アニメーション映画
犬王
『犬王』とは
『犬王』(いぬおう)は、湯浅政明監督による長編アニメーション映画。
南北朝から室町期に活躍した能楽師・犬王に題材をとった古川日出男先生の2017年の小説『平家物語 犬王の巻』を原作としたミュージカルアニメで、サイエンスSARUが制作を務めた。
能楽を題材に、湯浅政明氏が室町時代に人々を魅了した実在の能楽師・犬王を、ポップスターとして描いた作品で、湯浅氏にとっては初の時代劇となる。
2019年6月12日にアスミック・エースより本作の制作が発表された。
原作は、世阿弥と人気を二分した能楽師・犬王の実話をもとに、軍記物の名作『平家物語』の現代語訳を手掛けた古川日出男先生によってその『平家物語』に連なる物語として書かれたもの。
題材となった犬王は、同時代を生きた観阿弥、世阿弥とともに、三代将軍足利義満の愛顧を受け、二者よりも贔屓にされていたといわれている。
しかし、その作品は現存しておらず、『平家物語』にも「後世に多大な影響を与えた」「作品はいっさい既存していない」と記されるのみとなっている。
古川氏は、歴史にはわずかにしか書き記されていないその『犬王』という猿楽師を大胆に解釈して物語を作り上げた。
湯浅氏のもとにオファーが来た時、犬王は当時のポップスターであったと説明され、一緒にロックアーティストの写真も添えられていたことで、彼は本作の企画に興味を抱いた。
湯浅氏は、
逆境の中で育った犬王と友魚が這い上がろうとしている姿が魅力的だった。
室町時代という出自を超えて這い上がっていくことが難しい時代の中で、困難をものともしない犬王の明るさに魅力を感じた。
今の時代に犬王のような明るいキャラクターを見せることで、勇気をもらえるのではないかと思った。
と、語っている。
また、
歴史の話というと、現在残っているものから想像する世界がすごく狭い。
音楽に関しても、芸能に関しても、人々に関しても、もっと広いイメージが有るべきだと思っていた。
と、作品企画が自身の考えに合致したことも興味を引かれた一因であると述べている。
テレビアニメ『ピンポン THE ANIMATION』で湯浅氏とタッグを組み、原作の装画も手掛ける漫画家の松本大洋氏がキャラクター原案を担当。
デザインに関して、松本氏へのオーダーは「できるだけ自由にやって欲しい」というものだったという。
その一方で犬王と友魚に関しては細かいやり取りを行い、2人の主人公は出来るだけ若くしたいということや、犬王の形が変わっていくというのを映画としてどう見せるかということについて話し合ったようだ。
またキャラクターデザインと作画監督を多くの湯浅監督作品でタッグを組んできた伊東伸高氏、美術監督を『ねこぢる草』の中村豪希氏、メインアニメーターを『四畳半神話大系』『映像研には手を出すな!』などの湯浅監督作品に参加した松本憲生氏が担当。
脚本は、それまで『逃げるは恥だが役に立つ』『アンナチュラル』『MIU404』などテレビドラマや実写映画を中心に手掛け、2019年には向田邦子賞、市川森一賞をダブル受賞した野木亜紀子さんが初めてアニメーションに挑んでいる。
当初、2021年の公開が予定されていたが、2022年初夏に延期され、5月28日に公開された。
海外では日本公開前の2020年から各国の映画祭などで上映され、日本では2021年11月3日開催の東京国際映画祭のジャパニーズ・アニメーション部門で初公開された。
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犬王
犬王(いぬおう、生年不詳 - 応永20年5月9日〔1413年6月7日〕)は、実在した人物。
観阿弥と同時期に活躍した近江猿楽日吉座の大夫。
阿弥号の「道阿弥」でも知られる。
あらすじ
乗用車が行きかう現代の交差点で、琵琶を弾き語る不気味な風体の男がいる。
その演奏と共に時がさかのぼり、三代将軍足利義満が南北朝の統一(北朝による一統化)を目指していた室町時代初期。
京の都の猿楽の一座(比叡座)に生まれた子、犬王はその異形の姿から周囲に疎まれ、顔を瓢箪の面によって隠されて育つ。
父に忌み嫌われる犬王は、芸の修業からは外されていたが、自ら舞や唄を身に付ける。
一方、壇ノ浦に生まれた漁師の息子・友魚(ともな)の父の元に京から侍が訪れ、源平の合戦で海に沈んだ天叢雲剣を引き揚げるよう代価を見せて依頼する。
友魚は引き揚げ作業に同行するが、鞘が引き抜かれたその瞬間、父は剣の呪いを受けて体が真っ二つに裂け死亡、友魚も盲目となる。
恨みを抱えて亡霊となった父の声に従い、友魚は京へと赴く。
その道中、琵琶法師・谷一に弟子入りし、2年以上にわたりともに諸国を遊行する。
その間に友魚は成長し、琵琶法師となる。旅の途中で、京では独自の平曲を語る琵琶法師が相次いで殺されていると聞く。
上京した友魚は谷一の所属する「覚一座」に入り、「友一(ともいち)」の名を与えられる。
ある夜、自分の姿で人々を驚かし楽しんでいた犬王は、盲目のため彼の異形に気づかない友魚と出会い、舞と演奏を共演した二人は意気投合する。
犬王と友一は成仏できないでいる平家の魂たちと接することができ、犬王は彼らの声に従って誰も語ったことのない『平家物語』を奇想天外な仕掛けとともに舞い踊り、友一は犬王の身の上をやはり既存の琵琶語りとは大きく異なる演奏で紹介した。
奇抜な二人の演舞と演奏は京の人々から絶大な人気を集める。
犬王が新しい舞を演じるごとに、体の異形の部分が一つずつ通常の人体へと変じていった。
友一はやがて「覚一座」を出て名前を「友有(ともあり)」と改め、「友有座」の名称で独自に活動を始める。
髪を伸ばして遊女の衣をまとい顔に化粧も施す友有に「覚一座」の法師からは非難めいた声も出たが、座をまとめる覚一に次ぐ実力者の定一は理解を示した。
犬王の人気は上がり続け、ついに将軍義満から演舞の披露が依頼される。
ただ、幕府側は上演に当たって犬王が最後に直面(ひためん)で演じることを条件とした。このとき犬王の顔はまだ異形のままだった。
犬王はこれを受け入れ、友有の琵琶と共演することを認めさせる。
犬王の父は自分ではなく犬王が舞うことに激しい嫉妬を燃やす。
義満の北山の邸で上覧演舞が始まる。
周囲が皆既日食の闇に包まれる中、犬王は舞い踊る。
しかし演舞を続けても普段のように平家の魂が成仏していかないという違和を犬王は友有に告げる。
友有は想念の世界で過去に遡り、犬王が生まれる前後に起きたことを見る。
それは次のような経緯だった。
芸道の上達を求めた犬王の父は魔力を持つ能面に頼り、能面の命じるまま独自の平曲を持つ琵琶法師を殺害し、魔力でその曲を自分のものとしていた。
だが犬王の父はさらなる精進を望み、能面は代償としてまだ母の胎内にいた犬王を求める。
この取引により、犬王は異形の姿で生まれたのだった(犬王の母は、胎内の犬王が異形の姿に変えられていく過程で苦しみ出し、立ったまま犬王を産み落として力尽きた)。
一方、犬王の演舞を見る犬王の父は、能面の精に犬王を潰せと命じる。
しかし、かつて代償として与えた犬王を潰せというのは筋が違うと能面は拒否し、逆に犬王の父を魔力で殺す。
犬王の父が消えた後、演舞の最後で面(おもて)を取った犬王は、人間の青年の顔を現す。
その後犬王を引見した義満は、今後は覚一による定本以外の平曲は舞わないことと、琵琶法師との交際を絶つことを犬王に指示する。
従わない場合は琵琶法師の首を河原に晒すという義満の言葉に犬王は同意する。
しかし、幕府は友有座に弾圧を加え、座のメンバーは次々に捕縛される。
幕吏に追われた友有は、「当道座」と名を改めた「覚一座」に逃げ込む。
定一は友有に「自分は当道座の友一と名乗れ」と勧めるが、自分の曲を歌うと主張する友有は拒む。
友有は一度は幕吏から逃がれたものの、等持院の足利尊氏墓前で琵琶とともに歌っているところを捕らえられる。
捕えられてもなお演奏をやめなかったため、友有は琵琶を弾く左右の腕を順に切り落とされた後、最期に自分の最初の名「友魚」を叫んで斬首される。
犬王はその後も義満の下で舞うが、後世において彼の曲は一曲も残らず、その名のみが残る。
時は再び現代、都会の交差点をバックに琵琶の演奏を続ける男の場面に戻る。
その正体は、切り落とされた両腕と首のみの姿で地縛霊と化した友有だった。
そんな彼の目の前に、犬王の魂が姿を表す。
曰く「最期に名前が変わったため、友有として探すことができず見つけるのに600年かかった」という。
再会した二人は、出会った頃の姿に戻って再会を喜び合いながら天に昇っていった。
登場人物
犬王(いぬおう)
声 - アヴちゃん(女王蜂)
物語の主人公。
「犬王」の名は自らが付けて名乗った設定。
演舞を通じて異形の姿から次第に人間の体を取り戻していく。
作中の中盤までは、ヒョウタンの実を割って作った面(目の箇所に穴がある)を顔に被っている。
友魚(ともな)
声 - 森山未來
物語のもう一人の主人公。
作中で名前は「友一(ともいち)」「友有(ともあり)」と変わる。
足利義満
声 - 柄本佑
室町幕府第3代将軍。
南北朝の統一が近づくと、異本の平曲を禁じるべきという考えを抱く。
犬王の父
声 - 津田健次郎
猿楽の一座・比叡座の棟梁で犬王の実父。
友魚の父
声 - 松重豊
友魚の実父。
宝剣の呪いに命を落とし、亡霊となって友魚に復讐を命じる。
しかし友魚の名が変わるたびに小さくなってしまい、最終的に復讐を諦め成仏した。
谷一
声 - 後藤幸浩※1
「覚一座」に所属する琵琶法師。
旅先の厳島神社で友魚と会い、弟子にする。
友有が幕吏に捕まりそうになったときには、助けようと身を挺して刃に倒れた。
覚一(かくいち)
声 - 本多力
「覚一座」の検校で座の長老。
『平家物語』の正本を編纂している。
定一
声 - 山本健翔
「覚一座」で覚一に次ぐ地位にある琵琶法師。
藤若(ふじわか)
声 - 吉成翔太郎
少年猿楽師で、美貌と舞の優雅さで義満に贔屓にされている。
後の世阿弥。
業子(なりこ)
声 - 松岡美里
犬王の演舞のファンになる。
平家の亡霊
声 - 大友良英
古い面※2
声 - 片山九郎右衛門・谷本健吾・坂口貴信・川口晃平
犬王の父が所蔵する能面。
何かを代償として芸道を授ける力を持つ。
※1.現役の薩摩琵琶奏者。
谷一役と琵琶監修を兼務した。
※2.代々の能楽師の念がこもっているという設定のため、4人の声が重ね合わされている。
『平家物語』に連なる物語として描かれたミュージカルアニメ
クール・ジャパンの粋を集めた時代劇アニメの傑作
序盤は本格時代劇アニメ
本作の序盤は、一見するとホラーかと見紛うような本格時代劇。
例えるなら『まんが日本むかし話』の少し怖い話の時ような趣だ。
独特の癖がある作画も、怖さを引き立たせるのに一役買っている。
『平家物語』というと源平合戦まで、すなわち壇ノ浦の戦いまでを描いた作品だと思われがちだろう。
だが本作はその後日譚。
失われた三種の神器のひとつ、草薙剣(くさなぎのつるぎ)を探すことから始まる。
なかなか珍しいアプローチだ。
しかし、とにかく設定が面白い。
誰もが知る『平家物語』の誰も知らない後日譚というのも、非常に興味深い。
そして物語が進むにつれ、小泉八雲著『怪談』(1904年〈明治37年〉刊行)に所収の『耳なし芳一』のような様相を呈してくる。
この展開ならば、本作をホラー作品だと勘違いしてしまっても無理はない。
だがそのミスリードが後々になって生きてくる。
クール・ジャパンの粋を集めた中盤から終盤
ところが中盤から物語は打って変わる。
能楽シーンが本格的に始まるからだ。
そしてそれは魂を揺さぶるような、圧巻の連続だった。
ライブ、ミュージカル、バレエ、フィギュアスケート…そして能楽。
時代劇アニメというフィルターを通して描かれていくあらゆる芸術。
ともすれば、軸がブレて現代劇のようになってしまっただろう。
それでも時代劇スタイルを貫き通せたのは、本作特有の作画によるところが大きい。
劇中で披露されるライブやミュージカルといった様々な芸術も、クオリティが非常に高い。
なかでも歌唱シーンは必見だ。
日本人のDNAに直接訴えかけるような、素晴らしすぎる挿入歌の数々。
是非とも聴いてほしい。
挿入歌
音楽を『あまちゃん』で知られる大友良英氏が担当、そして主演声優として犬王をロックバンド「女王蜂」のアヴちゃん、友魚を森山未來氏が演じている。
音楽については、琵琶の音色とロック・ミュージカルを融合させたものとなっている。
湯浅氏がイメージしたのはディープ・パープルやクイーンのような現代のロックだったが、それを琵琶の音を使って作るというところで苦労している大友氏のためにストーリーボードとムービーが用意された。
音楽が出来上がると、歌入れの時にアヴちゃんが歌詞をまとめ、森山未來氏の歌唱や大友のコーラスが追加されて歌が完成した。
昔の音楽から始まり、犬王が踊っているうちにそれが徐々に変わり、ダンスも「雨に唄えば」のようなものがあったりと色々なものが混ざって行き、それに伴ってキャストの二人も1970年代や1980年代のロックミュージシャンのイメージを入れて歌っている。
湯浅氏は「音楽の根源は、歌って踊って神様に捧げるような興奮がある。だからみんなにもっと踊ってもらいたいという気持ちがある」と自身の作品に音楽的リズムを刻んでいる理由を解説し、「『犬王』でもみんなもっと素直に頭を動かしたり、リズムに乗ったりしてほしい」と発言している。
本作は、とにかく音楽が素晴らしい。
そして歌がメチャクチャ上手い。
特に物語の最後に流れる「竜中将」は、あまりに予想を裏切られすぎて感動すら覚えた。
- 「独言」(アヴちゃん)
- 「腕塚」(アヴちゃん)
- 「鯨」(アヴちゃん)
- 「竜中将」(アヴちゃん、森山未來)
時代劇アニメの超傑作
これぞクール・ジャパンの粋
なんの予備知識もなく観始めたが、本作について著者は、少々気楽に考えすぎていたようだ。
なぜなら、これほど衝撃を受けた作品は久しぶりだったからである。
あまりに凄すぎて、上手く言葉で表現できない自分が酷くもどかしい。
とにかくいろいろ素晴らしい。
本作は基本的には時代劇アニメ。
それも『平家物語』がベースとなる、わりと本格的な時代劇である。
そこにライブやダンスといった、現代のパフォーマンスを取り入れた。
そのクオリティは半端ない。
現代文化を時代劇に盛り込んだ作品は数あれど、本作ほど芸術性を強く感じた作品は他にはないほどだ。
それなのに、作風には一切のブレがない。
琵琶法師がロック調で歌っていようが、能楽でコール&レスポンスしようが、根底では時代劇の体裁をしっかり保っている。
時代考証がしっかりしているから、れっきとした本格時代劇でもある。
だからといって古臭さを感じるどころか、時代の最先端すら感じられる先鋭的な描写の数々。
とにかく凄い、のひと言。
これほどの名作が、アニメファンの間でしか話題にならないことが非常に勿体無く思う。
本作がより多くの人の目にとまることを切に祈る。
世界に誇るべき作品
本作は世界に誇れる作品である。
視聴して率直にそう思う。
伝統的な日本の文化と、日本の最新文化の見事な融合。
これぞクールジャパンの粋、結晶である。
おまけに芸術性・娯楽性ともに申し分ない。
どんなに称賛の言葉を並べても陳腐に聞こえてしまうほど素晴らしい。
日本に名作アニメーションは数多くあれど、世界中の人にこれほど強く紹介したいと思った作品は初めてだ。
百聞は一見にしかず。
興味を持ったら是非観るべし。
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