明日もし君が壊れても / WANDS (1998年)
坂井泉水の作詞家としての本質に潜む陰
「明日もし君が壊れても / WANDS (1998年)」とは
「明日もし君が壊れても」は、1998年6月10日に発売されたWANDSの14枚目のシングル。
第3期WANDSとしては3作目のシングルで、前作からおよそ5ヶ月ぶりのリリースであり、第3期では初、通算でも「寂しさは秋の色」以来となるバラード曲。
テレビ朝日で放送されたテレビアニメ『遊戯王』及びその劇場版のエンディングテーマ曲として使用された。
後にZARDのアルバム『時間の翼』においてセルフカバーされているほか、作曲担当の大野愛果が「fall apart again」というタイトルで英詞カバーした。
再結成後の第5期メンバーによるセルフカバーが行われた際、短くも濃厚なWANDSの歴史において第3期にのみ在籍していなかった柴崎浩は「この時期の曲もWANDSの曲」と断言しておりこの時期の曲をやりたがらないと思っていると深読みをしないで欲しいと語っている。
言葉の端々から滲み出る陰
「明日もし君が壊れても」を知ったきっかけは、作曲を担当した大野愛果さんからであった。
大野愛果さんが原曲を英詞セルフカバーした「fall apart again」を聴いてから提供曲へと辿り着いた、いわば逆輸入的に好きになった曲だった。
そして作詞は坂井泉水さん。
先にお断りしておくが、著者は特段ZARDファンというわけではない。
もちろん楽曲は好きだからよく聴く。
しかし、とてもじゃないがファンと呼べるほどの熱量は持ち合わせていない。
だからこれから書くことは、もしかしたらZARDファンの方の気分を害してしまうかもしれない。
所詮ニワカが好き勝手に言っている戯言とご理解頂ければ幸いである。
さてZARDといえば、某チャリティー番組のエンディング間近。
その日の主役が武道館が近づくと、必ずといっていいほど聴こえてくる「負けないで」が一番の代表曲だろう。
「負けないで」は、体育祭なんかでもよく使われる馴染みのある楽曲ではないだろうか。
だがその印象が強すぎるせいか、世間的には "ZARD=元気になる" というポジティブなイメージが定着している。
しかし著者の好きなZARDの楽曲には、言葉の端々に少しばかり陰を感じる。
本作はその典型といえるだろう。
そもそも、タイトルが「明日もし君が壊れても」。
なんて破滅的なタイトルだろう。
代表曲「負けないで」とは真逆のベクトルだ。
大野愛果さん作曲の原曲は静かな曲だが、提供曲はロックテイストが加わりかなり重厚な仕上がりとなっている。
さらに、そこに重めのタイトルと深すぎる歌詞とが相まって、ネガティブ感が倍増している印象が否めない。
歌詞の中にはこんなフレーズが並ぶ。
Call my name 誰かが呼ぶ声
暗闇の深い悲しみ
白い素肌の君が僕のそこに光をさす
黒か白か分からないまま
こんな愛は時代遅れなのか
僕らは一日中 朝が訪れるのを待つだけ
ここから逃げ出さない
疲れた体を癒す
君の微笑みよ
さまよい続けるだろう
愛して初めて知った
失う怖さを
何も見えなくなっても
安らかな時の中で
僕らは歩き出す
君のまぼろしよ
この詞を見聴きしていると、「負けないで」を歌うZARDとは、また別の顔が見えてくる。
ずいぶん前の話になるが、ZARDを特集している番組を拝見したことがある。
坂井さんが逝去された後で制作された番組だ。
その番組の中で、「坂井泉水という作詞家の本質には陰がある」というニュアンスのエピソードを、ある関係者が話していた。
それを聞いてZARDの、特に好きだった曲を注意深く聴き直してみると、なるほど納得してしまった。
そしてこの陰は、表現こそ違えど、著者が敬愛してやまない稲葉浩志氏と似たようなものを感じた。
だからなのだろう。
歌い手としてだけでなく、作詞家としての坂井泉水さんに惹かれたのは。
時間(とき)の翼 ~30th Anniversary~ 【30周年記念リアレンジ盤】
☆今すぐApp Storeでダウンロード⤵︎



