アニメーション映画
サイダーのように言葉が湧き上がる
『サイダーのように言葉が湧き上がる』とは
『サイダーのように言葉が湧き上がる』は長編アニメーション映画。
『マクロス』シリーズをはじめ、アニメーションの劇伴やアニソン制作において常に第一線を走り続ける音楽レーベルアニメ音楽レーベル「フライングドッグ」の設立10周年記念作品。
何の特徴もないショッピングモールで出逢った、人と付き合うのが苦手な俳句少年・チェリーとコンプレックスをマスクで隠す少女・スマイルが言葉と音楽で距離を縮めていく姿を描く。
監督は本作がアニメ映画初監督となるイシグロキョウヘイ氏。
過去に『四月は君の嘘』や『クジラの子らは砂上に歌う』などを手掛け、その繊細で叙情的な演出が高く評価されてきたアニメーション監督である。
主人公のチェリーの声を歌舞伎俳優の市川染五郎氏、ヒロイン役のスマイルの声を女優の杉咲花さんが務める。
当初は2020年5月15日に公開予定であったが、新型コロナウイルスの感染拡大により、公開を延期した。
その後続報はなかったが、同年11月4日に2021年6月25日に公開すると発表され、2021年7月6日の特別試写会を経て、最終的には2021年7月22日に公開されることが発表された。
第25回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門審査委員会推薦作品。
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あらすじ
物語の舞台となるのは、とある地方都市の畑の真ん中に佇むショッピングモール。
コミュニケーションが苦手で、人から話しかけられないようにいつもヘッドホンをしている少年・チェリーは、スマホケースの中に季語が記された「歳時記」を忍ばせ、口には出せない気持ちを俳句に詠んではSNS上にアップしていた。
一方矯正中の大きな前歯を隠すためいつもマスクをしている少女・スマイルは、「スマイル・フォー・ミー」を合言葉に、日常の中に散らばる "カワイイ” " を見つけては動画配信者として活動しながら、面倒見の良い姉・ジュリとガジェット好きの妹・マリとともに、賑やかな毎日を送っていた。
そんな2人が、ある日街の中心部にあるショッピングモール内でぶつかり、互いのスマホを取り違えるというハプニングに見舞われる。
だがそれをきっかけに連絡先を交換した2人は、SNSを通じて「いいね!」を送り合うようになり、リアルでもバイト仲間として顔を合せるようになる。
その後2人はバイト先のデイサービスに通う老人・フジヤマが、いつも空っぽのレコードジャケットを抱えては大切な中身(レコード)を探しまわっている理由を知り、フジヤマの代わりに自分たちでそのレコードを見つけ出そうと試みる。
チェリーの俳句を街にタギング(落書き)するのが趣味のラテンアメリカ系の「ビーバー」や、ショッピングモール内のリサイクルショップで働くアイドルオタクの「ジャパン」、フジヤマの孫の「タフボーイ」らの協力を得て、フジヤマの想い出のレコードを探すうち、互いが抱えるコンプレックスに対して魅力を感じはじめ、いつしか距離も縮まっていく2人。
だが、チェリーは家の都合で夏祭りの当日に引っ越すことをスマイルに言い出すことができず、2人の想いはすれ違ってしまうのだった…。
登場人物
チェリー
声 - 市川染五郎
人とのコミュニケーションが苦手な少年。
17歳。
本名は佐倉結以。
他人から話しかけられないように常にヘッドホンをつけている。
コミュニケーションが苦手な分、自分の思いを趣味である俳句に乗せてSNSにアップしていた。
母親の代わりに福祉施設「陽だまり」でアルバイトをしている。
スマイル
声 - 杉咲花
現役JKキュリオス。
16歳。
本名は星野ユキ。
"カワイイ" をコンセプトにした動画を「キュリオ・ライブ」で配信し人気を得ている。
元々は「スマイル・フォー・ミー」という名で三姉妹で配信をしていたが、現在はソロで活動している。
矯正中の前歯を隠すためにいつもマスクをつけている。
途中から「陽だまり」のアルバイトを手伝うようになる。
ビーバー
声 - 潘めぐみ
チェリーの友人。
金髪の刈り上げと小麦色の肌、青い瞳が特徴。小学6年生で、大のいたずら好き。
メキシコと日本のハーフで、日本語は話せるが書けない。
ただしチェリーの俳句を「見たまま」にあちこちにタギングしている。
ジャパン
声 - 花江夏樹
チェリーの友人。
アイドルオタク。
特に天及川ヒカル(通称:ヒカルン)の大ファン。
タフボーイ
声 - 梅原裕一郎
チェリーの知人。
名前は靖幸。
見た目に寄らず、素直な性格。
あき子に想いを寄せているが、当のあき子は「タフボーイってダサいよね」と小説で回想している。
ジュリ
声 - 中島愛
スマイルの姉。
18歳。
くせっ毛と大きなメガネが特徴。
三姉妹の長女。
マイペースな性格だが、妹たちのことをとても大切に思っている。
ブランド等のファッションに詳しい。
マリ
声 - 諸星すみれ
スマイルの妹。
中学三年生。
2つのお団子頭が特徴。
少しあどけなさが残る三姉妹の末っ子。
ネットゲームが好き。
紘一
声 - 神谷浩史
チェリーの父。
息子に自分の使っていた季語集を貸している。
まりあ
声 - 坂本真綾
チェリーの母。
ぎっくり腰で「陽だまり」のパートに行けなくなったため、チェリーに代わってもらっている。
フジヤマ
声 - 山寺宏一
チェリーの俳句の師匠で、福祉施設の利用者の一人。
想い出のレコードを探し続けており、いつもその空のジャケットを手にしている。
藤山つばき
声 - 井上喜久子
想い出のレコードを探しているフジヤマの娘。
「言葉と音楽」「SNSと古典」
あらゆる文化を融合させたハイブリッド青春劇
「言葉と音楽」をキーワードに制作された本作。
だが、本作はそれだけにとどまらない。
SNSや動画配信といった今どきのコミュニケーションツールをふんだんに盛り込みながら、日本の伝統文化である「俳句」と海外発の若者文化である「タギング(落書き)」とを融合させるなど、新旧織り交ぜたあらゆる文化を感じることができる。
物語の軸となる青春要素にも抜かりはない。
恋を通じて自身のコンプレックスと向き合い成長していく少年・少女の「ひと夏の青春」を見事に描き切っている。
本作は、田舎に住む高校生の男女のひと夏の日々と恋愛物語。
だが何かとんでもない出来事が起こるわけでもなく、実にありふれた日常の中で起きたちょっとロマンチックな出来事のお話である。
舞台となるのは、田んぼが広がる広大な土地と、ショッピングモール、公団住宅などが点在する、典型的な日本のイチ地方。
嫌味な人物はひとりも登場しないので、ありふれ日常の中の特別を、非常にリラックスして観ることができる。
多彩な色彩感覚
ヴィヴィッドな色彩で塗りつぶされたシンプルで鮮やかな世界
本作はごく平凡な日常の中の、ほんの少しの特別を描いた作品である。
特別といっても誰にでも起こり得ることであるから、物語自体は平凡といっても差し支えない。
しかしその表現については別。
本作のあらゆる描写は平凡ではなく、むしろ異質といえる。
そこにあるのは、スタジオジブリ作品に代表される詳細で細密に描いた風景でもなければ、新海誠監督作品に代表されるような、編集ソフトでフィルターを重ねた厚みのある風景でもない。
ヴィヴィッドな色彩で塗りつぶされた、シンプルで鮮やかな世界が広がっているのだ。
この、斬新ながら懐かしい雰囲気を漂わせている画風は、漫画家・イラストレーターのわたせせいぞう氏の色使いを想起させる部分がある。
ハートカクテル ミュージック&クルーズ サンセット: わたせせいぞう自選集
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だが、本作がヴィジュアルが懐古的なものになっていないのは、切り取っている対象が異なるからだろう。
わたせせいぞう氏が描いてきた世界といえば、バブル経済の成長と連動した、日本人の豊かさの象徴である、"シティライフ" としての都会の街並みや、"レジャー" としての自然の姿だった。
対して本作で映し出されるのは、あくまで日本の片隅であり、それほど裕福でもない若者の見る、いまの時代の等身大の世界である。
ヴィジュアルの面白さは、それだけにとどまらない。
キャラクターや一部の背景のかたちを象る描線は、動画であっても輪郭の太さの強弱を感じるペンタッチがついたものだ。
思い切った色合いが均質に塗られた色合いがもたらす静的なイメージに、繊細さや躍動感が加わっている。
人によっては奇抜な色使いのように感じるかもしれないが、丁寧に観ていくと決してそんなことはないことがわかっていただけると思う。
アニメーションへのこだわり
アニメーションについても、制作陣のこだわりが細部にまで行き届いている。
アニメ制作には、偶然映り込むという奇跡は起こらない。
描いたものしか映し出されない。
それを考慮した上で本作を観ると、まるで実際にカメラで撮影しているような作画に感銘を受ける。
LIVE配信中のシーンはまるで現実のようだし、躍動感あるシーンではカメラがブレた演出を魅せてくれたりと、細かい部分に大変なこだわりを感じる。
基本的にはヴィヴィッドな色彩を使いながらも、大事なシーンでは雰囲気を壊さないように、非常に丁寧な配慮がなされているのも感じられる。
本作を評する要素はたくさんあるが、アニメーションも欠かせない見所のひとつである。
五・七・五に捉われない自由な俳句の世界
俳句とは、季語(有季)及び五・七・五(十七音)を主とした定型を基本とする日本特有の定型詩である。
句に季節感を与える季語を含む五七五の定型(有季定型)を基礎とするが、実は俳句の定義は統一されていないらしい。
なかには自由律俳句というものも存在し、五七五の定型俳句に対し、定型に縛られずに作られる。
自由律俳句は季題にとらわれず(無季)、感情の自由な律動(内在律・自然律などともいわれる)を表現することに重きが置かれる。
また文語や「や」「かな」「けり」などの切れ字を用いず、口語で作られることが多いのも特徴である。
ただし自由律俳句は、あくまで定型から自由になろうとすることによって成立する俳句であり、したがって単なる一行詩がそのまま自由律俳句となるわけではない。
逆説になるが例えるなら、交通安全の標語に季語を入れても俳句とはならないことと同義である。
要するに俳句には、形式よりも作者の感動や個性的な視点が表現されていることが肝要らしい。
そういう定義で良いのなら、本作で披露される俳句も、正しく自由律俳句といって差し支えないだろう。
それは例えばこんな感じ。
- ショッピングモール 夕焼けに溶けてゆく
- 十七回目の七月 君と会う
- 雷鳴や 伝えるためにこそ 言葉
- 全霊で叫ぶよ 夏果ての君に
自由律俳句。
俳句初心者の著者にとって、これは目から鱗の出来事だった。
「俳句は五・七・五」という固定観念を、見事に打ち崩してくれた。
ただし詠み人である主人公・チェリーは、季語が記された歳時記を常に持ち歩いているため、一応季題にはこだわりがあるようだ。
しかし歳時記の存在すら知らなかった著者には、何から何まで斬新にうつった。
やはり扱う言葉にタブーを設けるものではない。
本作を観て、改めてそう心に誓った。
俳句、勉強してみようかな。
最後に本作で詠まれた素敵な句を。
さよならは 言わぬものなり さくら舞う
これから旅立とうとしているすべての人に幸あれ。
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