日本映画
ちひろさん
『ちひろさん』とは
1999年から2001年にかけて「モーニングマグナム増刊」、「モーニング」および「イブニング」(ともに講談社)で連載されていた『ちひろ』の続編で、第1部が「Eleganceイブ」(秋田書店)2013年7月号から2018年9月号まで連載された。
同誌では2023年3月号に本作の映画化記念特別号として展開され、新たなエピソードが描きおろされている。
『ちひろ』では売れっ子風俗嬢のちひろの日常を描き、『ちひろさん』では元風俗嬢だった主人公のちひろが海辺の小さなお弁当屋で働き、恋愛、仕事、自分自身のことなど様々な悩みを抱える人々に寄り添う姿を描く。
2023年2月に映画化。
『ちひろ』、『ちひろさん』ともに作者の安田氏の代表作のひとつである。
映画『ちひろさん』
安田弘之先生の同名漫画を原作として、今泉力哉監督により2023年2月23日に公開。
同時にNetflixで全世界配信。
主演は有村架純さん。
あらすじ
元風俗嬢のちひろは「のこのこ弁当」で働き始める。
元風俗嬢であることを隠そうとせずひょうひょうと働くちひろは、すぐに店の看板娘になり、商店街で愛されるようになるが、孤独を好む彼女は他人と深くつきあうことを拒む。
そんな彼女に過干渉な家族に悩む女子高生オカジ、母親に放任されている問題児のまことなど、それぞれの孤独を抱えた人たちが、引き寄せられるように集まり癒やされていく。
登場人物
ちひろ / 古澤綾
演 - 有村架純(幼少期:奈良澪)
本作の主人公。
元風俗嬢。
本名は古澤綾。
30代。
今は弁当屋「のこのこ弁当」で働いている。
瀬尾久仁子(通称・オカジ)
演 - 豊嶋花
眼鏡をかけた地味な女子高生。
ちひろに感化されて良い子でいるのをやめ、家族に反抗したり、仲のいい女オタクグループに本音を言って孤立するが、ちひろの知り合いのべっちんと友達になる。
宇部千夏(通称・べっちん)
演 - 長澤樹
眼鏡の女子高生。
オカジと同じ高校だが不登校。
べっちんが隠れ家にしていた廃屋ビルでちひろと出会い、意気投合する。
佐竹マコト
演 - 嶋田鉄太
男子小学生。
母親はシングルマザーで放任されている。
オカジとは喧嘩しながらも姉弟のような関係になる。
バジル
演 - van
ちひろの友人のニューハーフ。
ちひろからは「バジ姐」と呼ばれる。
内海店長に惚れ込み観賞魚店を手伝うようになる。
尾藤多恵
演 - 風吹ジュン
のこのこ弁当店長の妻。
ちひろが尊敬する数少ない女性。
視力を失い長期入院している。
ちひろは「ゆきえ」と名乗って見舞いに通っていた。
ちひろとは母子のように親しくなる。
内海
演 - リリー・フランキー
ちひろが勤めていた風俗店「ぷちブル」元店長。
店をやめてから「内海観賞魚店」を開く。
観る者を選ぶ
本作は良くも悪くも実に日本映画らしい作品だ。
はっきりいって、これといったストーリーはない。
ヤマもなければタニもない。
ただただ、主人公・ちひろの日常を描いているだけである。
おそらく、大半の人には面白くないと感じるだろう。
だが、著者は違う…といえば格好良いのかもしれないが、そのことに異論はない。
ただし、語弊はある。
面白くない、ではないからだ。
だからといって面白いというのも何か違う。
強いていうなら、心に引っかかる作品…と表現するのが正しいか?
特別印象深いというわけではなく、心の片隅に余韻が残るような感じ。
気分としては悪くない。
もしかしたら、少々捻くれたところのある人間にしかわからない魅力なのかもしれない。
もしかしたら、人の本質を知ってしまった人間にしか、本作のえも言われぬ魅力は伝わらないのかもしれない。
少なくとも、孤独が何たるかを知らぬ者に本作の魅力は理解できないだろう。
だからおすすめはしない。
有村架純の役者魂をみた
率直な疑問として、押しも押されもせぬ人気俳優の有村架純さんが、どうしてこの作品に出演したのかよくわからない。
彼女のこれまでの輝かしいキャリアを考えれば、本作に出演するメリットはないのではないのか?
本作の役どころを鑑みれば、むしろキャリアに傷がつく可能性だってある。
それでも引き受けたのは、彼女の役者魂が故か…。
それを証明するかのように、有村架純さんの存在感が光る。
前述した通り、本作は主人公・ちひろの日常を描いているだけの作品だ。
故に、ちひろ=有村架純さんの演技のみが、すべての評価を決める。
本作の成否は、有村架純さんの演技にかかっているといっても過言ではないのだ。
その期待に、彼女は見事に応えた。
元風俗嬢という難しい役どころ。
役どころ相応の濡れ場もあるが、体を張って見事に演じている。
とはいえ、彼女の演技の魅力はそんなことではない気がする。
有村架純さんと共演した人は、みんな彼女を好きになるという。
その理由がわかるような、緩やかに熱を帯びた暖かく優しい演技だった。
何より、そこに佇むだけの彼女の存在感が凄い。
他のどれでもなく、本作にこそ、有村架純という俳優の役者魂をみた気がする。
孤独との向き合い方
本作唯一のテーマらしいテーマといえば、主人公・ちひろが抱える「孤独」である。
ただ、彼女は孤独を嫌っているわけではない。
他人との距離感を適切に保とうすれば、当たり前のように孤独はつきまとうものである。
人間にとって孤独は、自分らしさを保つためにどうしても必要な時間なのだ。
彼女はそんな孤独を好んでいた。
それを象徴するエピソードが本作で描かれている。
ホームレスのおじさんと知り合ったちひろは、店のお弁当を差し入れたり、風呂に入れたりと何かと世話を焼く。
しかしそのおじさんは、ちひろと一定の距離感を保ち続ける。
それでもちひろは、おじさんのことをいつも気にかけていた。
おじさんの姿を見かけなくなって、しばらく経ったある日。
ちひろは、誰にも見つからないような場所で、ひっそりと野垂れ死んでいたおじさんの姿を見つけた。
ちひろは何も言わずおじさんを土に埋める…。
これが何を意味していたか。
ホームレスではあったが、おじさんには人としての尊厳があった。
施しは受けても、同情や哀れみまでは受けない。
そんな尊厳があった。
ちひろは、おじさんの尊厳を守りたかった。
おじさんの骸を、何も知らない他人の心ない手に触れさせたくなかった。
孤高の野垂れ死を、世間の物差しで汚させたくなかった。
だから人知れず、誰にも見つからないよう土に埋めた。
果たして、おじさんは不幸だったのか?
誰の目にもとまらず、ひとりぼっちで、ひっそりと死を迎えたおじさんを憐れだと思うだろうか?
少なくとも、ちひろの目には最期まで自分らしく生きぬいたおじさんの姿が、羨ましく見えていたのではないのかと著者は思う。
余談:ロケ地
ちひろが働く「のこのこ弁当」。
ロケ地がどこなのかとかまったく知らなかったが、観た瞬間にハッとした。
知っている店だ。
メチャクチャ見覚えがある。
実家の近所のあの弁当屋じゃないのか?
間違いない。
ほら、そこを入ってこっちに曲がれば昔好きだった娘の家が…。
劇中では「のこのこ弁当」のお弁当が何度も登場するが、実際のお店のお弁当もたしかあんな感じだった。
使っている容器まで、まんまあの弁当屋だ。
その店があるのは、子供の頃はそれなりに賑やかな商店街だったけど、最近ではシャッター街になりかけていると聞く。
この作品が商店街のプロモーションに一役買ってくれればいいのだけど…。
万人受けする作品じゃないしな…。
しかし、制作側よ、あんな小さな弁当屋をよく見つけたな。
全然有名じゃないはずなのに。
スタッフに地元の人間がいたのか。
何はともあれ、懐かしい気持ちになれて嬉しかった。
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