘び・寂びの世界などなど。
歴史の流れの中でつけられた和の色は、名前も美しく風雅である。
一色を表現する言葉だけでもこんなに
四季の移ろいの中に美の心を生み出した日本語の色彩感覚は、我々が考えている以上に実に多彩である。
例えば赤一色を表現する言葉だけで、こんなにも存在するのだ。
- 桜色(さくらいろ)
ごく薄い紫みの赤/桜の花の色
- 灰桜(はいざくら)
明るい灰みの赤/灰色がかった桜色
- 退紅色(たいこうしょく)
やわらかい赤/色褪せたような紅染の色
- 一斤染(いっこんぞめ)
やわらかい赤/紅花の花一斤で絹一疋を染めた薄い色
- 紅梅色(こうばいいろ)
やわらかい赤/梅の花の色
- 薄紅(うすくれない)
やわらかい赤/薄い紅花染の色
- 撫子色(なでしこいろ)
やわらかい赤紫/撫子(ナデシコ)の花の色
- 鴇色(ときいろ)
明るい紫みの赤/鴇(とき)の風切羽根の色
- 珊瑚色(さんごいろ)
明るい赤/珊瑚(さんご)の色
- 東雲色(しののめいろ)
明るい黄赤/東雲とは明け方に東の空にたなびく雲
- 桃色(ももいろ)
やわらかい赤/桃の花の色
- 赤(あか)
鮮やかな赤/光の三原色のひとつ、明るい様を表す「明し(あかし)」が語源
- 金赤(きんあか)
鮮やかな黄赤/少し光沢感をもった赤
- 紅赤(べにあか)
鮮やかな赤/少し青みの赤色
- 紅色(べにいろ)
鮮やかな赤/紅花から抽出される色素の色
- 今様色(いまよういろ)
強い紫みの赤/平安時代に流行した色のこと
- 韓紅色(からくれないいろ)
鮮やかな赤/大陸由来の美しさ・鮮やかさを強調した色名
- 朱色(しゅいろ)
鮮やかな黄みの赤/古来の製法で作られた朱肉の色
- 潤朱(うるみしゅ)
くすんだ黄みの赤/くすんで濁ったような朱色
- 洗朱(あらいしゅ)
くすんだ黄赤/朱色を薄くした色
- 丹色(にいろ)
強い黄赤/丹(に)=赤い土や赤い顔料
- 真赭(まそお)
くすんだ黄みの赤/天然硫化水銀が主成分の赤色顔料
- 鉛丹色(えんたんいろ)
強い黄みの赤/四酸化三鉛(酸化鉛)の顔料の色
- 黄丹(おうに)
強い黄赤/紅花と梔子で染めた色
- 緋色(ひいろ)
強い黄みの赤/茜の根で染めた色
- 浅緋(あさひ)
くすんだ黄みの赤/浅く染めた緋色
- 紅緋(べにひ)
鮮やかな黄みの赤/紅色みを帯びた緋色
- 猩々緋(しょうじょうひ)
鮮やかな黄みの赤/中国の伝説上の生き物「猩々(しょうじょう)」の血の色
- 薔薇色(ばらいろ)
鮮やかな赤/薔薇の花のような色
- 牡丹色(ぼたんいろ)
鮮やかな赤紫/牡丹の花のような色
- 躑躅色(つつじいろ)
- 真紅(しんく)
濃い赤紫/真の紅色という意味
- 臙脂(えんじ)
強い赤/古代中国の「燕(えん)」の国から伝わった赤
- 茜色(あかねいろ)
濃い赤/茜染のようなくすんだ黄赤色
- 苺色(いちごいろ)
強い紫みの赤/熟した苺のような色
- 蘇芳(すおう)
くすんだ赤/蘇芳はインドのマメ科の植物
- 深緋(ふかひ)
暗い黄みの赤/深く染めた緋色
- 暗紅色(あんこうしょく)
濃い赤紫/黒みを帯びた紅色
- 梅鼠(うめねず)
灰みの紫みの赤/紅梅のような赤みの鼠色
平安時代以降、花といえば「桜」
日本人が歴史の中で育んできた色彩感覚は、世界に類を見ないものがあるが、その大きな要因となっているのは気候である。
春夏秋冬の区別がはっきりしているが故に、日本人は昔から四季折々の植物や自然現象と連動して、季節の変化を感じ取ってきたといえる。
日本人は昔から四季折々の植物を通して「色」を感じていたため、伝統色名として今に伝わる色の呼び名は、圧倒的に植物由来のものとなっている。
例えば桜のピンク・菜の花の黄色・萌え出る新緑・明るい空色…
これらを「春の色」だと思う感覚は、極めて日本的なものである。
と同時に、明清色調(めいせいしきちょう)※で統一された配色が「心弾む印象・春の訪れ」を表現していることは、世界の多くの人々と共有することができる。
植物由来の色彩感覚の中でもおもしろいのが、植物の成長に合わせて相応の色名が存在するケースだ。
竹の場合、土から生え出たばかりの竹を表す「若竹色(わかたけいろ)」→青々と成長した竹を表す「青竹色(あおたけいろ)」→歳月を経た古い竹を表す「老竹色(おいたけいろ)」の色名が、ごく当たり前のように存在する。
日本には四季が存在し、日本人には四季を愛でる文化と豊かな想像力が備わっていたからこそ、これほど多彩な色彩感覚が生まれたのだ。
だが実はこれは日本に限った話ではない。
もちろん日本の色彩感覚は他を圧倒しているが、それぞれの国には「伝統色名」というものが存在し、その国の文化的な特徴が如実に現れている。
例えば、フランスの伝統色名にはボルドー(赤ワイン色)、ミエル(ハチミツ色)、カフェ・オー・レー(カフェオレ色)のように飲食物に由来するものが多く見られ、中国の伝統色名には鉱物に由来するものが多い。
※明清色調
純色に白だけを混ぜ合わせた色を「明清色」。
純色に黒だけを混ぜ合わせた色を「暗清色」という。
守るべき文化
「花鳥風月」や「風流韻事」
「花鳥風月」とは、美しい自然の風景や、それを重んじる風流を意味する四字熟語であり、実は「風流韻事」という意味も含んでいる。
「風流韻事」には自然に親しみ、詩歌を作ったり、書画を書いたりする風雅な遊びを意味することもある。
「風流」は優雅な趣のあること。
「韻事」は詩歌や書画などの風流な遊びを指す。
四季を愛でて楽しむためには、何よりまず心の余裕が必要である。
だが最近の日本からは、その余裕が感じられない。
桜や紅葉の時期ならいざ知らず、何気ない日常の瞬間に花や鳥を愛でる余裕が我々の心から失われつつある。
日常の忙しなさに疲れた時は、少し立ち止まって季節を感じてみてはどうだろう。
きっと心にゆとりが生まれるはずである。
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