押井守監督作品
イノセンス
- イノセンス
- 『イノセンス』とは
- あらすじ
- 本作で引用された箴言
- 釈迦 『法句経 - 23章330節(釈迦の言行録として残されたもの)』
- 月菴宗光 『月庵和尚法語』
- 斎藤緑雨
- 尾崎紅葉 『徳田秋声の原稿についての添え書き』
- 中村苑子 『俳句』
- 高尾太夫(二代目)『恋文(として伊達綱宗公へ宛てたもの)』
- 孔子 『論語(孔子の言行録として残されたもの)』
- プラトン 『名言(プラトンの言葉としてプルタルコスが著書にて残したもの)』
- ダビデ 『旧約聖書 - 詩篇139篇17,18節(ダビデが神様に宛てた信仰告白)』
- ジョン・ミルトン 『失楽園』
- 作者なし 『西洋の諺』
- ラ・ロシュフコー 『考察あるいは教訓的格言・箴言』
- ニコライ・ゴーゴリ 『検察官』
- マックス・ヴェーバー 『理解社会学のカテゴリー』
- ロマン・ロラン 『ジャン・クリストフ』
- リチャード・ドーキンス 『延長された表現型―自然淘汰の単位としての遺伝子』
- ジュリアン・オフレ・ド・ラ・メトリー 『人間機械論』
- より洗練された超絶美麗映像
- 今なおアニメ技術の最高峰に位置する一見の価値ある作品
『イノセンス』とは
『イノセンス』(INNOCENCE)は、押井守監督による劇場用アニメ映画。
2004年3月6日に全国東宝洋画系で公開された。
押井氏が監督した1995年公開のアニメ映画『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の続編にあたり、本作は自身にとっても前作の公開から約9年ぶりとなるアニメ監督作品である。
キャッチコピーは、糸井重里氏の「イノセンス それは、いのち。」。
作品名は当初『攻殻機動隊2』だったが、制作協力したスタジオジブリのプロデューサー鈴木敏夫氏の提案により『イノセンス』となった。
主題歌として「Follow Me」を提案したのも鈴木氏である。
押井氏自身も「彼(鈴木)がやったのは2つ。『イノセンス』というタイトルをつけたことと、主題歌」と発言している。
タイトルのロゴ・デザインも鈴木氏の手によるもの。
鈴木敏夫氏は、(スタジオジブリが)製作協力を引き受けるにあたって、「正直迷いました。でも宮崎駿監督が背中を押してくれた。実際にキャンペーンが始まると、「『ハウルの動く城』のことを全然やっていない」って怒っていたけど」と話す。
前作『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の草薙素子少佐の代わりにバトーがメインキャラクターをつとめる。
ただし、九課のチーフ役はトグサが継いでいる。
本編のストーリーのベースは、漫画版『攻殻機動隊』の第6話「ROBOT RONDO」。
本作では士郎正宗氏の原作における『攻殻機動隊1.5 HUMAN-ERROR PROCESSER』『攻殻機動隊2 MANMACHINE INTERFACE』のように、前作で消息を絶った素子が再び姿を表し、主役として大活躍する作品にはならなかった。
押井氏によれば、終わった後の今の目で見ればそのような展開でも良かったかもしれないと思えるが、当時は自然と本作品で選択した方向性以外に考えられなかったと語っている。
また、本作品で直接は描かれなかった「その後の素子」に関しては、テーマとして容を変えて押井氏の次回作以降で語られるだろうとしている(必ずしも続編としての『攻殻3』を製作するという意味ではない)。
アメリカのメジャー映画会社は、『イノセンス』制作にあたって押井氏との交渉の席で、大衆受けを狙わない姿勢や、話を聞くだけではにわかに理解できない作品内容について難色を示した。
それでも説得のため熱弁を振るう押井氏に、幹部全員が退いてしまい資金捻出を渋ったという。
しかし、前作『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』がアメリカでヒットしていたこともあり、一定の興行収入を得られるとみた映画会社は、『GHOST IN THE SHELL 2』と明記することを条件として最終的に契約を結んだ。
2004年、第25回日本SF大賞受賞。
第57回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門にて上映された。
日本のアニメーション作品がカンヌのコンペ部門に選出されるのは史上初であり、2017年現在も唯一のノミネート作品である。
第32回アニー賞長編アニメ作品賞ノミネート。
あらすじ
少佐こと草薙素子が失踪(前作『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』のラスト)してから3年後の西暦2032年。
巨大企業ロクス・ソルス社が販売する少女型の愛玩用ガイノイド「Type2052 "ハダリ(HADALY) "」が原因不明の暴走を起こし、所有者を惨殺するという事件が相次いで発生した。
被害者の遺族とメーカーの間で示談が不審なほど速やかに成立し、また被害者の中に政治家や元公安関係者がいたことから、公安9課で捜査を担当することになり、公安9課のバトーは、相棒のトグサとともに捜査に向かう。
その最中、ロクス・ソルス社の出荷検査部長が惨殺される事件が起きる。
暴走したハダリに組長を殺された指定暴力団「紅塵会」の犯行であると踏んだ公安9課は、紅塵会の事務所を襲撃する。
検査部長はロクス・ソルス社から「落とし前」として紅塵会に売られたのだった。
その帰宅途中、バトーはいつものように立ち寄った食料品店でゴーストハックされ乱射事件を起こしてしまう。
事件の核心へと迫るべく、バトーとトグサはロクス・ソルス本社がある択捉経済特区へ向かう。
手始めに二人は、バトーへのゴーストハックの容疑でハッカーのキムの屋敷を訪れる。
2人は電脳の疑似現実のループに誘い込まれてしまうが、何者かからのヒントで脱出に成功。
ロクス・ソルス社がキムを雇い、捜査の妨害を試みたと確信した2人はキムを確保し、バトーは公海上にあるロクス・ソルス社のガイノイド製造プラント船へ乗り込む。
トグサはキムの脳殻を用いてバトーをバックアップするが、プラント船の警備システムが作動し、電脳戦の末にキムは死亡してしまう。
だが、キムは自らの死に連動したウイルスを製造プラント船内に仕込んでおり、それによって待機中のハダリが暴走し、船内のロクス・ ソルス社の警備兵たちを惨殺しはじめる。
プラント船中枢を目指すバトーがそれらに応戦している最中、1体のハダリが現れ、バトーを援護する。
そのハダリは素子が自身の一部をダウンロードさせたものだった。
食料品店でバトーに警告を発したのも、キムのループを解くヒントを与えたのも素子だった。
素子のハッキングによってプラント船内は鎮圧され、バトーは捜査を再開する。
プラント船の中枢部にはゴーストをガイノイドに複製する「ゴーストダビング装置」が並んでいた。
ハダリの正体は、紅塵会が密輸入した少女たちのゴーストを犠牲にして作り出した「生きた人形」であった。
相次いで発生した惨殺事件は、良心の呵責に耐え兼ねた検査部長が警察の捜査によってハダリの正体が暴かれる事を期待して、ハダリのプログラムに意図的に細工を施すことで起きたものであり、紅塵会に売られた理由もその事実がロクス・ソルス社に露見したためであった。
素子は脱出するバトーに「あなたがネットにアクセスするとき、私は必ずあなたのそばにいる」と言い残し、ハダリのデータを消去した。
事件解決後、バトーはトグサの家に預けていた犬のガブリエルを迎えに行き、その際トグサに抱かれた娘とその腕に抱かれた娘へのプレゼントの人形、バトーに抱かれたガブリエルはお互いを見つめ合ったのだった。
本作で引用された箴言
本作には、以下に示すように多数の箴言(しんげん)の引用が登場する。
箴言とは、教訓の意をもつ短い句や戒めとなる言葉のことで、「人間の歴史の中で有益と思われる事柄を小文にまとめたもののこと」。
箴言は格言と混同されやすいが、格言とは「人間の歴史の中で有益と思われる事柄を簡潔に表現したもののこと」で、ニュアンスに微妙な違いがある。
これについて押井守氏はYahoo!ブックスが2004年に行ったインタビューの中で、「ダイアログをドラマに従属させるのではなく、映画のディテールの一部にしたかった」のが動機であるとし、「言葉それ自体をドラマのディテールにしたかった。ちょっとした人物が吐くセリフも何物かであってほしい」「可能ならば100%引用で成立させたかった」と語っている。
釈迦 『法句経 - 23章330節(釈迦の言行録として残されたもの)』
孤独に歩め。
悪をなさず、求めるところは少なく。
林の中の象のように。
月菴宗光 『月庵和尚法語』
生死の去来するは棚頭の傀儡たり一線断ゆる時落落磊磊。
斎藤緑雨
- 鏡は悟りの具ならず、迷いの具なり。『霏々刺々』
- 鳥は高く天上に蔵れ、魚は深く水中に潜む。『霏々刺々』
- 鳥の血に悲しめど、魚の血に悲しまず。聲ある者は幸福也。『半文銭』
- 本月本日を以て目出度死去仕候間此段広告仕候也。『萬朝報(緑雨斎藤賢の名義で残された死亡広告)』
- 信義に二種あり、秘密を守ると、正直を守ると也。両立すべき事にあらず。『長者短者』
- 秘密なきは誠なし。『長者短者(の中の一篇の冒頭を改変したもの)』
- 人の上に立つを得ず、人の下に就くを得ず。路辺に倒るるに適す、ってやつで。『大底小底』
尾崎紅葉 『徳田秋声の原稿についての添え書き』
柿も青いうちはカラスも突つき申さず候。
中村苑子 『俳句』
春の日やあの世この世と馬車を駆り。
高尾太夫(二代目)『恋文(として伊達綱宗公へ宛てたもの)』
忘れねばこそ思い出さず候。
孔子 『論語(孔子の言行録として残されたもの)』
寝ぬるに尸せず。
居るに容づくらず。
未だ生を知らず。
焉んぞ死を知らんや。
理非無きときは鼓を鳴らし攻めて可なり。
プラトン 『名言(プラトンの言葉としてプルタルコスが著書にて残したもの)』
神は永遠に幾何学する。
ダビデ 『旧約聖書 - 詩篇139篇17,18節(ダビデが神様に宛てた信仰告白)』
その思念の数はいかに多きかな。
我これを数えんとすれどもその数は沙よりも多し。
ジョン・ミルトン 『失楽園』
彼ら秋の葉のごとく群がり落ち、狂乱した混沌は吼えたけり。
作者なし 『西洋の諺』
ロバが旅にでたところで馬になって帰ってくるわけではない。
ラ・ロシュフコー 『考察あるいは教訓的格言・箴言』
多くは覚悟でなく愚鈍と慣れでこれに耐える。
ニコライ・ゴーゴリ 『検察官』
自分の面が曲がっているのに鏡を責めてなんになる。
マックス・ヴェーバー 『理解社会学のカテゴリー』
シーザーを理解するためにシーザーである必要はない。
ロマン・ロラン 『ジャン・クリストフ』
人は概ね自分で思うほどには幸福でも不幸でもない。
肝心なのは望んだり生きたりすることに飽きないことだ。
リチャード・ドーキンス 『延長された表現型―自然淘汰の単位としての遺伝子』
個体が創りあげたものもまた、その個体同様に遺伝子の表現型。
ジュリアン・オフレ・ド・ラ・メトリー 『人間機械論』
人体は自らゼンマイを巻く機械であり、永久運動の生きた見本である。
より洗練された超絶美麗映像
押井守氏は『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の際に既にアニメ映画の方法論は決したとして、アニメをこれ以上作ろうとは考えていなかったが、『Avalon』でアニメの方法論を実写に取り込み、実写の方法論をアニメに持ち込んでこの映画を制作しようと考えた。
即ち、3Dでモデリングされた空間にカメラを持ち込み、それを切り出して(ロケーション・ハンティング)映像を制作しようとした。
だが、3D担当者はそれは不可能であると言い、テスト段階のコンビニエンスストアのシーンにおいて、想像以上のデータ量の前にその目論見は崩れ去った。
現に公開されたものでもこのシーンは分割してレンダリングしたものを後に合成するという方法でレンダリング時間を短縮している。
本編映像、特に中盤の大祭のシーンは、カメラマップと呼ばれる手法を利用した映像となっている。
また、アニメはキャラクターをセルで描くため、画面をセル画が占拠すると画面内の情報量が失われがちだが、江面久氏を筆頭とするエフェクトチームがAfterEffectsなどを駆使してそれに対処し、処理速度が停滞すればPower MacG5の大量導入でこれに対処した。
以上の紆余曲折もあり、アニメ映画では初めて、全編にわたってDomino※による映像処理が施されたが、それによってセル画が浮いて見えるという評価もあった。
これについて押井守氏は認識していたが、CGによって描きこまれたディテールを損なうフィッティングをあえて行わなかったことを後のインタビューで述べている。
ちなみに、IMAXシアターで公開された際にはオープニングのガイノイドの眼球に表示される文字列など細部を見ることができた。
前作のコンピュータ画面が「緑」で統一されていたのに対し、今作では「橙」で統一されていたり、前作の舞台が「夏」に対して今作は「冬」と、映像に差別化が見られる。
なお、季節の違いによって差別化を図る手法は、押井氏が以前に監督した『機動警察パトレイバー the Movie』(「夏」)と『機動警察パトレイバー 2 the Movie』(「冬」)でも採用されている。
※Domino
HCL Notes/Domino(HCLノーツ/ドミノ)は、HCL Technologies(英語版)が開発・販売しているグループウェア用ミドルウェア。
今なおアニメ技術の最高峰に位置する一見の価値ある作品
本作は、今なおアニメ技術の最高峰に位置する超絶映像美を誇る一見の価値ある作品である。
映像美、様式美、色彩美、音楽等ありとあらゆる面でとにかく美しい。
まさに "洗練" という形容詞に相応しい作品。
しかし美しくなった映像に反して、押井守氏のそれまでの作品にみられた「過剰な記号や意味」が煩雑に盛り込まれているという特徴が本作では欠落しているような気がする。
とはいえ、"洗練" というコンセプトの元でなら、余計なものを極限まで削った結果だったとも考えられ、納得できる部分ではある。
"洗練" は、ストーリーにも及び『攻殻機動隊』シリーズでの主題である「人間と人形の差異」と物語の結びつきも弱い。
専門家に言わせれば、押井守監督の "映像作家として力量に感嘆はするもののそれ以上の感想は抱けない" とのことだが、それは木を見て森を見ていない評価のように思う。
なぜなら、前作『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の項でも述べた通り、アニメーション映画『攻殻機動隊』シリーズとは押井守氏と士郎正宗氏という二人の天才が生み出した傑作なのである。
押井守氏の映像表現ばかりをフィーチャーすれば、前述のような評価になるのかもしれない。
しかし『攻殻機動隊』の世界観を知る者ならば、本作それは何ら不足しているものはない。
あまりに "洗練" されすぎていて理解するのに時間を要するが、極めて高度な政治駆け引き・よりハードボイルドになった世界観・箴言を引用したインテリジェンス溢れる台詞の数々等々は、『攻殻機動隊』シリーズが描く未来予想図そのままである。
前作『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』では映像表現で情報過多を演出していたが、本作でのそれはたしかに鳴りを潜めている。
セリフも難解な専門用語は激減し、お家芸の情報過多は感じられないのかもしれない。
しかし、あらゆるものを削ったことでセリフに引用された箴言が際立っているのも事実なのである。
「このシーンに、この箴言を充てた真意は?」なんてことを考えていたら、入ってくる情報は脳のキャパシティを簡単に超えてしまう。
おまけに細部にまで拘り抜かれた映像美。
要するに本作は、意図的に "洗練" することで前作とは違った情報過多を演出しているのである。
押井守監督の単体作品として観れば、たしかに物足りないのかもしれない。
しかし『攻殻機動隊』という物語を理解した上で観れば、その感想は間違いなく変わるだろう。
しかしそうでなくても、アニメ好きなら一度は観るべき作品であることもまた間違いはない。
押井守監督が本作で描いた超絶映像美は、今なおアニメ技術の最高峰。
興味を持たれたなら是非。
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