日本映画
侍タイムスリッパー
第48回日本アカデミー賞最優秀作品賞受賞作品
※本稿にはネタバレを含みます。ご注意下さい。
この作品が日本アカデミー賞最優秀作品賞を獲れる土壌のある日本映画界の未来は明るい
日本映画『侍タイムスリッパー』
それがし、「斬られ役」にござる。
映画『侍タイムスリッパー』は、『拳銃と目玉焼』(2014年)『ごはん』(2017年)に続く未来映画社の劇場映画第三弾である。
幕末の侍があろうことか時代劇撮影所にタイムスリップ、「斬られ役」として第二の人生に奮闘する姿を描く。
コメディでありながら人間ドラマ、そして手に汗握るチャンバラ活劇でもある。
「自主映画で時代劇を撮る」と言う無謀。
コロナ下、資金集めもままならず諦めかけた監督に、「脚本がオモロいから、なんとかしてやりたい」と救いの手を差し伸べたのは他ならぬ東映京都撮影所だった。
10名たらずの自主映画のロケ隊が時代劇の本家、東映京都で撮影を敢行する前代未聞の事態。
半年に及ぶ、すったもんだの製作期間を経てなんとか映画は完成。
2023年10月京都国際映画祭で初披露された際、
客席からの大きな笑い声、エンドロールでの自然発生的な万雷の拍手に関係者は胸を撫でおろしたのであった。
初号完成時の監督の銀行預貯金は7000円と少し。
「地獄を見た」と語った。
概要
2024年8月17日に公開された映画。
制作は未来映画社。
当初1館での上映だったが人気が出て配給会社GAGAの協力を得る。
その後、拡大上映を重ね全国300館以上で上映されている。
第48回日本アカデミー賞で最優秀作品賞・最優秀編集賞・優秀監督賞・優秀撮影賞・優秀照明賞・優秀脚本賞を受賞した。また主演の山口馬木也も優秀主演男優賞を受賞。
あらすじ
時は幕末、京の夜。
会津藩士・高坂新左衛門は暗闇に身を潜めていた。
「長州藩士を討て」と家老じきじきの密命である。
名乗り合い両者が刃を交えた刹那、落雷が轟いた。
やがて眼を覚ますと、そこは現代の時代劇撮影所。
新左衛門は行く先々で騒ぎを起こしながら、守ろうとした江戸幕府がとうの昔に滅んだと知り愕然となる。
一度は死を覚悟したものの心優しい人々に助けられ、少しずつ元気を取り戻していく。
やがて「我が身を立てられるのはこれのみ」と刀を握り締め、新左衛門は磨き上げた剣の腕だけを頼りに「斬られ役」として生きていくため撮影所の門を叩くのであった。
登場人物 / キャスト
高坂新左衛門 / 演 - 山口馬木也
藤田まこと主演『剣客商売』で息子役・秋山大治郎を演じて以来、数多くの時代劇をはじめテレビ、映画で活躍。
大河ドラマも常連の実力派俳優。
最近では時代劇『鬼平犯科帳 本所・桜屋敷』に鬼平の親友・左馬之助役が記憶に新しい。
本作は役者生活25年で自身初となる長編映画での主演。
「インディーズ作品であるという戸惑いより、とにかく脚本が面白かった」と出演を快諾。
「この作品、この役との出会いに感謝。役者を続けてきて良かった」と語り関係者を泣かせる。
風見恭一郎 / 演 - 冨家ノリマサ
国民的ドラマ『おしん』でデビュー後、テレビ、映画と幅広く活躍。
特に時代劇へのゲスト出演が数多く印象に残る。
都会的でスマートなビジュアルと、芝居への情熱を併せ持つ本格派俳優。
「脚本が面白いんだ」と本作への出演を快諾。
物語のキーパーソンとなるキャラクターを熱く演じた。
自身の役柄を愛し探求する求道者。
現場では作品のクオリティを上げるためのアイデアを意欲的に提案。
その結果「キャラクターに想定外の深みが出た」と監督を喜ばせた。
山本優子 / 演 - 沙倉ゆうの
未来映画社製作『拳銃と目玉焼』では薄幸のヒロイン、『ごはん』では主役を演じる。
米作り農家を描いた『ごはん』では2017年の公開まで4年、以降地方のホール等で公開が連続38ヵ月続く間を含め、延べ7年以上も行われた追撮に参加。
その間、変わらぬ若さに皆が驚いた。
本作では劇中で助監督・優子役を演じつつ、実際の撮影でも助監督、制作、小道具などスタッフとしても八面六臂の活躍。
現在は東映京都俳優部に所属し、テレビ、映画で目にする機会が増えている。
最大の見どころは "本物の武士" による "本身の殺陣"
本作の見どころはなんといっても殺陣(タテ)※だろう。
時代劇の真骨頂である殺陣は、主人公である高坂新左衛門の「斬られ役」としての唯一の見せ場でもある。
だから当然、本作でも数多の殺陣が披露されていて、一般人には馴染みのない殺陣師の仕事やしきたりに多く触れることができる。
これはこれで非常に興味深く、個人的にはこれだけで十分面白い。
しかしこれだけでは大きな評価は得られなかっただろう。
本作が大きな評価を得た最大の理由は、数々の殺陣の中で、たったひとつ真剣勝負と見紛うとびきりの殺陣を演出したことにある。
"本物の武士" による "本身の殺陣"。
もちろん俳優は本物の武士ではないし、本当に真剣を使用しているわけでもない。
だが、そう見えるのだ。
画面がフリーズしたかと勘違いするほど長大な睨み合い。
鬼気迫る鍔迫り合いと、たった数合の切り結びで息を切らす姿は、本物の真剣勝負を想像させる。
本作の監督を務めた安田淳一氏は「邦画史上、一番『真剣』の重みを感じるようにしたい。観客に『真剣』と錯覚させる画を撮りたい。」と語ったという。
が、まさに邦画史上、一番真剣の重みを感じた殺陣といえる。
そんな殺陣を、時代劇が廃れる今みられたことは、非常に幸運なことなのかもしれない。
これをみなければ、これほどの殺陣に今後いつ出会えるかわからない。
是非ご自分の目でご覧になっていただきたい。
※殺陣(タテ)
かつて新国劇の座長沢田正二郎氏が、公演の演目を決める際に冗談で 『殺人』として座付きの作家・行友李風氏に相談したところ、穏やかでない言葉なので「陣」という字を当てることを提案したことが「殺陣」の語源と言われている。
ちなみにこの演目は1921年に初めて演じられたが、読みは「さつじん」であった。
1936年の沢田氏の七回忌記念公演で『殺陣田村』として演じられた時から「たて」と読まれるようになった。
ただ「タテ(たて)」自体はそれ以前から存在し、歌舞伎の立ち回り(激しい格闘場面とは限らない)の略とされる。
なお「さつじん」でも誤りではなく、そう読ませる場合もある。
尚、殺陣の「殺」という字が現代において憚る場面がたぶんにあるとして「演陣」と書いて「タテ」と読む事を室町大助氏(殺陣師/演陣師)が提唱している。
この作品が日本アカデミー賞最優秀作品賞を獲れる土壌のある日本映画界の未来は明るい
日本アカデミー賞最優秀作品賞を獲るだけあって、個人的には非常に面白かった作品ではある。
が、一般的には賛否が分かれるのではないかとも感じた。
(実際には現代劇であるのだが)時代劇がモチーフという時点で、一般ウケを狙うにはすでに危うい。
時代劇といったら、もはや大河ドラマくらいしか思い浮かばない昨今。
好きな人は大好きだけど、それが多数派でないことは想像に易い。
おまけにあまりにベタすぎる設定が、映画好きにはどう映るのか。
ベッタベタな設定は、結末を想像をし易くしてしまう。
ある程度展開が想像できる映画の、何が面白いというのか…。
本作がいくら受賞作品といえど、一定の酷評があるのはこういう理由からだろう。
ピッカピカの人気俳優が出演しているわけではないし、目を奪われるような映像美もない。
絢爛豪華なセットを使用しているわけでもないし、ドラマチックな展開にも乏しい。
独特の世界観があるわけでもなく、良くも悪くも期待を裏切らない、ありふれたごくごく普通の映画のようである。
それでもやはり面白かった。
まず、高坂新左衛門役の山口馬木也氏のあまりに自然な演技に惹きつけられる。
本作では方言指導者はいない。
だから山口氏は「会津弁が出てくる映画などを参考にしつつ、『きっと新左衛門はこういう話し方をするだろう』というイメージで作りこんでいった」と語っている。
高坂の親友・村田左之助役の高寺氏もまた、舞台挨拶で『たそがれ清兵衛』や『壬生義士伝』などを参考にしたと明かしている。
これが功を奏したのか、時代劇特有の仰々しさが本作からはまったく感じられない。
おかげで非現実的な設定でありながら、まるで日常のような妙なリアリティを感じられた。
そしてこの時感じた日常感が、本作を最大の見どころである "本物の武士" による "本身の殺陣" をひときわ際立たせた。
観る者を釘付けにするような、息を呑む真剣勝負。
ずっと緩みきっていた神経が、このシーンで一気に最大級の緊張まで張り詰める。
そして最大級の緊張からの、最大級の緩和。
この最高のメリハリこそが本作への評価のすべてであり、日本アカデミー賞最優秀作品賞は、このシーンに贈られたといっても過言ではない。
それ以外はほとんど普通。
ピッカピカの人気俳優もいない。
でも、このシーンがあるから、また観たいと思える作品なのである。
こういう作品に賞を贈れる、日本映画界の懐の深さは賞賛に値する。
日本映画にハリウッド映画のようなド派手な演出はないし、全米を泣かせるようなドラマチックな展開もほとんどない。
それでも本作が日本アカデミー賞最優秀作品賞を獲れる土壌のある、日本映画界の未来は明るい。
【映画パンフレット】侍タイムスリッパー 監督 安田淳一 キャスト 山口馬木也 冨家ノリマサ 沙倉ゆうの
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