其の十五
美しき日本語の世界。
「粋」という言葉に秘められた美学
江戸時代から昭和にかけて、日本人は「粋か野暮か」で人を判断し、カネ(金)持ちでも垢抜けない行動をすれば容赦なく批判した。
しかし現代では格差が広がり、「粋」という言葉が失われつつある。
そんな今だからこそ、落語の世界や江戸しぐさの粋な言葉や行動基準を身につけ、カネの有無や「勝ち組」「負け組」という言葉に左右されない自己を確立すべきである。
「粋」とは何か
「粋」とは、もともと江戸時代後期に江戸深川の芸者について語ったのが始まりとされている。
身なりや振る舞いが洗練されていて、色気とさっぱりとした心持ちが同居しているような芸者の様を見て、当時の人たちは「粋だね〜」といったのだろう。
大正〜昭和時代の哲学者・九鬼周造(1888〜1941年)は、曖昧な「いき」というものについて構造的に明らかにしようとした。
九鬼氏は自身の著者の中で「粋」を3つの特徴で定義している。
媚態(びたい)
異性に対する「つやっぽさ」や「色気」であり、セクシーで上品な振る舞いともいえる。
意気地
反骨心や気概といったもの。
「武士は食わねど高楊枝」といった痩せ我慢や媚びない気概のようなもの。
諦め
運命を受け入れ、未練がましくなく、あっさりとした姿勢。
無常観といった仏教的思想が反映されている。
つまり、「色気があって、気高く、さっぱりとした心持ちを持った様子」が「粋」だということになる。
もちろん、これだけで「粋」という微妙なニュアンスを持った言葉を正確に表せるわけではない。
一般的に「粋」の反対語は「野暮」であるが、九鬼氏自身も著者の中で、さらに他の言葉(「上品・下品」「派手・地味」「渋み・甘み」)との関係性の中から「粋」の意味を探ってる。
しかし、それらのどれにも当てはまらないものが「粋」であるというわけである。
「粋」とは日本人のアイデンティティ
言葉の定義はさておき、「粋」というのは江戸の庶民の間で生まれた概念だといわれ、当時の人たちが格好良いと考えていた美意識、生き様、価値観、美学、哲学といったものだといえる。
その感覚は、学校で習うことはないけれど、現代に生きる我々にも脈々と受け継がれている。
だから我々日本人は「粋」と感じるものが好きなわけだ。
日本人が「桜」や「紅葉」をこよなく愛するのも、きっとその儚さに「粋」を感じているからなのだろう。
露骨な表現は野暮であり、奥に秘められたものの暗示性を大切にするのも、「粋」という美意識にとって大切なものなのである。
しかし我々を取り巻く環境の中で、「粋」という美意識が急速に廃れているようにも感じられる。
身の回りで起こる出来事を「粋」か「野暮」かに分類したなら、ほとんどのことが「野暮」に分類されてしまうのではないだろうか。
「粋」という美学を持って生きる
現代のほとんどの人が何か物事を判断する時、それが「損か?得か?」「正しいか?間違っているか?」といった判断基準に従って行っているかと思う。
江戸の庶民は、それにプラスして「粋か?野暮か?」という判断基準を大事に暮らしていた。
もしかしたら、それは今の女子高生が「カワイイかどうか」という判断基準に重きを置いているのと同じ価値観なのかもしれない。
彼女たちは「カワイイ」という価値観に重きを置いている。
そして、それを基準に様々な物事を判断し、「カワイイは正義」という言葉まで登場している。
常識的な人間を気取る大人は眉を顰めるだろうが、著者はこの考え方に心から賛同する。
凝り固まった思考回路よりも、よほど進歩的な価値観だと思えるからである。
ただ「得なもの」「便利なもの」に流されて生きるのではなく、女子高生や江戸の庶民と同じように、改めて「粋」という価値観を大事に生きてみるのも良いのではないだろうか。
「粋」という美学は、自分に主導権を取り戻すということに繋がる。
しっかり意地を張り通すことが、自尊心を守ることに繋がるのだ。
優れた結果よりも、色気や艶っぽさを大事にする。
「粋」な生き方とは、きっとそんな感じになるのだろう。
もともと多くの日本人は、その価値観に重きを置いて生きてきたのだから、「粋」という美学を大事に持って生きる方が収まりが良いはずである。
我々日本人は誰しも潜在的に「粋」なことに惹かれる。
そうやって生きることで、きっと周囲からも一目置かれる存在になることだろう。
ただし、「野暮」は禁物。
周囲に「粋」なことを過剰にアピールしたり、「粋」を追求して必死になりすぎるなんてことは、「野暮」も「野暮」。
本末転倒の「野暮天」だ。
"自分が自分が" が多い今どきの日本人からは、「粋」な精神は消え「野暮」な印象しか残らない。
「粋」という美学を改めて持つことこそ、今の日本人に必要なことなのではないだろうか。
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