...
...

完全趣味の世界

ioritorei’s blog

※当サイトではアフィリエイト・Google AdSenseによる広告を掲載しております。

【心に沁みる名言『大場嘉門(ラジオドラマ「NISSAN あ、安部礼司 ~ BEYOND THE AVERAGE ~」より)』】今日を精一杯生きるために…。#229

 

#229

心に沁みる名言

 

 

 

 

 

 

 

 

今日を精一杯生きるために…

 

 

明日ではなく今日。

今、この時を精一杯生きるあなたのために素敵な言葉を綴ろう。

 

 

 

大場嘉門(ラジオドラマ「NISSAN あ、安部礼司 ~ BEYOND THE AVERAGE ~」より)

 

 

ラジオドラマ『NISSAN あ、安部礼司 ~ BEYOND THE AVERAGE ~』第61回「え?安部くん、そおんな色が好きなのお?あ〜っはっはっはっ!」でのヒトコマ。

安部礼司くん、ついにスピリチュアルに開眼?

村野なずなちゃんが、突然の上京。

もらったお守り、ちゃんと持ってる?

そんなこんなで優ちゃんとパワーストーン屋さんに行くことになったのだがっ!

 

 

人は言葉で動く時がある

 

遣い方次第だ

 

 

NISSAN あ、安部礼司 脚本集 第1話~第5話セット(シーズン1): BEYOND THE AVERAGEセット本 (TOKYO FM出版)

NISSAN あ、安部礼司 脚本集 第1話~第5話セット(シーズン1): BEYOND THE AVERAGEセット本 (TOKYO FM出版)

 

 

言葉は、単なる情報の伝達手段ではない。

それは時に、人の心臓を直接鷲掴みにする呪文であり、呪いである。

言葉一つで絶望の淵にいる人間を救い出すこともできれば、何の気なしに放った一言が、一生消えない傷として相手を縛り付けることもある。

だから言葉には常に責任が付きまとう。

責任ある言葉には、魂が宿る。

たとえば、正しいことを言えば人が動くわけではない。

人は正論ではなく、その言葉に宿る覚悟や体温に動かされるのだ。

言葉の遣い方とは、テクニックではなく、魂の乗せ方なのである。

論理(ロジック)も大切だが、肝心なのは熱量(パッション)だ。

熱量(パッション)さえあれば、沈黙もまた言葉になる。

あえて語らないこと、あるいは一言だけを置くことの重み。

饒舌な説得よりも、たった一言の「信じている」が人を最も激しく動かす。

小賢しいテクニックでは、人の表面しか撫でることはできない。

魂を削り、覚悟を乗せた言葉だけが、人の深い場所を動かすのだ。

あなたが今日放つその一言は、誰かにとっての光か、それとも枷か。

 

 

あ、安部礼司スペシャル IMATSUBO HIGH-POSITION

あ、安部礼司スペシャル IMATSUBO HIGH-POSITION

 

 

 

☆今すぐApp Storeでダウンロード⤵︎

 

ペンギンの島

ペンギンの島

  • HABBY
  • ゲーム
  • 無料

https://apps.apple.com/jp/app/%E7%8C%AB%E3%81%A8%E3%82%B9%E3%83%BC%E3%83%97/id1581431235?itsct=apps_box_promote_link&itscg=30200&at=1010l36vU

 

 

 

 

【停滞する思考に一石を投じる苦言『大場嘉門(ラジオドラマ「NISSAN あ、安部礼司 ~ BEYOND THE AVERAGE ~」より)』】声にできない本音を言葉に…。#85

 

#85

停滞する思考に一石を投じる苦言

 

 

 

 

 

 

 

 

声にできない本音を言葉に…

 

 

何かと生きづらい世の中で、思ってはいても言葉にできない声がある。

感じていても声にするのが憚られる言葉がある。

それは耳障りが悪く、心地良い言葉ではないのかもしれない。

だが言葉にされて、はじめて気づくこともある。

本稿で取り上げる言葉は、ひとつ間違えれば暴言とも受け取られかねないものだ。

しかし何かを変えるためには、声に、言葉にしてより多くの人に考えてもらうべきだろう。

本稿が停滞する思考覚醒へのキッカケとなることを切に願う。

 

 

 

大場嘉門(ラジオドラマ「NISSAN あ、安部礼司 ~ BEYOND THE AVERAGE ~」より)

 

 

ラジオドラマ『NISSAN あ、安部礼司 ~ BEYOND THE AVERAGE ~』第61回「え?安部くん、そおんな色が好きなのお?あ〜っはっはっはっ!」でのヒトコマ。

安部礼司くん、ついにスピリチュアルに開眼?

村野なずなちゃんが、突然の上京。

もらったお守り、ちゃんと持ってる?

そんなこんなで優ちゃんとパワーストーン屋さんに行くことになったのだがっ!

 

 

人は言葉で動く時がある

 

遣い方次第だ

 

 

あ、安部礼司 シーズン2: BEYOND THE AVERAGE: ビヨンド・ザ・アベレイジ 2 (TOKYO FM出版)

あ、安部礼司 シーズン2: BEYOND THE AVERAGE: ビヨンド・ザ・アベレイジ 2 (TOKYO FM出版)

 

 

最近の政治家たちが遣う「公約」という言葉は、一体何を動かすためのものなのだろうか。

本来、公約とは国民との間に結ぶ血の契約であるはずだ。

その言葉を果たすために己の政治生命を懸け、退路を断つ。

そこには、魂や責任が宿っていなければならない。

しかし今の彼らにとって公約とは、単なる当選するための販促コピーに過ぎないようだ。

選挙前には威勢のいい耳障りのいい言葉を並べ立て、いざ議席を手にすれば「精査する」「注視する」「丁寧に説明する」という魔法の言葉で、事実上の破棄を繰り返す。

彼らにとって言葉とは、信念を届けるための矢ではなく、責任をはぐらかすための煙幕でしかない。

中身のない美辞麗句。

そこには熱量もなければ、覚悟の体温も感じられない。

小賢しいレトリックを駆使して、国民を動かすのではなく煙に巻く。

そんな無責任な言葉の積み重ねが、政治という舞台を、信用の置けない茶番劇へと変えてしまった。

古来より日本人が持つ「命を惜しむな、名こそ惜しめ」という美学は、今の永田町では死語なのだろう。

自らの言葉が汚れることよりも、今の地位に執着するその醜さ。

国民はもう、その言葉の裏にある空虚を見抜いている。

公約という名の空約束を並べる政治家に、問いたい。

魂を削らぬその言葉で、一体誰の心を動かせると信じているのか?

 

 

あ、安部礼司スペシャル IMATSUBO HIGH-POSITION

あ、安部礼司スペシャル IMATSUBO HIGH-POSITION

 

 

 

☆今すぐApp Storeでダウンロード⤵︎

 

日刊ゲンダイ

日刊ゲンダイ

  • SHIMBUN ONLINE INC.
  • ニュース
  • 無料

産経プラス - 産経新聞グループのニュースアプリ

産経プラス - 産経新聞グループのニュースアプリ

  • 株式会社産経デジタル
  • ニュース
  • 無料

 

 

 

 

美しき日本語の世界。[其の六十三]【「猫も杓子も」に化けた、江戸の粋な言語遊び】

 

其の六十三

美しき日本語の世界。

 

 

「猫も杓子も」に化けた、江戸の粋な言語遊び

 

 

 

 

 

 

 

「猫も杓子も」とは

 

 

「猫も杓子も」は、「誰も彼も」「なにもかも」という意味の慣用句である。

大勢の人や物が、一様に同じような行動や流行に参加している状況を指し、肯定・否定の両方で遣われる。

この言葉の由来や語源にはいくつかの説がある。

有力なのは、「禰子(ねぎ)と釈氏(しゃくし)」説。

神社の神官の補佐(禰宜)と仏教の僧侶(釈子)のことで、身分や立場に関わらずみんな、という意味が変化したと考えられている。

他には「女子(めこ)と弱子(じゃくし)」説。

これは女や子供を含め、皆、という意味が変化した説。

また、文字通り「猫やしゃもじ(杓子)」のようなありふれたものまで、という説がある。

 

 

 

野暮を笑いに変える知恵、喧騒に宿る命のアンサンブル

 

 

現代では「誰も彼もが同じことをして」と、少し冷ややかなニュアンスで使われることが多い「猫も杓子も」という言葉。

しかし、その語源のひとつとされる「女子(めこ)と弱子(じゃくし)」という説に触れると、この慣用句の見え方がガラリと変わる。

「女子」は愛しい女性や妻を、「弱子」は幼く、まだ力のない子供を指す。

愛する妻や、か弱き我が子。

本来なら、慈しみをもって語られるべき存在である。

しかし日本人は古来より、大切なものを真正面から語るのを野暮として避ける傾向があった。

そこで登場するのが、落語の枕にも通じるような文字りのセンスだ。

「女子」を、気ままで身近な「猫」へ。

「弱子」を、台所にある日常の道具「杓子」へ。

重たい愛情や切実な日常を、あえて「猫」や「杓子」といったユーモラスな対象にすり替えてしまう。

この軽妙なステップこそ、江戸の町人が愛した「粋」という美学ではないだろうか。

落語の世界でも、深刻な事態を冗談でくるみ、笑いに変えてしまう知恵が描かれる。

「女房も子供も、みんな夢中なんだ」と素直に言うのは気恥ずかしい。

けれど、「猫も杓子も、そりゃあ大騒ぎよ」と言い換えれば、そこにはカラッとした明るさと、同時に「生活のすべてが沸き立っている」という臨場感が生まれる。

人間を、あえて動物や道具に例えて笑い飛ばす。

それは対象を軽んじているのではなく、むしろ「日常のすべてを等しく愛でる」という、懐の深い遊び心なのだ。

「猫も杓子も」という言葉を口にする時、我々は無意識に、江戸の昔から続く言葉を遊ぶ精神を受け継いでいる。

堅苦しい理屈を、猫の鳴き声や杓子の音のように軽やかな響きに変えてしまう――。

そんな粋な文字りの魔法が、この言葉にはかかっているのだ。

「女子(めこ)と弱子(じゃくし)」説を推す理由はもうひとつ。

かつて、歴史の表舞台に名を残すのは、力ある男性や権力者ばかりだった。

しかし、この言葉が生まれた背景には、そんな記録からこぼれ落ちてしまう名もなき人々――家を守る女性や、未来を背負う小さな子供たち――までをも、ひとつのうねりの中に等しく迎え入れようとする、柔らかな視線が感じられる。

お祭り、祈り、あるいは新しい時代の変化。

そこに「女子も弱子も」加わっているという光景は、社会の隅々にまでその熱気が届いている証であり、ある種の平和の象徴でもあったはずである。

「猫も杓子も」という音の響きは、時代を経てユーモラスなものへと変化した。

けれど、その深層に「誰一人取り残さない、等身大の命の営み」という美しさが隠れているのだとしたら?

そう考えると、街にあふれる流行や喧騒も、少しだけ愛おしいものに見えてくる。

そこには、今を一生懸命に生きる「女子」や「弱子」たちの、ささやかなエネルギーが満ちているのだから。

 

 

もの書く人のかたわらには、いつも猫がいた: NHK ネコメンタリー 猫も、杓子も。

もの書く人のかたわらには、いつも猫がいた: NHK ネコメンタリー 猫も、杓子も。

 

 

猫と杓子について(小学館の名作文芸朗読): 小学館

猫と杓子について(小学館の名作文芸朗読): 小学館

 

 

 

☆今すぐApp Storeでダウンロード⤵︎

 

Yomiwa JP Dictionary(多言語辞書)

Yomiwa JP Dictionary(多言語辞書)

  • Nomad AI OU
  • 辞書/辞典/その他
  • 無料

nemo 日本語

nemo 日本語

  • Nemo Apps LLC
  • 教育
  • 無料

言葉で育成!ことだま日記

言葉で育成!ことだま日記

  • Polaris-x
  • ゲーム
  • 無料

 

 

 

 

今すぐ誰かに話したくなる知的雑学【知識の泉】「もしもソ連のロケットが1ミリもズレずに完璧だったら、今のスマホはただの電話だった!?」

 

知識の泉

今すぐ誰かに話したくなる知的雑学

 

 

もしもソ連のロケットが1ミリもズレずに完璧だったら、今のスマホはただの電話だった!?

 

 

 

 

 

 

 

知識は力なり

 

 

かの有名なイギリスの哲学者、フランシス・ベーコンは言った。

「知識は力なり」と。

この言葉には、読んで字の如く「知識は自身の力になる」という意味とは別に、「経験によって得た知識を、いかにして実践的に使用することができるのか」という意味も込められている。

雑学も同様だと思う。

実際には、生きていく上で何の役にも立たないと思われている、どうでもいい情報群。

それが雑学という分野といえるだろう。

しかし雑学で得た知識を、どのように使うのかは人それぞれ。

普段の話のネタに困っている人。

トーク力を上げたい人。

飲み会やデートなどで知識を披露したい人。

知識を吸収したいけどあれこれ調べるのが面倒な人。

そして、物事の本質や奥深さを知りたい人。

純粋に「なるほど!」と思いたい人まで。

当たり前に感じていたことも、角度を変えた視野からみることで、別の面があることに初めて気付かされる。

その知識を他人にひけらかすだけでなく、その知識をもとに、固定観念から解放され、世の中の見え方を変えようではないか。

さすれば、「知識は力なり」の言葉の意味を実感できるはずである。

 

 

 

宇宙開発におけるたった1ミリの恐怖

 

 

現代の我々に欠かせない「インターネット」。

実はその誕生の裏には、宇宙開発における「たった1ミリの恐怖」が生んだ、壮大な逆転劇があった。

始まりは1957年。

ソ連が人類初の人工衛星「スプートニク」の打ち上げに成功した。

これに震撼したのがアメリカ。

「ソ連のロケット技術が、1ミリの狂いもなく正確に衛星を軌道に乗せられるなら、同じ技術で核ミサイルをアメリカ本土に正確に撃ち込めるということじゃないか!」 

この「1ミリの精度の差」への恐怖が、アメリカにある決断をさせることになる。

それが、「もし核攻撃で司令部が1箇所でも破壊されても、通信が途絶えないネットワークを作れ!」という命令だった。

アメリカは核攻撃への恐怖から、従来の「1箇所が壊れると全部ダメになる通信網」を捨て、網の目のような「分散型ネットワーク」の研究を開始。

1969年、インターネットの原型となる「ARPANET」が誕生することになる。

軍事用だった技術が大学や民間に広がり、今のWebやSNS、スマホへ転用。

現代のネット社会へと繋がった。 

あの時もし、ソ連のロケット技術がもっと未熟で、アメリカが「1ミリのミスくらいあるだろう」とタカをくくっていたら……。

もしかしたら軍はわざわざ莫大な予算を投じて、複雑なネットワークを開発することはなかったかもしれない。 

「宇宙へのたった1ミリの精度」への恐怖が、巡り巡って、あなたが今この記事を読んでいるインターネットという巨大なインフラを生み出したのである。

 

 

宇宙ロケット工学入門

宇宙ロケット工学入門

 

 

「ネットワーク、マジわからん」と思ったときに読む本

「ネットワーク、マジわからん」と思ったときに読む本

 

 

 

☆今すぐApp Storeでダウンロード⤵︎

 

QuizKnock

QuizKnock

  • baton Inc.
  • 教育
  • 無料

 

 

 

 

【アニメーション映画『算法少女』】江戸の町娘も宇宙の真理を知っていた!?実在の和算書が示す鎖国下日本の驚異の知的水準。

 

アニメーション映画

算法少女

※本稿はネタバレを含みます。ご注意下さい。

 

 

江戸の町娘も宇宙の真理を知っていた!?実在の和算書が示す鎖国下日本の驚異の知的水準

 

 

 

 

 

 

 

アニメーション映画『算法少女』とは

 

 

江戸時代に刊行された和算書『算法少女』

当時の和算書としては唯一、著者が女性名義の本である。

和算書と言うからには、内容は和算(日本独自の数学術)の問題と解答方法が記されているだけであり、小説のように特に物語があるわけではない。

現在では国立国会図書館などでわずかに見る事が出来る珍しい本となっている。

この江戸時代に書かれた「算数の問題集」が、どのような経緯で世に出されたのか想像力豊かに物語にしたのが、遠藤寛子先生の小説『算法少女』(1973年岩崎書店より当時出版)。

本アニメーション作品はこの遠藤寛子先生の小説が原作となる。

作品に登場する実在の人物としては有馬頼徸(筑後国久留米藩の第7代藩主)、藤田貞資(江戸の数学者)、谷 素外(江戸時代の文人・俳人)、本多利明(江戸の数学者、経済思想家)などが名を連ねている。

物語は有馬頼徸(ありまよりゆき)が参勤交代で現在の福岡県から江戸へ出向き居を構えている時期が背景。

頼徸公自身、関流の数学者でもあり、映画本編でも登場する『拾璣算法(しゅうきさんぽう)』という和算書を、家臣豊田文景の名を借りて明和4年に出版している。

学問の好きな人物だが、頼徸が久留米藩で政務を執り始めた時期に大規模な飢饉が起こり、この為に百姓一揆が発生してしまっていた。

「藤田貞資(ふじたさだすけ)は、この映画の為に日本学士院で資料として肖像画を拝見しましたが、とても良いお顔で本作品のようなイジワルな印象は受けませんでしたよ(笑)」

谷素外(たにそがい)に関しては、実は「写楽は谷素外だったのではないか?」というミステリーがあったが、現在では否定されている。

本多利明は、あまり資料がないのだが目を通した論文のうちに「隠れキリシタンだったのかもしれない」という文献もあり、これは面白いと思い作品中の本多邸にはステンドグラスをあしらう事に。

などなど、調べると隠れた部分に隠れたエッセンス。

そういったエッセンスを全て拾えたとは思わないがアニメーションという一見派手なオモテ面の裏に静かに流れる歴史のようなものも調べると大変面白い。

西洋の数学が入って来て、失われていった和算ですが、消滅はしていない。

和算の血脈は今尚受け継がれている。

今年(2016年)のはじめ頃、江戸東京博物館で行われた『算額コンテスト』を見学に行ったのだが、多くの少年少女が和算に目を輝かせていた。

本作品はそんな算法少年、算法少女たちに捧げる事が出来たら嬉しく思う。

 

 

算法少女

算法少女

 

 

原作:『算法少女』/ 遠藤寛子

 

『算法少女』は、児童文学作家の遠藤寛子先生による少年少女小説。

1973年に岩崎書店から出版され、のち2006年にちくま学芸文庫から復刊された。

1775(安永4)年に出版された和算書『算法少女』を題材にして書かれ、物語も安永4年に時代が設定されている。

 

 

算法少女 (ちくま学芸文庫)

算法少女 (ちくま学芸文庫)

 

 

和算書:『算法少女』

 

1775(安永4)年に出版された和算書。

当時の和算書で唯一、著者が女性名義になっている珍しい本であり、現在では国立国会図書館などでわずかに見ることの出来る稀覯本である。

国会図書館に所蔵されている資料は国立国会図書館デジタルコレクションで閲覧できる。

また、1935(昭和10)年に謄写版が古典数学書院から復刻された。

『算法少女』序文によると、娘が父親の協力の下にこの本を著わしたとあるが、本名はない。

父親は壺中隠者、娘は単に平氏とあり、同時に章子の印章がある。

当時は弟子の名前で師匠が自分の業績や研究を発表することが行われていたので、実際の著者は「壺中隠者」と見られる。

しかしそれでも、この時代の和算書に女性が名前を連ねるのは他に例がなく、その意味でも日本の文化史上貴重な本といえる。

跋文(あとがき)は俳人の谷素外(号は一陽井)が記している。

和算が学問であると同時に趣味的な分野として受け止められていたことが窺える。

著者「壺中隠者」の正体については長く不詳のままだったが、数学史家・三上義夫氏の研究によって医師・千葉桃三であることが明らかになった。

 

 

 

あらすじ

 

 

1775(安永4)年、浅草寺に友達と参詣に出かけたあきは、算額を掲げる一団に出遭う。

掲額しようとしていたのは、旗本の子弟水野三之助であった。

三之助は日頃から、関流宗統の藤田貞資の直弟子であることを鼻にかけていた。

あきはついその算額の誤りを指摘してしまい、三之助の怒りを買う。

一度は折れて事を収めようとするあきだったが、三之助の執拗な追及に、父千葉桃三譲りの算法の腕で逆に三之助を論破してしまう。

そのことが評判となり、算法家としても知られる久留米藩主有馬頼徸から、あきを姫君の算法の指南役にしたいという話が、父の友人の谷素外を通して舞い込んできた。

屋敷勤めに興味はないものの、逼迫する家計を助けるため、貧しい子供たちに算法を教える塾を開く資金を得るため、あきはしぶしぶ承諾する。

異例の出世と周囲は舞い上がるが、有馬家には三之助の師匠の藤田貞資も家臣として仕えていた。

藤田は関流の面子を守るため、流派から算法に長けたもう一人の少女、中根宇多を呼んで、あきに勝負を挑んできた。

二人の算法少女の火花が散る。

 

 


www.youtube.com

 

 

 

登場人物

 

 

千葉あき

 

本編の主人公。

13歳。

父から手ほどきを受け、算法に特異な才能を見せる。

娘らしい遊びや習い事より算法を好んでいるが、流派間の競争心に囚われている大人とは異なった目で算法を見ている。

貧しい子供たちに無償で算法を教えていて、塾を開く夢を持っているが、そのための資金がない。

家計も逼迫していて悩んでいるところへ有馬家から姫君の算法の指南役にと招かれ、不本意ながら足を運ぶことになる。

 

 

千葉桃三

 

あきの父。

上方出身の町医者で、特定の流派に属さない算法家。

号は壺中隠者。

進んだ算法を学ぶ夢を持って江戸に出てきたが、流派意識の強い関流の算法家に入門を断られ、今でも恨みに思っている。

本人は壺中の隠者(世俗に惑わされず、内面の楽しみを追求する)を気取っているが、医師としては貧しい者を無料で診てやる人情家。

たまにまとまった診察料が入ると算法の本を買ってしまい、家計はいつも逼迫していて妻や娘を心配させている。

 

 

千葉多津

 

桃三の妻であきの母。

趣味に没頭する桃三を良く思っていない。

あきには娘らしい習い事をさせたいと願っている。

桃三と多津の間には、あきの他に長崎に修行に行っているあきの兄がいるが、本編には登場せず消息が語られるのみである。

 

 

谷素外

 

桃三の幼馴染。

一陽井の号を持つ俳人で談林派七世。

桃三と違って世事に長け、有馬家などの武家や文人に縁故を持つ。

桃三とは損得抜きの間柄で、あきの算法指南役の件でも何かと千葉家の世話を焼く。

盗用の疑いをかけられたあきの汚名を雪ぐため、和算書の出版を持ちかけ、『算法少女』出版の運びとなる。

 

 

水野三之助

 

旗本の子弟。

若年ながら藤田貞資の直門であることを鼻にかけている。

浅草寺に算額を奉納しようとして誤りをあきに指摘され、恨みを抱く。

 

 

有馬頼徸

 

久留米藩21万石の藩主。

算法家としても有名で、1769(明和6)年に豊田文景の名で『拾機算法』を著した。

あきの噂を聞いて、姫君の算法の指南役として召し抱えようとするが、横槍が入る。

 

 

藤田貞資

 

有馬家家臣。

当時の算法最大流派である関流の宗統(家元)。

関流の門人でもなく、弟子の三之助に恥をかかせたあきを頼徸が召し抱えようとするのを面白く思わず、中根宇多との勝負を持ちかける。

物語中では流派意識に凝り固まった悪役として描かれている。

 

 

中根宇多

 

算法を得意とするもう一人の少女。

算法家・中根元圭、彦循親子の遠縁で、あきと同じ13歳。

あきと勝負をすることになる。

 

 

本多利明

 

あきが訪ねる算法家。

海外の事情にも通じていて、藤田と同じ関流でありながら、流派意識に囚われそうになるあきを「身分も流派も男女の別も関係ない。算法ほど厳しく正しい学問はない」とさとす。

 

 

山田多門

 

謎の武士。

あきが子供たちに算法を教える木賃宿・松葉屋の周囲に出没する。

やがてあきのペースに乗せられ、一緒に子供たちに読み書きを教えることになる。

浪人を名乗ったが、実は有馬家家中の侍吉田郁之進で、松葉屋に近付いたのには理由があった。

 

 

伊之助

 

松葉屋に宿泊する老人。

出稼ぎに出て行方不明になった息子を探すため、孫の万作とともに江戸に来て、体を壊した。

あきは伊之助に薬を届けた縁で、木賃宿に寄宿する子供たちに算法を教えることになった。しかし、伊之助の本当の目的は別にあった。

 

 

万作

 

伊之助の孫。

表向きは、行方不明の父親を探すために江戸にやってきた。

あるものをあきに託す。

 

 

 

世界を予言した江戸の天才たち――鎖国下日本の驚異の知的水準

 

 

まず目を引かれたのはその独特な作画だ。

近年の緻密で滑らかなアニメーションとは一線を画す、どこか素朴で温かみのあるタッチ。

記号化されたアニメというより、一枚一枚の画が動いているような、まるで紙芝居や動く絵本のような独特のタッチは懐かしい感覚を覚える。

それがかえって、江戸時代の空気感を真っ直ぐに伝えてくれる。

この手作り感のある映像こそが、本作に惹かれた一番の理由かもしれない。

『算法少女』というタイトルにも惹かれた。

実に個性的なこの聞き慣れないタイトルが描き出す物語の核心にあるのは、数学を宇宙の真理として捉える視点。

主人公・あきにとって、算盤を弾き、数式を解くことは単なる計算ではない。

算法、つまり数学は、世界の成り立ちや宇宙の美しさに触れる、神聖でワクワクするような冒険なのだ。

今、この瞬間も宇宙は広がっている

そんな宇宙の神秘を知ることは、人類にとって永遠の夢である。

おかげこちらの数学脳もビシビシ刺激されていく。

数学は苦手、宇宙に興味がないという人もご安心あれ。

彼女が難問の先に広大な真理を見出す描写は、数学に疎い人の心にも、未知の世界が開けるような高揚感を与えてくれるはずだ。

寸尺法を使っているので、少しわかりづらいかもしれないけど…。

なるほど、だから『算法少女』というわけだ。

勝手にそう思い込んでいた。

劇中に登場する書物には発行年のテロップがつくものがある。

それが実際の年号と合致した時、ある可能性が頭をよぎる。

もしかして『算法少女』は実在した?

観終わって、急ぎ調べる。

そして思った通り、この『算法少女』が実在した書物であることを知る。

1775(安永4)年に出版されたその書物が、時を超え、アニメーションとして今息を吹き返している。

物語の終盤、歴史の地続きに我々が立っていることを実感したとき、あきの情熱は単なるフィクションを超えた重みを持って迫ってくる。

同時に、あなたは当時の高い知識レベルに驚かされるだろう。

『算法少女』が当時の和算書で唯一、著者が女性(平章子)名義の非常に珍しい本であり、江戸時代の庶民がどのように数学を楽しみ、日常生活に活かしていたかをよく知ることができる。

そして鎖国政策により、世界から取り残されていたと思われがちな江戸時代の見方が変わるはずだ。

1763(宝暦13)年に、幕府の公式な暦(宝暦暦)が予測していなかった日食を、独自の計算(ケプラーの法則を応用)を用いて1年前に予言し、的中させた江戸時代の天文学者・麻田剛立(あさだごうりゅう)。

1800(寛政12)年から17年間かけ、日本全国約36,000kmの距離を歩き測量し、現代の衛星測量とも遜色ない高精度な初の科学的実測日本地図「大日本沿海輿地全図」を完成させ、国土の姿を明確にした伊能忠敬。

江戸時代の日本にも、世界に誇るべき日本人がたくさんいた。

願わくば、そういうことも同時に知ってほしい。

本作は知的好奇心を忘れた大人にこそ観てほしい、静かではあるが熱いエネルギーに満ちた作品である。

研究や芸術に金を出し渋る今だからこそ、多くの人の目にとまることを切に願う。

 

※.今、この瞬間にも宇宙は広がっていている

最新の研究では、空間自体は膨張しておらず、原子の大きさや時間の経過が当初から3〜4割小さくなっていることで、宇宙が膨張しているようにみえているとする解釈(物質の縮小説)もある。

 

 


www.youtube.com

 

 

 

☆今すぐApp Storeでダウンロード⤵︎

 

Netflix

Netflix

  • Netflix, Inc.
  • エンターテインメント
  • 無料

Amazon Prime Video

Amazon Prime Video

  • AMZN Mobile LLC
  • エンターテインメント
  • 無料

 

 

 

 

【日本映画『栄光のバックホーム』】豪華キャストというノイズ…名優たちが実話の重みを薄めていくなか唯一嘘がなかった本物の背中。

 

日本映画

栄光のバックホーム

※本稿はネタバレを含みます。ご注意下さい。

 

 

豪華キャストというノイズ…名優たちが実話の重みを薄めていくなか唯一嘘がなかった本物の背中

 

 

 

 

 

 

 

日本映画『栄光のバックホーム』とは

 

 

野球に生き、

仲間に支えられ、
家族に愛された。

その全てが胸を打つ、

かけがえのない真実が

そこにあったー。

 

2023年、阪神タイガース

18年ぶりのリーグ優勝の年に28年の生涯を駆け抜けた選手と 支え続けた人たちの実話、感動の映画化

 

横田慎太郎

2013年のドラフト会議で阪神タイガースに 2位指名され、背番号24を背負う若きホープとして将来を期待されるも、21歳で脳腫瘍を発症。

引退を余儀なくされた彼が最後の試合で魅せた "ラストプレー" は、野球ファンのみならず、多くの人々の心に深く刻み込まれた。

その一球に込められたドラマを描いた横田選手の自著「奇跡のバックホーム」と、彼が 2023 年に 28歳でその生涯を閉じるまで、家族と共に闘い続けた人生の軌跡を描いたノンフィクション「栄光のバックホーム」が、製作総指揮を見城徹氏と依田巽氏、『20歳のソウル』の秋山純氏が企画・監督・プロデュース、中井由梨子さんが脚本を務め、[幻冬舎フィルム第一回作品]となる『栄光のバックホーム』として映画化。

本作では、慎太郎の野球選手としての雄姿と、引退後の家族や仲間、恋人との知られざる軌跡が描かれる。

主人公の慎太郎を演じるのは新人の松谷鷹也氏。

亡くなる直前の慎太郎の元へ毎日通い、本人から譲り受けたグラブで "奇跡のバックホーム" を完全再現。

W主演として母・まなみさんを演じるのは名優、鈴木京香さん。

揺らがない息子への愛を体現する。

そして、日本屈指の演技派俳優陣が物語を彩る。

主題歌は慎太郎の心の支えで現役時代の登場曲だった、ゆずの「栄光の架橋」

阪神が 18年ぶりのリーグ優勝を決めた2023年 9月、甲子園球場で 4万人の観客が慎太郎に向けて大合唱した不朽の名曲だ。

野球と、家族と、人を愛し続けた彼の生き様は、きっと私たちに前へと進む勇気を与えてくれるだろう—。

 

 

原作:横田慎太郎『奇跡のバックホーム』(幻冬舎文庫)、中井由梨子『栄光のバックホーム 横田慎太郎、永遠の背番号24』(幻冬舎文庫)

 

 

「栄光のバックホーム」+「奇跡のバックホーム」 横田慎太郎選手 セット

「栄光のバックホーム」+「奇跡のバックホーム」 横田慎太郎選手 セット

 

 

 

あらすじ

 

 

彼の夢を支え、ともに歩んだ道のり。

それぞれのドラマ。

 

2013年のドラフト会議で阪神タイガースに2位指名された横田慎太郎、18歳。

甲子園出場を逃すもその野球センスがスカウトの目に留まり、大抜擢された期待の新人だ。

持ち前の負けん気と、誰からも愛される人間性で厳しいプロの世界でも立派に成長を遂げていく慎太郎。

2016年の開幕戦では一軍のスタメン選手に選ばれ、見事に初ヒット。

順風満帆な野球人生が待っていると思われたその矢先、慎太郎の体に異変が起こる。

ボールが二重に見えるのだ。

医師による診断結果は、21歳の若者には残酷すぎる結果だった。

脳腫瘍─。

その日から、慎太郎の過酷な病との闘いの日々が始まる。

ただ、孤独ではなかった。

母のまなみさんら家族、恩師やチームメイトら、慎太郎を愛してやまない人たちの懸命な支えが彼の心を奮い立たせるのだった。

そして、2019年9月26日、引退試合で慎太郎が魅せた "奇跡のバックホーム" は人々を驚かせ、感動を呼んだ。

だが、本当の奇跡のドラマは、その後にも続いていたのだった…。

 

 


www.youtube.com

 

 

 

登場人物

 

 

  • 横田慎太郎:演 - 松谷鷹也
  • 横田まなみ:演 - 鈴木京香
  • 北條史也:演 - 前田拳太郎
  • 小笠原千沙:演 - 伊原六花
  • 横田真子:演 - 山崎紘菜
  • 遠藤記者:演 - 草川拓弥
  • 田中秀太:演 - 萩原聖人
  • 土屋明洋:演 - 上地雄輔
  • 掛布雅之:演 - 古田新太
  • 金本知憲:演 - 加藤雅也
  • 鍵山博久:演 - 小澤征悦
  • 川原潔:演 - 嘉島陸
  • 村上華:演 - 小貫莉奈
  • 幸原美玖:演 - 長内映里香
  • 安井直太:演 - 長江健次
  • 虎風荘の寮長:演 - ふとがね金太
  • 瀬川哲也:演 - 石川薫
  • 間島恒:演 - 西本銀二郎
  • 杉田漣:演 - 長野凌大
  • 鳥谷敬:演 - 橋谷拓玖
  • 梅野隆太郎:演 - 米加田樹
  • 岩崎優:演 - 峯統哉
  • 岩貞祐太:演 - 小林知史
  • 中谷将大:演 - 坂井友秋
  • 若林:演 - 森岡豊
  • 荒木:演 - とこわか吾郎
  • 澤居修:演 - 平泉成
  • 沼田徹:演 - 田中健
  • 門倉勉:演 - 佐藤浩市
  • 平田勝男:演 - 大森南朋
  • 川藤幸三:演 - 柄本明
  • 横田真之:演 - 高橋克典

 

 

 

主題歌

 

 

  • ゆず「栄光の架橋」

 

主題歌には、横田選手が現役時代の登場曲として使用し、闘病中の心の支えにもしていたゆずの「栄光の架橋」を起用。

阪神タイガースが18年ぶりのリーグ優勝を決めた2023年9月、甲子園球場で4万人の観客が大合唱したことでも知られる名曲が物語に華を添えている。

 

 


www.youtube.com

 

 

 

実話の重みを乖離させた無用な演出の中で際立つ二人の本物感

 

 

2023年7月、惜しまれつつこの世を去った横田慎太郎選手の闘病生活と、彼を献身的に支え続けた母・まなみさんとの絆、そして今も語り継がれる "奇跡のラストプレー" を描いたヒューマンドラマ。

本作は、つまり実話ベースの物語である。

どこまで実話なのかがわからない以上、シナリオ云々については論じない。

あくまでイチ映像作品としての感想のみを記す。

本作にかける制作陣の並々ならぬ意欲は、俳優陣をみればわかる。

古田新太氏、大森南朋氏、佐藤浩市氏、柄本明氏らベテラン俳優を贅沢にキャスティングしているあたり、よほど成功させたかった作品であることが窺える。

人気球団である阪神タイガースの、しかも未来のスター選手候補の物語であるなら、当然と言えば当然のことなのかもしれない。

大人の事情のような、そういうプレッシャーがなかったといえば嘘になるのだろう。

だが、それが完全に裏目に出てしまったようだ。

古田新太氏や大森南朋氏や柄本明氏は、たしかに素晴らしい名優だ。

これほどのベテランともなれば、演じれば何にでもなれると思っているのかもしれない。

だが彼ら名優の演技は、はっきり言ってプロスポーツ選手の実話を扱う作品に不向きと言わざるを得ない。

川藤や掛布という、あまりにキャラの濃い実在のレジェンド。

彼らレジェンドを演じるために、名優たちは少しでも野球の練習をしたのだろうか?

この場合、野球の上手い下手は関係ない。

が、経験の有無はその佇まいに表れる。

バックボーンのない演技は透けて見え、ドラマではなく、配役の妙を楽しませようとする演出に見えてくる。

結果、リアリティは失われ実話の重みからも乖離して、感動の物語は薄められてしまった。

ただし上地雄輔氏のキャスティングにのみ、圧倒的なリアリティがあったことは特筆すべき点である。

ご存知の通り、上地雄輔氏は甲子園の常連である横浜高校野球部出身というガチの野球人。

それも、あの松坂大輔選手と最初にバッテリーを組んだという本物中の本物だ。

このバックボーンがあるからこそ、その佇まいには嘘がなかった。

スポーツ作品には、こういう本物感が重要だ。

しかしせっかくのその本物感も、名優という大看板に埋もれていく。

川藤や掛布という、あまりにキャラの濃い実在のレジェンドを演じる俳優に求められたのは、演技力以上に野球人としての匂いではなかったか。

どんなに素晴らしい名優たちであっても、グラウンドに立った瞬間の所作や背中の見せ方までは、一朝一夕の練習では誤魔化せない。

いや、下手すれば一朝一夕の練習すらしたのかどうか。

その結果、"感動の実話" が "配役の妙を楽しむお祭り" に変質してしまった。

実話ベースの作品に目がない著者には、それが心底残念でならない。

そうやって脇役が物語を薄めていく中、孤軍奮闘の輝きを放っていたのが主人公・慎太郎を演じた松谷鷹也氏。

元高校球児という経歴を持つ松谷氏もまた、劇中でひとつの奇跡を起こしている。

それは本編のクライマックスともいえる "奇跡のバックホーム" のシーンでのこと。

このシーンを松谷鷹也氏は、自らの手で完全再現したという。

この、魂を込めた熱演はエンドロールで奇跡に変わる。

エンドロールでは、おそらく実際の映像であろう "奇跡のバックホーム" が映し出される。

 

 


www.youtube.com

 

 

驚くべきは、それが松谷鷹也氏の再現と寸分違わぬ映像だったことである。

ボールの落ちた場所から返球までの所作、ボールのズレ方、ランナーのヘッドスライディングからキャッチャーのタッチまで、何から何までまったく同じ映像のよう。

先に「"おそらく" 実際の映像であろう」と記したのは、そのためだ。

少なくとも、一度観ただけでは著者に実際の映像と再現の違いはまったくわからなかった。

非常に地味だが、これはとても凄いことだ。

あの "奇跡のバックホーム" を完全再現するために、いったい何度撮り直したことだろう。

2軍の試合だったためか、実際の映像にはおそらく引きの映像しか残されていない。

しかし完全再現では、あらゆる角度の映像が追加されている。

松谷氏は、本作の企画立ち上げ当初から取材を通して横田選手と交流を深めていた。

そして "奇跡のバックホーム" の完全再現には、生前の横田選手から譲り受けたグラブを使用したという。

そういう想いは必ず伝わる。

必ず映像に表れる。

そしてそういう姿勢こそが、実話の重みを支える本物感なのである。

この魂を込めた熱演を奇跡と言わずして、何を奇跡と呼ぶのか。

演じれば何にでもなれると勘違いした大看板たちから、こういう熱い想いはもう失せてしまったのだろうか。

 

※.横田慎太郎

※.川藤や掛布

あえて敬称は略させていただきます。

 

 


www.youtube.com

 

 

 

☆今すぐApp Storeでダウンロード⤵︎

 

Netflix

Netflix

  • Netflix, Inc.
  • エンターテインメント
  • 無料

Amazon Prime Video

Amazon Prime Video

  • AMZN Mobile LLC
  • エンターテインメント
  • 無料

 

 

 

 

寿限無

 

落語『寿限無』は言葉のインフレと消えゆく本質

 

 

 

 

 

 

 

落語『寿限無』

 

 

かわいい男の子が生まれ、七日経つのでそろそろ名前を考えようとする八五郎とおかみさん。

でも、子どもの名前をつけたことがないので、どんな名前がいいのかわからない。

そこで、物知りなお寺の和尚さんに名づけ親になってもらおうと、さっそく八五郎は和尚さんを訪ねることに。

おめでたい、長生きするようないい名前を考えてもらいたいと言われた和尚さん。

「では、仏教のお経に書かれた言葉で、これは私も本物を見たわけじゃないんだけど『寿限無(じゅげむ)』というのがある。どうじゃ?」

「寿限無」とは、「寿(ことぶき)限(かぎ)り無(な)し」、つまりは「おめでたいことがずっと続く。死ぬことがない」という意味。

喜んだ八五郎。

「まだほかにありませんか?」

和尚さんに尋ねる。

「『五劫(ごこう)のすり切れ』というのがある。天女が三千年に一度、天から下界におりてきて、衣で大きな岩をひらりとなでる。三千年に一度またおりてきて、ひらり。また、三千年に一度、ひらり。そしてこの岩がすりきれてなくなってしまうのを一劫(いっこう)という。五劫だからその五倍。何千、何億、何兆年と果てしなく続くところがおめでたい」

と和尚さん。

 「いいねえ、めでたいねえ。まだ他にありますか?」

すると和尚さん、

「『海砂利水魚(かいじゃりすいぎょ)』というのがある。海砂利は海の砂、水魚は海の魚。捕っても捕ってもとりつくせないというところが、果てしが無くておめでたい」

「まだ他にありますか?」

「『水行末(すいぎょうまつ)、雲来末(うんらいまつ)、風来末(ふうらいまつ)』。水の行く末、雲の行く末、風の行く末。どこまで追っかけても果てしがないところがおめでたい」

まだ他にあるかと聞かれ、

「『食う寝るところに住むところ』。これは人間が生きていく上で必要なもの」

 まだ他にと聞かれ、

「『やぶらこうじのぶらこうじ』。やぶらこうじという木があってな。春、若葉を生じ、夏、花がさき、秋に赤き実をそえて、冬に霜をもしのぐという、まことにおめでたい木だな」

まだ他にと聞かれ、

「昔の唐土(もろこし)に『パイポ』という国があった。そこに『シューリンガン』という王様と『グーリンダイ』というお妃様がいて、二人のあいだに『ポンポコピー』と『ポンポコナー』というお姫様が生まれ、みんな長生きをしたと伝えられる。そしてもう一つ。"長く久しい命" と書いて『長久命(ちょうきゅうめい』、"長く助ける" と書いて『長助」などが好きな名前だな」

と和尚さん。

すっかり気に入った八五郎、教えてもらった名前を全部紙に書いてもらう。

〈寿限無 寿限無 五劫のすり切れ 海砂利水魚の水行末、雲来末、風来末 食う寝るところに住むところ やぶらこうじのぶらこうじ パイポパイポパイポのシューリンガン シューリンガンのグーリンダイ グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助〉

この中から一つ気に入った名前をつけなさいと言われた八五郎だが、

「全部おめでたいんだからもったいない。みんなつけちゃえ」

そんなわけで、世にも長い名前が生まれた。

名前が良かったのか、八五郎の息子はすくすくと育った。

しかし、この子が大きくなって学校へ行くようになるといろいろ騒動が起きてくる。

例えば、近所の子どもが学校に誘いに来ても名前を呼ぶのが一苦労。

おかみさんが子どもを起こすのも一苦労。

起こしている間に友達は学校に間に合わなくなるので先に行ってしまう。

ある時、子どもがケンカして友達を泣かせてしまい、泣かされた子が言いつけに来た。

「うわーん、おばちゃん。おばちゃんとこの、寿限無 寿限無 五劫のすり切れ 海砂利水魚の 水行末、雲来末、風来末 食う寝るところに住むところ やぶらこうじのぶらこうじ パイポパイポパイポのシューリンガン シューリンガンのグーリンダイ グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助が、あたいの頭ぶってこんな大きなこぶこしらえた」

と金ちゃん。

 「あらまあ、ごめんなさいね。うちの、寿限無 寿限無 五劫のすり切れ 海砂利水魚の 水行末、雲来末、風来末 食う寝るところに住むところ やぶらこうじのぶらこうじ パイポパイポパイポのシューリンガン シューリンガンのグーリンダイ グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助が、金ちゃんの頭ぶって大きなこぶこしらえちゃったの。ちょいとお前さん、聞いた?うちの、寿限無 寿限無 五劫のすり切れ~~ポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助がね、金ちゃんの頭ぶって大きなこぶこしらえたんですって」

「なんだって?家の、寿限無 寿限無 五劫のすり切れ 海砂利水魚の 水行末、雲来末、風来末 食う寝るところに住むところ やぶらこうじのぶらこうじ パイポパイポパイポのシューリンガン シューリンガンのグーリンダイ グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助が、金坊の頭ぶって大きなこぶこしらえたって?」

 おばあさんも出てきて、

「なにかい、家の孫の、寿限無 寿限無~」

と、まあ大騒ぎ。

ところが金ちゃんの頭を見た八五郎。

「なんだい、こぶなんかどこにもねえじゃねえか」

すると金ちゃん。

「あんまり名前が長いから、こぶが引っこんじゃった」

 

 


www.youtube.com

 

 

落語を知らない人でも、『寿限無』という言葉だけは知っているというくらい、落語の代表的な前座噺。

冗談みたいなこの噺だが、世界は広いもので落語よりもうわ手がいる。

それが画家のピカソという人。

一般的には、 パブロ・ピカソの名で知られている。

が、出生証明書による彼のフルネームは、

 

「Pablo Diego José Francisco de Paula Juan Nepomuceno Cipriano de la Santísima Trinidad Ruiz y Picasso」

(パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ホアン・ネポムセーノ・シプリアーノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソ)

 

洗礼名はさらに長い。

 

「Pablo Diego Jose Francisco de Paula Juan Nepomuceno Maria de los Remedios Crispin Crispiano de la Santisima Trinidad Ruiz y Picasso」

(パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ホアン・ネポムセーノ・マリア・デ・ロス・レメディオス・クリスピン・クリスピアーノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソ)

 

これは聖人や縁者の名前を並べた結果だそう。

まさにスペイン版リアル『寿限無』

なんでもスペインの噺家は、「♪ピーカソ・ピカソ♪」で落語の勉強をするとかしないとか。

さて、子どもの幸せを願って『寿限無』と名付けた親のように、国民の幸せを願って名付けるであろうはずの政府の事務局や対策室。

これがまた長い。

社会問題が起きるたびに、内閣官房には「〇〇実現会議事務局」や「〇〇総合対策室」といった部署が、『寿限無』の名前のように継ぎ足され看板ばかりが増えていく。

だが、いったいどんな活動をしているのやら、まったく実態がわからない。

「実現」やら「推進」やら、やたら縁起のいい言葉(=耳障りのいい政策名)ばかり並んではいるが、全部繋げた結果は、責任の所在が「やぶらこうじのぶらこうじ」のように藪の中へと消えていく。

これじゃまるでペーパーカンパニーのよう。

お上のやることの滑稽さといえば、やたら長い役職名。

例えば大臣の兼任が進むと、その役職名は驚くほど長くなる。

かつての例では、「デジタル大臣 行政改革担当大臣 国家公務員制度担当大臣 サイバー安全保障担当大臣 内閣府特命担当大臣(規制改革)」といった具合で、これまたやたらと長い。

『寿限無』の名前が『長久命の長助』で終わるように、ようやく「特命担当大臣」まで読み上げた頃には、その大臣が何について記者会見しているのか忘れてしまいそうだ。

偉そうに役職名や肩書きで飾るのもいいが、『寿限無』と同じで、部署名が長すぎて肝心の「救済」が、国民に届く前に事態が手遅れになっていませんか?

「あんまり名前が長いから、怒りが引っこんじゃった」

いけね、これじゃ政府の思う壺だ。

 

 

林家たい平落語集 はじめの一歩 寿限無(じゅげむ) (2009年2月1日 横浜にぎわい座): 寿限無

林家たい平落語集 はじめの一歩 寿限無(じゅげむ) (2009年2月1日 横浜にぎわい座): 寿限無

 

 

柳家喬太郎 寄席根多独演会 寿限無/綿医者/孫、帰る [DVD]

柳家喬太郎 寄席根多独演会 寿限無/綿医者/孫、帰る [DVD]

 

 

 

☆今すぐApp Storeでダウンロード⤵︎

 

ゆっくり落語

ゆっくり落語

  • Ahwin Co., ltd.
  • エンターテインメント
  • 無料

古今亭志ん彌の集会所

古今亭志ん彌の集会所

  • CRAYON INC.
  • エンターテインメント
  • 無料