日曜劇場「TOKYO MER」は救命救急をメーンテーマに据えながらも、その運用方法について日本の政治の欠点を指摘しているような側面があった。
「TOKYO MER」を最終回まで観てきて、ふと庵野秀明監督作品「シン・ゴジラ」のあるエピソードを思い出した。
ご覧になっていない人のために簡単に説明すると、庵野版「シン・ゴジラ」は未知の巨大生物 "ゴジラ" が日本へ襲来する物語。
内閣府から各省庁、閣僚から官僚まであらゆる組織の人間が挙国一致体制で、突如襲来したゴジラに対応してゆく様を描いている。
「シン・ゴジラ」と「TOKYO MER」の共通点はここにあった。
どちらも旧態然とした体制の中で、主人公たちの必死の闘いを描いている。
そしてその旧態然とした体制こそ、現在我々が置かれている状況に他ならない。
「TOKYO MER」では救命救急組織 MER の運用方法を巡り、各政治家の思惑が障壁となっていた。
「シン・ゴジラ」でも、ゴジラ襲来に対応する国の初動はお粗末極まりなかった。
これはフィクションではない。
ご存知の人もいるだろうが、「シン・ゴジラ」で描かれていた国の対応は現実でも起こりうる。
未知の巨大生物・ゴジラの存在自体は今のところフィクションだが、ゴジラ襲来時の国の対応は現実でも劇中とまったく同じことをするらしい。
なぜなら庵野秀明監督が「シン・ゴジラ」を撮るにあたり、もし現実にゴジラが襲来したならどういう対応をするのか国防省にしっかり確認しているからだ。
劇中で描かれた対応は、まさに国防省の回答そのものである。
どこか楽観的な危機感の薄い閣僚たち。
無能な閣僚を支え必死に対応策を練る優秀な官僚の面々。
いくら優秀な官僚たちが知恵を出し合って最善手を考え出しても、無能な閣僚がGoサインを出さなければ物事は一切進まない。
「シン・ゴジラ」で描かれた官僚のジレンマは、「TOKYO MER」の救急救命チームが置かれた状況とまったく同じであった。
情けない話だが、後手後手政策はもはや日本のお家芸といえる。
「シン・ゴジラ」では、無能な旧体制陣はゴジラ第三形態の再襲来で光の中へ消える。
首相ならびに閣僚全員が一挙に居なくなるという異常事態。
急遽臨時政府が設けられ、それからは優秀な官僚である主人公が新たなリーダーとなり、官民一体の文字通り挙国一致態勢で反撃を始めるのだが…
「TOKYO MER」でも「シン・ゴジラ」でも、どちらも優秀な指導者を求めている。
そして現実世界で我々も優秀な指導者を求めている。
小物ばかりの次期首相候補たち。
次期首相は節目の第100代内閣総理大臣。
未曾有の災害ラッシュにコロナ禍に不景気と、日本が直面している状況は非常に厳しい。
前代未聞の国難に立ち向かうためには、絶対的なカリスマが必要だ。
この国が本当にスクラップ アンド ビルドでのしあがってきたのなら、政界も一度すべてぶち壊し再構築する必要に迫られているのではないだろうか。
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