アニメ
地獄楽
『地獄楽』とは
『地獄楽』(じごくらく)は、賀来ゆうじ先生による漫画およびメディアミックス作品。
ウェブコミック配信サイト「少年ジャンプ+」(集英社、以下「J+」)で、2018年1月22日より2021年1月25日まで毎週月曜更新で連載された。
賀来先生にとって2作目の連載作品。
江戸時代後期、死罪人・画眉丸らが不老不死の仙薬を探しに向かう忍法浪漫。
美麗かつ悲壮感あふれるタッチで、過酷な状況下の力強い人間ドラマを描き、「J+」の人気作品となった。
2021年12月時点でシリーズ累計発行部数は380万部を突破している。
2020年7月に『猫田びより』を抜いて以降、「J+」で最も総閲覧数の多い作品となっている(2023年7月現在)。
単行本は新刊が出るたびに即重版出来となり、2018年8月には「J+」人気No.1作品とされた。
2019年には、「集英社PUSH3作品」に「週刊少年ジャンプ」作品の『呪術廻戦』・『アクタージュ act-age』と並び選出された。
同年11月には『SPY×FAMILY』に人気No.1を譲ったものの、依然として「J+」の看板作品として扱われていた。
日本出版販売によると、読者層は男女に偏りなく高い人気を集めた。
また、『呪術廻戦』・『鬼滅の刃』・『約束のネバーランド』など、「ダークな世界観の作品」と併読されていたという。
2018年11月、『地獄楽』原画展が開催。
「週刊少年ジャンプ」2018年36・37合併号と2019年28号に出張掲載された。
2019年3月4日(49話)と2020年8月24日(番外編)ではキャラクター人気投票の第1回と第2回の結果がそれぞれ発表された。
2019年9月、小説版が発売された。2020年には「J+」でおおはし先生によるスピンオフ『じごくらく 〜最強の抜け忍 がまんの画眉丸〜』が連載された。
2020年8月 - 9月には、『地獄楽』大原画展が開催。
連載終了後に、テレビアニメ化および舞台化がそれぞれ発表。
テレビアニメは、2023年4月から7月までテレビ東京系列ほかにて放送された。
ナレーションは乃村健次氏。
2023年4月8日、テレビアニメの放送開始を記念し、特別編の読み切り『勿怪の森』を「J+」に掲載。
あらすじ
江戸時代末期となる頃、かつて最強の忍として畏れられた画眉丸は、死罪人として囚われていた。
そんな中、打ち首執行人・山田浅ェ門佐切に極楽浄土と噂される島から「不老不死の仙薬」を持ち帰れば無罪放免になり、誰からも二度と追われなくなると告げられる。
画眉丸は「愛する妻にもう一度会うため」に、仙薬探しの道を選ぶ。
無罪放免を求める他の死罪人達やそれに同行する山田一門と、一見美しいが恐ろしい化物の住む謎の島で仙薬を巡る戦いが行われる。
主要登場人物
画眉丸(がびまる)
声 - 小林千晃
本作の主人公の一人。
「画眉丸」は石隠れの里の筆頭を示す屋号で、本名ではない。
渾名はがらんの画眉丸で、血も涙もない「がらんどう」な人間という意。
一人称は「ワシ」。
小柄な体と白髪が特徴。
虚無的な性格だが、不満を根に持つ粘着気質な面もある。
湯船が苦手。
妻は石隠れ衆忍の長の娘・結(ゆい)。
愛妻家で結を侮辱されると激怒し、他の女性には照れることも無い。
氣は「火」で、火を扱う忍術に長ける。
得意忍術は「火法師(ひぼうし)」。
幼少期に石隠れの里長に両親を殺され、忍者として育てられた。
結と共に里を抜ける条件として請け負った任務で、仲間に裏切られ捕縛。
死罪になるも、斬首しようとしても刀が折れ、火刑に科しても燃えないなど、強靭な生命力で処刑できない。
派遣された佐切から、死を受容しているようで、愛する妻のために抵抗していることを指摘される。
結と再会するため佐切の提案を受け入れ、仙薬探しに参加する。
山田浅ェ門※ 佐切(やまだあさえもん さぎり)
声 - 花守ゆみり
本作の主人公の一人。
山田浅ェ門家現当主の実娘で、打ち首執行人。
試一刀流十二位。
一人称は「私」。
人の死を生業とする山田家に生まれた業を見極めるため、女性ながら御様御用(おためしごよう)の道を選んだ。
だが女性という理由だけで一部から冷遇されてしまう。
段位が低いのもそのため。
様々な想いが太刀筋を鈍らせるが、迷いが消えたときの実力は他の浅ェ門達も高く評価する。
彼女の気迫には画眉丸も死のイメージを見る。
当初は無表情且つ無愛想で融通が効かないが、島で画眉丸達と戦い抜くなかで自分の強さも弱さも受け入れて成長する。
初恋相手は同じ山田家一門の殊現。
彼のことは剣術などを含め今でも好意らしきものがあるように描かれる。
氣は「木」。
山田浅ェ門とは
斬首と試し切りを生業とする一門。
当主が名乗る名で、家名でもある。
当代当主は吉次。
流派は試(ためし)一刀流。
モデルは山田浅右衛門※。
位は実力のほか、次代当主としての適性で決まり、非世襲制。
幕府から浪人扱いされ、公職でないので決まった俸禄はない。
副業として刀剣鑑定、死体売買、死体を材料とした製薬なども行い、大きな収入を得る。
山田浅右衛門(やまだ あさえもん)とは
実在した人物。
江戸時代に御様御用(おためしごよう、御試御用)という刀剣の試し斬り役を務めていた山田家の当主代々の名乗り。
ただし、歴代当主には「朝右衛門」を名乗った人物もいる。
死刑執行人も兼ね、首切り浅右衛門、人斬り浅右衛門とも呼ばれた。
御様御用の役目自体は、腰物奉行の支配下にあったれっきとした幕府の役目であったが、山田浅右衛門家は旗本や御家人ではない、浪人の立場であった。
これは、死の穢れを伴う役目のためにこうした措置がとられたと解釈されがちである。
しかし、5代吉睦は、腰物奉行臼井藤右衛門に聞いた話として次のような記録を残している。
将軍・徳川吉宗の前で山田浅右衛門吉時が試し斬りをし、吉宗がその刀を手にとって確かめるということがあったという。
この時、吉時が幕臣になることを申し出ていれば、取り立てられたであろう。
しかしその機会を失ったために、浪人の立場のままとなった。
これが前例となり、浪人である山田浅右衛門家が御様御用を務める慣習になってしまった。
また、御様御用には技術が必要であるため、世襲の家系では水準を満たさない者が現れる可能性もあり、技術のある者がいる間だけの臨時雇いとして、山田浅右衛門家を浪人に留めたという説もある。
その他、旗本や御家人では後述する役目外の収入を得ることが困難となるため、吉時があえて浪人の立場を望んだのではないかという説もある。
山田浅右衛門家は多くの弟子を取り、当主が役目を果たせない時には弟子が代行した。
また当主に男子がいてもこれを跡継ぎとせず、弟子の中から腕の立つ者を跡継ぎに選んだ。
前述の通り技術が要求されたからであるが、同時に罪人の首を斬る仕事を実子に継がせることへの嫌悪があったともいう。
歴代の山田浅右衛門家で実子を跡継ぎにしたのは吉時・8代吉豊のみである。
弟子は大名家の家臣やその子弟が多く、中には旗本や御家人も存在した。
明治以降
幕府瓦解後、8代山田浅右衛門吉豊とその弟の山田吉亮は「東京府囚獄掛斬役」として明治政府に出仕し、引き続き処刑執行の役割を担った。
また1869年(明治2年)8月に手当金1カ月金5両で申し付けられてもいる。
しかし1869年(明治2年)の2・3月頃に東京府では、試し斬りが差し止められ、大きな収入源を失うことを危惧した山田浅右衛門は、同年6月に試し斬りの継続を求めた嘆願書を提出したが、1870年(明治3年)4月15日には太政官布告により、刑死者の試し斬りと人胆などの取り扱いが禁止され、山田浅右衛門家の大きな収入源が無くなることが決定的となった。
1880年(明治13年)には旧刑法の制定により、死刑は絞首刑となることが決定された。
翌1881年(明治14年)7月27日に市ヶ谷監獄にて強盗目的で一家4人を殺害した岩尾竹次郎、川口国蔵の2人の死刑執行が、日本法制史上最後の斬首刑(少なくとも当時の法で適法である状態で)であると共に、山田浅右衛門による最後の斬首刑となった。
1882年(明治15年)には刑法が施行され、斬首刑は廃止される。
吉豊は1874年(明治7年)に斬役職務を解かれ、吉亮も1881年(明治14年)に斬役から市ヶ谷監獄の書記となり、翌年末には退職している。
こうして「人斬り浅右衛門」としての山田浅右衛門家はその役目を終え、消滅した。
吉亮は1911年(明治44年)まで生き、四谷の床屋で脳溢血で急死したという。
享年58。
1938年(昭和13年)、浅右衛門の研究者たちが、7代吉利の孫娘の援助を受け、祥雲寺に「浅右衛門之碑」を建立した。
碑の裏面には3代以降の戒名と没年月日、辞世が刻まれている。
元ネタは徐福伝説?
徐福(じょふく、拼音: Xú Fú、生没年不詳)は、秦の方士。
斉国の琅邪郡(現在の山東省臨沂市周辺)の出身。
本来の表記は徐巿(じょふつ)。
日本に渡来したという伝説があるが虚構として知られている。
しかし、この伝説が日本に伝わって徐福の渡来という多くの創作が作られた。
徐福について記されているのは、『史記』始皇帝本紀と『漢書』郊祀志などの中国の史書である。
それらによると、徐福は斉、現在の山東省出身で、字は君房、またの名を徐市といった。
徐福は仙術の士で、なかでも採薬と煉丹とにすぐれた方士であったとされている。
秦の始皇帝の28年(前219)、斉の国の徐福が上書して「海上に蓬萊、方丈、瀛州という三神山があり、そこに仙人が住んでいるので、仙薬を探しに行きたい。」と願い出た。
当時の燕や斉といった地方では、神仙の術が流行しており、方士たちは上流階級に出入りして不老不死の術を広めていたのだ。
不老不死を熱望していた始皇帝は、徐福の願いをすぐに聞き届けられて、徐福が言うままに多数の童男・童女、良男女・五穀・百工などが与えられると、徐福は連れて仙人や仙薬を求める航海に出た。
多額の費用に対して全く成果がないことを訝しんだ始皇帝からの催促にも、徐福は口実を設けて引き伸ばし続けます。
そして、とうとう始皇帝が病没すると、徐福は出航して中国を離れて、その先で王となり、二度と中国に戻ってはこなかったという。
主題歌
- millennium parade × 椎名林檎「W●RK」
ロックバンド「King Gnu」の常田大希氏率いるmillennium paradeと椎名林檎さんは今回初めてのタッグとなる。
幅広い世代から絶大な支持を受ける2組のアーティストによる大注目のコラボレーション。
アニメ『地獄楽』のために書き下ろされたOPテーマのタイトルは「W●RK」。
常田氏が作曲を担当し、作詞は椎名さんと常田氏両名が筆を執った。
本作のために書き下ろされた歌詞に注目。
- Uru「紙一重」
Uruが作詞・作曲を手掛け、今作のために書き下ろした新曲。
歴史好きの心をくすぐる和風ダークファンタジー
本作を視聴してまず驚くのは、山田浅ェ門(山田浅右衛門)こと首切り浅右衛門が登場することだ。
この山田浅ェ門(山田浅右衛門)。
歴史好きの中でもなかなか出てこない名前であるが、歴史に裏付けられたたしかな設定に心がくすぐられる。
山田浅ェ門(山田浅右衛門)は江戸時代の人物であるから処刑人という立場ではあるが、武士でいうところの介錯人である。
必要以上に苦しませないよう一刀の元に首を落とさなければならない介錯には、実は相当な剣の腕が要求された。
これは本作の設定の通りである。
そのおかげというべきか、浅右衛門は独自の流派もたてている。
罪人の処刑のための斬首や、動かないものを斬るのを「すえもの斬り」または「試し斬り」という。
そしてこの「すえもの斬り」「試し斬り」の流派として、江戸時代初期に谷衛好と衛友親子が「試刀術」(試剣術)という流派を編み出した。
この「試刀術」(試剣術)を受け継いたのが、谷衛友→幕府旗本の中川重良→山野加右衛門永久となり、山野が専門的な試し切りを行ったとされている。
山野は6千人もの罪人を試し斬りして、供養のために永久寺を建立、その息子・久英が貞享4年(1685年)に御様御用(おためしごよう)として正式に幕臣となった。
しかし、次の次の代が技量不足で役目を果たせずお役御免となった。
その後は久英の弟子たちが御様御用を務めたのだが、そのひとりが初代・山田浅右衛門だった。
浅右衛門は久英の最後の弟子だったため、技と経験を息子に伝えたいと幕府に願い出て許可され、山田浅右衛門の家が代々御様御用の役目を務めるようになったとか。
もう、この時点で面白い。
加えて徐福伝説の要素まで加えられたら、歴史好きにはたまらない。
1st Season.では、キャラクターの紹介要素、謎のばら撒きに終始した感があり、物語の進展はさほどでもないが、原作未読の著者にとっては最終的な落とし所に興味津々。
2nd Season.への期待値しか残らない、程良い終わらせ方だったように思う。
なかなか際どい描写も散見されるが、それ以上に魅力的なキャラクターの過去には、なかなか観るべきところがある。
ファンタジーの王道である西洋風作品とは一線を画しているが、和風ダークファンタジーというのもそれほど悪くはないことを本作が実証している。
少しグロいが、興味がある人は是非。
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