アニメーション映画
算法少女
※本稿はネタバレを含みます。ご注意下さい。
江戸の町娘も宇宙の真理を知っていた!?実在の和算書が示す鎖国下日本の驚異の知的水準
アニメーション映画『算法少女』とは
江戸時代に刊行された和算書『算法少女』。
当時の和算書としては唯一、著者が女性名義の本である。
和算書と言うからには、内容は和算(日本独自の数学術)の問題と解答方法が記されているだけであり、小説のように特に物語があるわけではない。
現在では国立国会図書館などでわずかに見る事が出来る珍しい本となっている。
この江戸時代に書かれた「算数の問題集」が、どのような経緯で世に出されたのか想像力豊かに物語にしたのが、遠藤寛子先生の小説『算法少女』(1973年岩崎書店より当時出版)。
本アニメーション作品はこの遠藤寛子先生の小説が原作となる。
作品に登場する実在の人物としては有馬頼徸(筑後国久留米藩の第7代藩主)、藤田貞資(江戸の数学者)、谷 素外(江戸時代の文人・俳人)、本多利明(江戸の数学者、経済思想家)などが名を連ねている。
物語は有馬頼徸(ありまよりゆき)が参勤交代で現在の福岡県から江戸へ出向き居を構えている時期が背景。
頼徸公自身、関流の数学者でもあり、映画本編でも登場する『拾璣算法(しゅうきさんぽう)』という和算書を、家臣豊田文景の名を借りて明和4年に出版している。
学問の好きな人物だが、頼徸が久留米藩で政務を執り始めた時期に大規模な飢饉が起こり、この為に百姓一揆が発生してしまっていた。
「藤田貞資(ふじたさだすけ)は、この映画の為に日本学士院で資料として肖像画を拝見しましたが、とても良いお顔で本作品のようなイジワルな印象は受けませんでしたよ(笑)」
谷素外(たにそがい)に関しては、実は「写楽は谷素外だったのではないか?」というミステリーがあったが、現在では否定されている。
本多利明は、あまり資料がないのだが目を通した論文のうちに「隠れキリシタンだったのかもしれない」という文献もあり、これは面白いと思い作品中の本多邸にはステンドグラスをあしらう事に。
などなど、調べると隠れた部分に隠れたエッセンス。
そういったエッセンスを全て拾えたとは思わないがアニメーションという一見派手なオモテ面の裏に静かに流れる歴史のようなものも調べると大変面白い。
西洋の数学が入って来て、失われていった和算ですが、消滅はしていない。
和算の血脈は今尚受け継がれている。
今年(2016年)のはじめ頃、江戸東京博物館で行われた『算額コンテスト』を見学に行ったのだが、多くの少年少女が和算に目を輝かせていた。
本作品はそんな算法少年、算法少女たちに捧げる事が出来たら嬉しく思う。

算法少女
原作:『算法少女』/ 遠藤寛子
『算法少女』は、児童文学作家の遠藤寛子先生による少年少女小説。
1973年に岩崎書店から出版され、のち2006年にちくま学芸文庫から復刊された。
1775(安永4)年に出版された和算書『算法少女』を題材にして書かれ、物語も安永4年に時代が設定されている。

算法少女 (ちくま学芸文庫)
和算書:『算法少女』
1775(安永4)年に出版された和算書。
当時の和算書で唯一、著者が女性名義になっている珍しい本であり、現在では国立国会図書館などでわずかに見ることの出来る稀覯本である。
国会図書館に所蔵されている資料は国立国会図書館デジタルコレクションで閲覧できる。
また、1935(昭和10)年に謄写版が古典数学書院から復刻された。
『算法少女』序文によると、娘が父親の協力の下にこの本を著わしたとあるが、本名はない。
父親は壺中隠者、娘は単に平氏とあり、同時に章子の印章がある。
当時は弟子の名前で師匠が自分の業績や研究を発表することが行われていたので、実際の著者は「壺中隠者」と見られる。
しかしそれでも、この時代の和算書に女性が名前を連ねるのは他に例がなく、その意味でも日本の文化史上貴重な本といえる。
跋文(あとがき)は俳人の谷素外(号は一陽井)が記している。
和算が学問であると同時に趣味的な分野として受け止められていたことが窺える。
著者「壺中隠者」の正体については長く不詳のままだったが、数学史家・三上義夫氏の研究によって医師・千葉桃三であることが明らかになった。
あらすじ
1775(安永4)年、浅草寺に友達と参詣に出かけたあきは、算額を掲げる一団に出遭う。
掲額しようとしていたのは、旗本の子弟水野三之助であった。
三之助は日頃から、関流宗統の藤田貞資の直弟子であることを鼻にかけていた。
あきはついその算額の誤りを指摘してしまい、三之助の怒りを買う。
一度は折れて事を収めようとするあきだったが、三之助の執拗な追及に、父千葉桃三譲りの算法の腕で逆に三之助を論破してしまう。
そのことが評判となり、算法家としても知られる久留米藩主有馬頼徸から、あきを姫君の算法の指南役にしたいという話が、父の友人の谷素外を通して舞い込んできた。
屋敷勤めに興味はないものの、逼迫する家計を助けるため、貧しい子供たちに算法を教える塾を開く資金を得るため、あきはしぶしぶ承諾する。
異例の出世と周囲は舞い上がるが、有馬家には三之助の師匠の藤田貞資も家臣として仕えていた。
藤田は関流の面子を守るため、流派から算法に長けたもう一人の少女、中根宇多を呼んで、あきに勝負を挑んできた。
二人の算法少女の火花が散る。
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登場人物
千葉あき
本編の主人公。
13歳。
父から手ほどきを受け、算法に特異な才能を見せる。
娘らしい遊びや習い事より算法を好んでいるが、流派間の競争心に囚われている大人とは異なった目で算法を見ている。
貧しい子供たちに無償で算法を教えていて、塾を開く夢を持っているが、そのための資金がない。
家計も逼迫していて悩んでいるところへ有馬家から姫君の算法の指南役にと招かれ、不本意ながら足を運ぶことになる。
千葉桃三
あきの父。
上方出身の町医者で、特定の流派に属さない算法家。
号は壺中隠者。
進んだ算法を学ぶ夢を持って江戸に出てきたが、流派意識の強い関流の算法家に入門を断られ、今でも恨みに思っている。
本人は壺中の隠者(世俗に惑わされず、内面の楽しみを追求する)を気取っているが、医師としては貧しい者を無料で診てやる人情家。
たまにまとまった診察料が入ると算法の本を買ってしまい、家計はいつも逼迫していて妻や娘を心配させている。
千葉多津
桃三の妻であきの母。
趣味に没頭する桃三を良く思っていない。
あきには娘らしい習い事をさせたいと願っている。
桃三と多津の間には、あきの他に長崎に修行に行っているあきの兄がいるが、本編には登場せず消息が語られるのみである。
谷素外
桃三の幼馴染。
一陽井の号を持つ俳人で談林派七世。
桃三と違って世事に長け、有馬家などの武家や文人に縁故を持つ。
桃三とは損得抜きの間柄で、あきの算法指南役の件でも何かと千葉家の世話を焼く。
盗用の疑いをかけられたあきの汚名を雪ぐため、和算書の出版を持ちかけ、『算法少女』出版の運びとなる。
水野三之助
旗本の子弟。
若年ながら藤田貞資の直門であることを鼻にかけている。
浅草寺に算額を奉納しようとして誤りをあきに指摘され、恨みを抱く。
有馬頼徸
久留米藩21万石の藩主。
算法家としても有名で、1769(明和6)年に豊田文景の名で『拾機算法』を著した。
あきの噂を聞いて、姫君の算法の指南役として召し抱えようとするが、横槍が入る。
藤田貞資
有馬家家臣。
当時の算法最大流派である関流の宗統(家元)。
関流の門人でもなく、弟子の三之助に恥をかかせたあきを頼徸が召し抱えようとするのを面白く思わず、中根宇多との勝負を持ちかける。
物語中では流派意識に凝り固まった悪役として描かれている。
中根宇多
算法を得意とするもう一人の少女。
算法家・中根元圭、彦循親子の遠縁で、あきと同じ13歳。
あきと勝負をすることになる。
本多利明
あきが訪ねる算法家。
海外の事情にも通じていて、藤田と同じ関流でありながら、流派意識に囚われそうになるあきを「身分も流派も男女の別も関係ない。算法ほど厳しく正しい学問はない」とさとす。
山田多門
謎の武士。
あきが子供たちに算法を教える木賃宿・松葉屋の周囲に出没する。
やがてあきのペースに乗せられ、一緒に子供たちに読み書きを教えることになる。
浪人を名乗ったが、実は有馬家家中の侍吉田郁之進で、松葉屋に近付いたのには理由があった。
伊之助
松葉屋に宿泊する老人。
出稼ぎに出て行方不明になった息子を探すため、孫の万作とともに江戸に来て、体を壊した。
あきは伊之助に薬を届けた縁で、木賃宿に寄宿する子供たちに算法を教えることになった。しかし、伊之助の本当の目的は別にあった。
万作
伊之助の孫。
表向きは、行方不明の父親を探すために江戸にやってきた。
あるものをあきに託す。
世界を予言した江戸の天才たち――鎖国下日本の驚異の知的水準
まず目を引かれたのはその独特な作画だ。
近年の緻密で滑らかなアニメーションとは一線を画す、どこか素朴で温かみのあるタッチ。
記号化されたアニメというより、一枚一枚の画が動いているような、まるで紙芝居や動く絵本のような独特のタッチは懐かしい感覚を覚える。
それがかえって、江戸時代の空気感を真っ直ぐに伝えてくれる。
この手作り感のある映像こそが、本作に惹かれた一番の理由かもしれない。
『算法少女』というタイトルにも惹かれた。
実に個性的なこの聞き慣れないタイトルが描き出す物語の核心にあるのは、数学を宇宙の真理として捉える視点。
主人公・あきにとって、算盤を弾き、数式を解くことは単なる計算ではない。
算法、つまり数学は、世界の成り立ちや宇宙の美しさに触れる、神聖でワクワクするような冒険なのだ。
今、この瞬間も宇宙は広がっている※。
そんな宇宙の神秘を知ることは、人類にとって永遠の夢である。
おかげこちらの数学脳もビシビシ刺激されていく。
数学は苦手、宇宙に興味がないという人もご安心あれ。
彼女が難問の先に広大な真理を見出す描写は、数学に疎い人の心にも、未知の世界が開けるような高揚感を与えてくれるはずだ。
寸尺法を使っているので、少しわかりづらいかもしれないけど…。
なるほど、だから『算法少女』というわけだ。
勝手にそう思い込んでいた。
劇中に登場する書物には発行年のテロップがつくものがある。
それが実際の年号と合致した時、ある可能性が頭をよぎる。
もしかして『算法少女』は実在した?
観終わって、急ぎ調べる。
そして思った通り、この『算法少女』が実在した書物であることを知る。
1775(安永4)年に出版されたその書物が、時を超え、アニメーションとして今息を吹き返している。
物語の終盤、歴史の地続きに我々が立っていることを実感したとき、あきの情熱は単なるフィクションを超えた重みを持って迫ってくる。
同時に、あなたは当時の高い知識レベルに驚かされるだろう。
『算法少女』が当時の和算書で唯一、著者が女性(平章子)名義の非常に珍しい本であり、江戸時代の庶民がどのように数学を楽しみ、日常生活に活かしていたかをよく知ることができる。
そして鎖国政策により、世界から取り残されていたと思われがちな江戸時代の見方が変わるはずだ。
1763(宝暦13)年に、幕府の公式な暦(宝暦暦)が予測していなかった日食を、独自の計算(ケプラーの法則を応用)を用いて1年前に予言し、的中させた江戸時代の天文学者・麻田剛立(あさだごうりゅう)。
1800(寛政12)年から17年間かけ、日本全国約36,000kmの距離を歩き測量し、現代の衛星測量とも遜色ない高精度な初の科学的実測日本地図「大日本沿海輿地全図」を完成させ、国土の姿を明確にした伊能忠敬。
江戸時代の日本にも、世界に誇るべき日本人がたくさんいた。
願わくば、そういうことも同時に知ってほしい。
本作は知的好奇心を忘れた大人にこそ観てほしい、静かではあるが熱いエネルギーに満ちた作品である。
研究や芸術に金を出し渋る今だからこそ、多くの人の目にとまることを切に願う。
※.今、この瞬間にも宇宙は広がっていている
最新の研究では、空間自体は膨張しておらず、原子の大きさや時間の経過が当初から3〜4割小さくなっていることで、宇宙が膨張しているようにみえているとする解釈(物質の縮小説)もある。
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