本能寺ホテル
洋画の派手さこそないがどうしようもなく心にしみる…それこそ邦画の最大の魅力
洋画の派手さこそないがどうしようもなく心にしみる…
それが邦画の良さだと思う。
昔は当たり前のように洋画一択だったが、近年の邦画はなかなかバカにできない。
製作費でハリウッドに勝てないならシナリオと演出と演技で勝負といわんばかりに、邦画のクオリティーは年々高くなっている。
たしかにハリウッド映画は華やかで見栄えもするが、どうしても大味になってしまっているように感じる。
演出的にはどうしても地味な邦画ではあるが、シナリオ的に感性が合うのはやはり制作者が同じ日本人だからだろうか。
もちろん作品によるが、邦画には洋画のクライマックス的派手な見せ場がほとんどない。
ドッカンドッカン爆破しないし、ガガガガ派手な銃撃戦もない。
カッコいい戦闘機も、イカツイ戦車も邦画とは無縁に近い。
だが、最近そんな邦画が観ていてとても心地よい。
ガチャガチャとうるさいだけの映画は苦手だ。
時には深く考えさせられ、じわじわ心にしみてくる映画を好むようになってからというもの、邦画が面白くて仕方ない。
日本人ならではの感性で演出し魅せていくのが邦画だ。
ここではまったく派手ではないけれど、どうしようもなく心にしみて今なお強く記憶に残っている邦画をご紹介したいと思う。
『本能寺ホテル』とは
『本能寺ホテル』は2017年1月14日に公開された映画だ。
『プリンセス トヨトミ』の鈴木雅之監督と綾瀬はるかさん・堤真一氏が再びタッグを組んだSF映画である。
あらすじ
倉本繭子は勤めていた会社が倒産し、あてのない生活を送っていた。
そんなある日、繭子はかねてから交際している吉岡恭一からプロポーズされ、流されるままに婚約する。
繭子は恭一の両親の金婚式の祝賀パーティーに出席するため一足先に京都を訪れる。
しかし予約していたホテルは手違いで泊まることができず、途方に暮れながら街をさまよった繭子は路地裏にひっそりと佇む「本能寺ホテル」なるホテルに辿り着く。
出迎えた支配人に導かれるように中に入る。
泊まる部屋に向かうためにエレベーターに乗った繭子が街で買った金平糖を口に入れると、不思議な世界へと迷い込んでしまう。
気が付くと繭子は戦国時代の京にタイムスリップしていた。
しかも彼女の前に現れたのは、天下統一を目前にした織田信長であった。
繭子は訳の分からないまま、「本能寺ホテル」と戦国時代の京を行き来しながら信長とその小姓・森蘭丸との交流を深めるうち、次第に信長の人間性に惹かれていく。
しかしやがて繭子は迷い込んだのが、天正10年(1582年)6月2日の信長の命運を決める本能寺の変が起きる前日6月1日の本能寺であることに気付く。
繭子は信長に明智光秀が謀反を起こすことを教えるのだが…
森蘭丸の「これじゃない感」に爆笑
秀吉の中国大返しの秘密を描いたラストに感動
パッケージをみても誰が森蘭丸なのかおわかりにならないだろう。
森蘭丸。
本当の名を森成利(もりなりとし)といい、織田信長の近習をつとめた。
俗称が蘭丸である。
ただし名前については異説が多く、幼名を乱(らん)とするものや、諱を長定(ながさだ)や長康(ながやす)とするものなど幾つかあるが、本稿においては諱として有力とされる成利で統一する。
さて、森蘭丸といえば美男子のイメージが強い。
そういった記録は残っていないのだが、我々の頭の中にすり込まれている。
これはKOEIの影響なのか?
何はともあれ森蘭丸に美男子のイメージがついているから、今作品の劇中ではじめて蘭丸が出てきた時には気づくことができない。
およそイメージにはない蘭丸像に、それとわかった瞬間笑いがこみあげてくるだろう。
物語自体はありきたりな設定ではあるが、歴史を知っているが故に、どうやって終わられるのかが非常に気になる作品だった。
物語の最後。
本能寺の変を迎えるにあたり、信長は一通の手紙をしたためる。
送り先は秀吉だ。
奇跡の中国大返しの真相と絡めることで、見事に幕を閉じたところには思わず唸ってしまった。
たとえ通説の史実とは異なっていたとしても、真実は誰にもわからないのが歴史の面白いところである。
『本能寺ホテル』が描いた歴史が100%間違えているとは、誰もいえないのである。
歴史のひとつの仮説として『本能寺ホテル』を観てみるのも面白いかもしれないぞ。
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