2022
FIFAワールドカップ "カタール大会"
何から何まで特殊なW杯
中東が初めて舞台となったサッカーワールドカップ(W杯)がペルシャ湾岸の小国カタール。
日本代表の活躍もあり、一気に関心が高まっている。
が、きらびやかな会場での盛り上がりの一方、大会の費用や出稼ぎ労働者などをめぐって欧米から批判も出ている。
今回の大会は「最も高額なW杯」と騒がれており、大会開催の推定関連支出は、2018年のロシア大会にかかった費用の約20倍に当たる2000億ドル(約28兆円)や3000億ドル(45兆円、フランスAFP通信)との数字も。
世界第3位の埋蔵量を誇る天然ガスや石油の資源を背景に、スタジアム建設やメトロなどのインフラ整備に惜しげもなく膨大な経費が投じられた。
AFP通信によると、スタジアムの建設に65億ドル以上、無人運転のメトロシステムに360億ドルなどの費用がかかっている。
2014年のブラジル大会の費用は推定115億ドルだったことを鑑みると、カタール大会は桁違いだ。
カタールは、秋田県よりも少し小さい面積で外国人居住者を含めた人口は約280万人。
カタール人に限ってみれば、30万人弱という規模だ。
1人当たりのGDP(2021年のIMF推計)は約6万2000ドルだが、多くのカタール人の所得は1000万円超で、電気代や医療費、教育費など生活関連の費用の多くが無料だ。
サウジは世界最大級の産油国だが、人口も多いために所得という面で見れば、カタールは世界トップクラスの金満国家と言える。
一方で、W杯に向けたスタジアムやインフラ整備で実際の労働力となったのがインドやパキスタン、ネパールなどの海外からの出稼ぎ労働者だ。
湾岸産油国はどこも移民労働者で経済活動が支えられているが、カタールでも月数百ドルという低賃金労働で、酷暑の中で命を落とす者もおり、人権問題の存在が指摘されている。
「恥のスタジアム」(英紙ガーディアン)との見出しで伝える海外メディアもある。
6500人以上が死亡したという報道も
ガーディアン紙は2021年2月、インドとパキスタン、ネパール、バングラデシュ、スリランカからの移民労働者6500人以上が、カタールW杯開催が決まった2010年から2020年の間に死亡したと報じている。
政府や現地大使館の数字を集計したもので、移民労働者が多いフィリピンやアフリカ諸国などの数字は入っていない。
これに対し、カタール政府は病気や交通事故などによる死者も含まれており、不正確だと反発。
W杯開催に向けた整備事業での死者は3人にとどまっていると主張し、移民労働者の権利を擁護する法制度も充実させてきていると訴えている。
数字に極端な乖離が生じたのは、労働に関連した死と認定する難しさがある。
労災であるなら遺族に補償金を支払う必要が生じるため、カタール政府も企業も、労災認定に消極的という背景がありそうだ。
例えば、酷暑の中で歩いて十数階の高層ビルの建築現場で、30~50キロ入りのタイルを運んだという移民労働者の体験談などが伝えられているが、米CNNは、米ニューヨーク大教授の話として、暑さに関連した死は、明確に死因を特定するのが難しいと紹介している。
このため、建築現場で暑さのために倒れて亡くなった労働者の死因が、病気や自然死とされるケースが少なくない。
さらに、帰国後、数年経った後に臓器や心臓の不全という形で、暑さにさらされたことに伴う後遺症が出てくることもあるというが、こうしたケースも関連性があるとはみなされていない。
国際サッカー連盟(FIFA)のジャンニ・インファンティーノ会長は開幕前日の19日、カタールの人権問題に対する西側諸国の批判は「偽善」であり、湾岸地域で画期的と称賛される労働条件、安全面の改革を実行してきたと主張した。
アムネスティ・インターナショナルとHRWは、W杯開催の準備期間中に死亡したり、負傷したりした移民労働者やその家族に対する補償基金の新設を求めてきたが、カタール政府やFIFAは、人権団体の動きは売名行為であり、既存の枠組みが存在するとして要求を拒否した。
カタールW杯はこのほかにも、LGBTQ(性的少数者)への差別や、女性の権利侵害、アルコールの販売でも海外メディアに格好の攻撃材料を与えてきた。
アルコール販売は、開幕の2日前になって一転して方針が変更され、会場周辺での販売が禁止されている。
平和ボケした日本人にはわからない
ドイツ敗退に隠された悲惨な事情
FIFAに激怒抗議
優勝候補だったドイツの敗退には「フラグ」があった。
日本戦の試合前、ドイツイレブンは全員、口を覆ったポーズで集合写真に収まった。
「FIFAの言論弾圧」「キャプテンマーク禁止」に無言で抗議したのだ。
中東初のW杯開催で問題となったのが、カタールの「同性愛者は極刑」「外国人労働者の大量死」という人権問題だ。
カタールでは同性愛者が死刑になる可能性もあるといい、W杯開催直前の10月にも一斉摘発されたばかりだ。
W杯会場建設では、気温40度を超える中で満足な水分と食事、休息を与えられない海外からの出稼ぎ労働者が次々と死亡。
英ガーディアン紙によれば、W杯会場を含むインフラ整備で、6500人の外国人労働者が過労死したという。
ピラミッドを建設していた古代エジプトの方がよほど人道的だったのではないかと思うような、屍の山の上で開催されるW杯に、ドイツをはじめ、イングランド、ウェールズ、ベルギー、デンマーク、フランス、スイス、オランダが抗議。
7カ国の主将が「ONE LOVE」と書かれたキャプテンマーク、腕章を付けて無言の抗議をするはずだった。
ところがFIFAは、腕章をつけた場合は「イエローカード」などの処分を課すと発表。
ドイツ代表ノイアーの腕章も幻に終わった。
ドイツサッカー連盟は、FIFAに法的手段も辞さないと徹底抗戦の構えを見せており、ドイツ国内企業は次々とW杯中継のスポンサーを降板した。
その一方でFIFAは、観客やメディア関係者がLGBTを象徴するアイテムを着用したり持ち込んだりすることは認めているとしたが、実際にはスタジアムの警備員に尋問される、入場を拒否される、持ち物を没収されるといった事態が頻発している。
カタールの人権問題が大きな注目を集めていることに、FIFAのインファンティーノ会長は「ヨーロッパ的価値観から批判するべきじゃない。我々ヨーロッパ人がこれまで世界でしてきたことを考えると、謝らなければならない」と、カタールの文化として擁護する姿勢を見せている。
一理はあるが、難しい宗教や政治の垣根を越えられるのがスポーツではないのか。
これではヨーロッパ諸国の選手のテンションが上がらないのも頷けなくはない。
張り切ってもムダ
だが、ドイツ代表が戦意を喪失した本当の理由は、人権問題ではない。
外信部記者が明かす。
ドイツメディアは連日、ウクライナ情勢とそれに端を発するエネルギー危機、高騰する電気代とガス代について取り上げています。
値上がりし続ける電気代の上限設定をめぐり、政府と電力会社の対立が激化していて、暖房の効いたスポーツバーでビールを飲みながらW杯を見る雰囲気ではない。
スポーツバーはW杯放映をやめました。
ドイツ人の冬の楽しみであるホットワインも値段が上がった。
最低気温マイナス4度、電力不足の中で厳冬を迎える国民の不満と怒りの矛先はドイツ代表ではなく、カタールW杯そのものに向かっています。
ドイツ国営放送では「W杯初日から砂漠の真ん中に試合会場を作り、全ての観客が車で向かい、冷房をガンガン効かせ、資源の無駄遣いをしているカタールW杯は汚点」とまで酷評。
オイルマネーで潤うカタール国内で、石油が湯水のように無駄遣いされている映像は、寒さに震えるドイツ国民に怒りと憎悪の「燃料投下」にしかならない。
ドイツ代表が、血塗られたカタールW杯で張り切ったところで国内から批判されるだけで、カネにも得にもならないのだ。
国内のイスラム教徒に忖度し、ヨーロッパで唯一、抗議のキャプテンマークをつけようともしなかったスペインや、カタールと同じく外国人労働者にも自国民にも無慈悲な日本がグループリーグを1位で突破したのを、喜ぶばかりでもいられないのである。
W杯の勝敗に言い訳は無用
日本の活躍に水を差すようなことばかり記したが、そんなつもりは毛頭ない。
W杯はサッカーで行う戦争である。
世界最高のガチンコ勝負の場。
故に、W杯の勝敗に言い訳は通用しない。
結果は素直に喜ぶべきである。
ただ、一度や二度の勝ちで浮かれて強さを過信するのは、日本サッカーの未来ためにもよろしくない。
また、日本人がこうした世界情勢に疎すぎるのも問題だ。
世界はどんどん狭くなり、多様性を認め合うばかりか軋轢は増すばかり。
いつまでも日和見気分の物見遊山ではいられなくなっている。
世界から日本が孤立しないためにも、こうした事情くらいは知っておくべきだろう。
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