其の三十五
美しき日本語の世界。
「だらしない」は元々「しだらない」?
宮崎駿監督作品『となりのトトロ』で、メイちゃんがお母さんへ届けた「とうもろこし」。
作品を観たことがある人なら、誰でも思わずほっこりしてしまう印象的なシーンだ。
日常でも、メイちゃんのような幼児特有の言い間違えを聞いたことがないだろうか。
このようなひとつの単語の中の隣接する音が位置を交換させてしまう現象を、言語学では「音位転倒(転換)」(metathesis〈メタテシス〉)などという。
最近では「雰囲気」という言葉も、正しい読みの「ふんいき」ではなく「ふいんき」と読む人が増えていて、この「ふいんき」も音位転倒であると説明されることが多い。
ただし、この「ふんいき→ふいんき」に関しては、言語学者の間では音位転倒であるという考えを疑問視する立場も存在する。
音位転倒はたまたま言い間違いで起きることも少なくないのだが、それが固定化して語形変化を起こしたものもある。
そして今回取り上げる「だらしない」もそのひとつだといわれている。
どういうことかというと、「だらしない」は、行いや状態に締まりがない、乱雑で秩序がないという意味の「しだらない」の「しだら」が音転して生まれたと考えられているからだ。
式亭三馬が書いた滑稽本の『浮世床』には、「しだらがないといふ事を『だらし』がない、『きせる』を『せるき』などいふたぐひ、下俗の方言也」という説明がある。
ここでいう「方言」とは特定の社会で使われる隠語のことである。
このことから、「だらしない」は、隠語的な言葉として、一般庶民の間に広まっていった可能性も考えられる。
話はそれるが、「キセル(煙管)」を「セルキ」といっていたなどと現在でも隠語として「サングラス→グラサン」「マネジャー→ジャーマネ」というのと同様の発想が、江戸時代からあったというのは大変興味深い。
このように意識的・作為的に音を転倒させることも広い意味での音位転倒である。
元の言葉の「しだらない」の語源はどうかというと、江戸時代の国学者・喜多村信節氏が著した随筆『嬉遊笑覧(きゆうしょうらん)』には、「じだらく(自堕落)」からという説が紹介されている。
だが、近年は秩序がなく乱れているという意味の「しどろ」と関係があるという説の方が有力のようだ。
「しどろ」は現在では単独で用いられるよりも、それを強めた言い方「しどろもどろ」の形で使われることの方が多いであろう。
「もどろ」も乱れまぎれるさまの意味である。
「しだらない」の「しだら」が「しどろ」と関係があるとすると、「ない」は否定の「ない」ではなく、「はしたない」「せわしない」などと同じ、その意味を強調する形容詞を作る接尾語の「ない」ということになる。
「しだらない」→「だらしない」のように変化した語は他にも、「あらたし」→「あたらしい(新しい)」、「さんざか」→「さざんか(山茶花)」などがあると考えられている。
小難しい説明ばかり並べてみたが、音位転倒とは要するに、現代のいわゆるオヤジギャグのようなものだと考えてもらえばよろしいかと思われる。
周囲を凍てつかせるオヤジギャグも、よくよく考えてみると、瞬発的に音位転倒してしまえる頭の良さと回転の早さがよく表れている。
よくもまぁそうポンポンとギャグが出てくるものだと、時折だが関心させられることだってある。
もしかしたらその中には、後世辞書に載るような言葉だってあるかもしれない。
「だらしない」のような先例を知ってしまうと、オヤジギャグだってなかなかバカにはできない言葉遊びだ。
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