日本映画
私にふさわしいホテル
※本稿にはネタバレを含みます。ご注意下さい。
ホテルの話はどこいった?タイトルからは想像できない痛快逆転サクセスストーリーはのんの魅力が全開コメディ
日本映画『私にふさわしいホテル』とは
「私は私の夢を叶える!」
文学史上最も不遇な新人作家・加代子
しがらみだらけの文学界を舞台に、文壇下剋上が始まるー
堤幸彦監督がのんさんを主演に迎え、文壇を舞台に不遇な新人作家の逆襲を描いた柚木麻子先生の同名小説を映画化。
2024年12月27日に公開された。
本作は主人公の加代子が憧れるホテルとして、2024年2月に全面休館となった「山の上ホテル」で最後に撮影された貴重な作品でもある。
なお、原作では現代が舞台となっているが、映画では1980年代に設定が変更されている。
出演:のん
監督:堤幸彦
原作:柚木麻子『私にふさわしいホテル』(新潮社文刊)
脚本:川尻志太音楽:野崎良太(Jazztronik)
主題歌:奇妙礼太郎「夢暴ダンス」(ビクターエンタテインメント)
幹事・制作プロダクション:murmur
配給:日活 / KDDI
企画協力:新潮社
特別協力:山の上ホテル
原作:『私にふさわしいホテル』
『私にふさわしいホテル』は、柚木麻子先生による小説である。
2012年10月に扶桑社から刊行され、2015年11月に新潮社から文庫版が刊行された。
文学新人賞を元・人気アイドルと同時受賞したため、ほとんど注目されずデビューの機会も巡ってこない不遇な新人作家・中島加代子が文壇の大御所・東十条らと闘い、時には仲間に取り込みながら、野心に満ちて作家の階段を登っていく姿が描かれる。
山の上ホテルとは
ホテルのシンボルともいえるアールデコ様式の建物は、建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズ氏の設計による。
この建物は日本初の美術館である東京都美術館を寄付したことで有名な九州の石炭商佐藤慶太郎氏が設立。
「佐藤新興生活館」として完成した。
当初は財団法人日本生活協会の管理下に置かれ、西洋の生活様式、マナー等を女性に啓蒙する施設として利用されていたが、太平洋戦争中には帝国海軍に徴用、日本の敗戦後には連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)に接収されて陸軍婦人部隊の宿舎として用いられた。
ホテルとしての開業は1954年(昭和29年)1月20日。
GHQの接収解除を機に、山の上ホテル創業者 吉田俊男氏が同財団から建物を譲り受け、ホテルとしての営業を開始。
個性が際立った、わずか35の客室。
客室数は35室。
どれひとつとして同じレイアウトの部屋はない。
客室にぬくもりを与えるホテルオリジナルの桜の木肌を生かした家具、手塗りの漆喰壁、ビロード地のカーテン。
坪庭つきのスイートルームに、畳の部屋にベッドを置いた和洋折衷の部屋など、個性的な客室を有している。
東京の真ん中。
文豪たちに愛されるホテル。
川端康成先生、三島由紀夫先生、池波正太郎先生をはじめ数多くの作家の方々に愛され、定宿として利用していた山の上ホテル。
瀟洒なしつらえと、温かく行き届いたサービス。
洗練された味の世界は、多くの文化人を魅了し続けた。
出版社の多く建つ神田・神保町に近い立地もあり、創業当初より多くの作家が、所謂「カンヅメ」で執筆活動をするために泊ることも多くあった。
メールもファックスもない時代には、締切前になると、ホテルロビーには原稿を待つ出版社の方々で溢れかえっていたそうだ。
また、かつて芥川賞を受賞した作家たちがほとんどここで受賞後第一作を執筆するという「文化人のホテル」としても知られる。
「我が別宅はホテルなり」
物書きには面倒見のいい宿が必要である。
いつの頃からか、山の上ホテルには物書きが泊まるようになった。
彼らは執筆に追われカンヅメになっていたのか。
どうやらそれだけではないらしい。
あるものは書斎のように、またあるものは別荘のように、宅では享受できない、第二の日常を送っていたようだ。
なお、老朽化に伴って2024年2月から休館。
あらすじ
新人賞を受賞したにも関わらず、未だ単行本も出ない不遇な新人作家・相田大樹こと中島加代子(のん)。
その原因は、大御所作家・東十条宗典(滝藤賢一)の酷評だった。
文豪に愛された「山の上ホテル」に自腹で宿泊し、いつかこのホテルにふさわしい作家になりたいと夢見る加代子は、大学時代の先輩で大手出版社の編集者・遠藤道雄(田中圭)の力を借り、己の実力と奇想天外な作戦で、権威としがらみだらけの文学界をのし上がっていく。
ズタボロになっても何度でも立ち上がり、成功を己の力で引き寄せていく加代子の奮闘に、手に汗を握りながらいつしか虜になっていく。
驚いて、笑えて、スカッと元気をもらえる "痛快逆転サクセスストーリー" が誕生した。
登場人物
中島加代子(相田大樹→白鳥氷→有森樹李)
演 - のん
新人作家。
相田大樹のペンネームで新人賞を受賞したが、東十条の酷評のせいで未だ単行本も出せていない。
遠藤道雄
演 - 田中圭
文鋭社「小説ばるす」の敏腕編集者。
加代子の大学時代の先輩で最大の理解者だが、時に裏切ることもある。
東十条宗典
演 - 滝藤賢一
大御所作家。
加代子をさまざまな手段で追い詰める。
東十条美和子
演 - 髙石あかり
東十条の娘。
東十条が唯一頭の上がらない「じゃじゃ馬娘」。
東十条千恵子
演 - 若村麻由美
東十条の妻。
東十条を親身に支える。
明美
演 - 田中みな実
東十条が常連の一流クラブ「ジレ」のママ。
ホテルの支配人
演 - 光石研
クリスマスに遠藤が家族で泊まるホテルの支配人。
有森光来
演 - 服部樹咲
天才高校生小説家。
文壇の話題を独占する。
須藤
演 - 橋本愛
超有名カリスマ書店員。
ポップを書けばその本がすぐ売り切れると言われる。
ホテルの話はどこいった?タイトルからは想像できない痛快逆転サクセスストーリーはのんの魅力が全開コメディ
のんの魅力が全開の "文豪コール"
タイトルに惹かれ予備知識なく観始めた本作。
いったいどんな作品なのか?
まだまだ期待と不安が入り混じる物語序盤で披露されるのが、のんさんの魅力が全開の "文豪コール" である。
久しぶりに観たのんさんの演技は、かつて様々な作品でひっぱりだこだったあの頃のイメージそのものだった。
いや、あの頃のあどけなさをほんの少し残しつつも大人の美しさを湛えたのんさんは、あの頃以上にとても魅力的だ。
あの頃印象的だった、振り切った演技は今も健在。
のんさん演じる加代子は、「当ホテルから東十条先生へのプレゼントでございます」とシャンパンを差し出す。
強引に部屋に押し入った加代子は、「せっかくのシャンパンですから文豪コール入れさせていただきます!」と突如 "文豪コール" を開始。
「逍遥、四迷に鴎外、露伴…」と日本が誇る文豪たちの名前を唱えながらシャンパンを振り続け、東十条が執筆中の大事な原稿にシャンパンをかける暴挙に出る。
タイトルからはまったく想像できなかった "文豪コール" というウルトラCで、本作の雰囲気を掴むとともにその世界観に一気に引き込まれる。
2人の丁々発止のやり取りに思わず笑ってしまうこのシーンが、気楽に楽しめるコメディである本作をある意味象徴している。
ちなみに、撮影前日に5分ほどで考えられたというこのシーン。
監督を務めた堤監督は、「脚本では "文豪コール" としか書いていないところ、僕がその場で作りました。マニュアル的な受験勉強が嫌でたまらなかった高2の頃に、文豪と呼ばれる作家の文庫本を70冊くらい購入して一気に読んだ。文学漬けだった日々がここで生きたなと思っています。」と語っている。
ホテルの話はどこいった?タイトルからは想像できない痛快逆転サクセスストーリー
前述した通り、タイトルに惹かれて予備知識が一切ない状態で観始めた本作。
タイトルから想像したのは、『マスカレード・ホテル』や『THE 有頂天ホテル』のような、ホテルを舞台にした作品だった。
この手の作品は嫌いではない。
おまけに本作でいうホテルとは、あの有名な山の上ホテルのことだとという。
これで好奇心が湧かないわけがない。
時代感こそ違ったものの、概ね想像通りの物語序盤。
だが件の "文豪コール" あたりから、物語は想像の斜め上をいき始める。
気づけばホテルの話はそっちのけ。
山の上ホテルからの連想ゲームのように、舞台は文壇へと移っていく。
期待していた作品と違った時、ほとんどの場合はこれで拍子抜けしてしまう。
だが、本作はまったくそうはならなかった。
物語の根本に復讐にも似た下剋上要素があるにもかかわらず、その手の作品にありがちなドロドロした感じが本作からはまったく感じられない。
かなり計画的で強かな策略が張り巡らされていても、嫌味がなくすべてがコミカルにみえてくる。
そうみえた一番の要因は、のんさんと滝藤賢一氏の絶妙な掛け合いによるものだ。
初めてみる共演だが、コミカルな演技にも定評があるふたりのキャスティングはベスト。
他作品の違った役どころでまた観てみたくなるふたりの演技は必見だ。
さらには脇を固めるキャスティングも渋くて素敵である。
個人的な推しとして、2025年秋から放送開始の連続テレビ小説「ばけばけ」でヒロイン・松野トキを演じる髙石あかりさんが、チョイ役であるにもかかわらず存在感を放っていたのが非常に印象的だった。
さすが、朝ドラヒロインに選ばれるだけのことはある。
そんなこんなで、そういえばホテルの話はどこいった?と思うほど、物語はホテルから掛け離れていく。
そして最後の最後、忘れた頃に舞台はホテルへと帰ってくる。
が、もはや舞台が何処であるかなんてどうでもいい。
それくらいに楽しく観れた作品だった。
タイトルにある "ホテル" は結局あまり意味を成さなかったが、しかしタイトル回収のため山の上ホテルで行った撮影には非常に大きな意味がある。
2024年2月に全面休館となった山の上ホテルで、最後に撮影された本作は非常に貴重な作品だ。
古き良き老舗ホテルの擬似宿泊体験。
今では実際に体験することが叶わないそれを、擬似とはいえ体験した気になれるというだけで、本作には価値があるのかもしれない。
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